ノラの女

五味千里

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九話 タバコ

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 家族の会話というものは不思議だ。些細な話ひとつとっても、そこには好悪が入り混じっている。父の長い話に嫌気を抱く私もいれば、それにどうしようもなく愛着を抱く私もいる。もしかしたら家族というものは、そういうものの積み重ねでできているのかもしれない。昨夜ほどの賑わいではないにせよ、たしかに活気な談笑を背にしてまたも私はタバコを吸う。
 ゆらゆらくゆるその煙と、昨夜のものを比べてみる。昨夜はあんなに陰鬱を引き寄せた紫煙は、今では不出来な一反木綿に見えて、少し滑稽だ。そしてそういう滑稽さが、私の心の落ち着きを再確認させた。
 ニコチンを巡らせた脳で、もう一度あの海での問いを考える。とんちのような的外れな回答が並んだ。それを熱心な新米教師のようにいちいち理由づけて添削すると、空の一角からカエルの合唱が聞こえた。どうやら時間切れらしい、さすがにタバコも酒も入ると思索もまともじゃない。私はもう一本キャスターに火をくぐらせた。今度はもっと味わおう。

 タバコを楽しんでいると、数メートルもしない範囲で、火の玉のような明かりがぼうっと仄かについた。高さはちょうど足元のあたりで、ちょっとしたら蛍程度の明かりに萎んだ。
 静かな、夏の夜に見合った光だった。恐怖よりも安らぎに似たその印象は、私の腰を上げ、蛍光灯によりつく虫のようにさせる。子供の、密かな走馬灯のような瞬間だった。
 近づいてみると、なんでもない。カズがタバコを吸っていた。

「タバコ、吸うんだ」

 うーちゃんが私に言ったようなことだった。こうして口に出すと、なるほど、無温度な言い方になるのかもしれない。けれども私の中では唯一の弟が隠れてタバコを吸っていることの嫌悪や軽蔑よりも、カズの捻くれた些細な反抗を垣間見えたことの嬉しさのほうが勝っていた。
 しかし一方のカズは明らかにぎょっとして、いかにも迷惑そうにタバコを枯れた地面に押し付けた。私はなんとなくその姿で察したので、とりあえずのフォローを入れとく。

「父さんには言わないから。それに学生でしょ、タバコぐらい吸うもんだよ」

 カズは無言で中腰を続けていた。顔はよく見えない。私は証明するようにキャスターをもう一本咥える。するとカズが闇に映える白い手でライターを差し出した。どうやら姉弟が二人ここにいることを赦されたらしい。
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