ノラの女

五味千里

文字の大きさ
8 / 14

八話 ビール

しおりを挟む
 酒屋に着くと、カズがビール瓶を箱ごと持って突っ立っていた。汗をだらだら流して、いまにも溶けそうだ。どうやらカズは酒屋の帰りを送ってもらいたいらしく、私たちを呼んだらしい。カズが力なく開いたドアから熱風が押し寄せる。曲がTUBEに切り替わったのもあって生々しい夏の暑さだ。

「私たちにそのまま頼めばよかったのに」

 車内温度を弄る。クーラーの風の無機質さが肌を悪戯に冷ました。温度差からかカズの汗は一層吹き出し、後部座席の熱気がここまでやってきそうだ。

「知らないよ。親父に言って」

 カズは汗をシートにつけないよう前屈みで座っていた。就活生らしく整えた前髪が水分で乱れている。あきらかに気怠そうな声から、父の要求の面倒さがうかがえた。   
 父にはそういうところがある。比較的気の強そうなユリ姉や私にあれこれ言わない代わり、カズにやたらしわ寄せが来るのだ。何でもないような買い物を休日の昼間に頼んだり、どうでもいいことに顔色変えて怒鳴ったりする。それで言い訳すると「お前はうちの長男だから」と、継ぐものもないのに言うのだから傍目からみても災難だ。それだからか私にもユリ姉にも来なかった反抗期がカズにはあった。

 父は玄関で待っていた。カズが来るなり何か言おうとしたのだろうが、二人の姉妹に気づくな否や閉口しているようだった。

「私たちに頼めばよかったのに」

 カズに言ったことを今度はユリ姉が繰り返した。父はまた適当な返しでぐらぐらと弁明をする。カズの表情が良いものではないことは真前にいる私でもわかった。

 うちの飲みはビールばっかりだ。誰かがビールを好きというわけでもないのに、ビール瓶が所狭しと冷蔵庫に詰められる。ブラウンに光沢する瓶は見慣れたどこにでもあるロゴだけど、こうも一つの空間に密集しているとさすがに圧巻だ。母はそのうちから三本持ってきて、特に冷えている一本だけを開けた。ポンッと身近で華やかな音が鳴り、三人のグラスに注ぐ。金色の滝が小気味良い音とともに雲のような気泡を作り出した。母とカズは酒を飲まない。前に東京をカズに案内するときも頑なに居酒屋は避けていた。

「じゃあ、家族の再会を祝して、乾杯!」

 父が音頭をとって、かちんと出来損ないの風鈴のような音がした。ユリ姉はさっそくビールをぐいっと飲んで「ぬるっ!」とツッコんだ。私も唐揚げをかじって、流し込む。唐揚げよりの水温がビールの炭酸と苦味を引きたたせた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います

こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

処理中です...