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第三章 君の声を、取り戻したい

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「……承知いたしました」

 不承不承、という様子ではあったが、ジュダはうなずいた。真純も、慌てて賛同する。

「はい。仰るとおりにいたします!」
「では明日、早速向かってくれ。フィリッポは現在三十歳、親戚の家に同居しているとのことだ」

 ルチアーノは、ジュダにメモを手渡した。

「くれぐれも、粗相の無いように頼むぞ。見習いで終わったとはいえ、宮廷魔術師の弟子だった男だ。礼儀には、十分注意するように」

 かしこまりました、と真純とジュダは口をそろえて答えた。そこへ、遠慮がちなノックの音がした。ルチアーノが応答すると、エレナが顔をのぞかせた。

「殿下、先ほどは失礼いたしました。回復しましたので、ご報告をと」
「入りなさい」

 ルチアーノは促した。彼女が入室すると、ルチアーノは真剣な口調で尋ねた。
 
「体調はどうだ? 正直に言いなさい」
「完全に健康体ですわ」

 エレナは、にっこり笑った。ふむ、とルチアーノがうなずく。

「それはよかった……。それにしても、呪いは徐々に解けつつあるようだな。前回の娘よりは回復も早く、聖女を呼ぶ必要も無かった」

 確かに、エレナが失神していたのは、ルチアーノたちが話していたわずか五分程度の時間だ。真純は、思わず安堵のため息をついた。

「ご心配をおかけしました。それでは、失礼します」

 気を遣ってか、エレナは早々に退室しようとしたが、ルチアーノはそれを引き留めた。

「待ちなさい。そなたが早く回復したのは幸いだが、このことは決して他言せぬように。呪いが解けかかっていることが知れると、いろいろ面倒なものでな。看病に当たった使用人たちにも、よく言い聞かせておく」

 ははあ、と真純は合点した。ルチアーノが、この前を襲ってきたコッサートという男に言っていたことを思い出したのだ。ルチアーノの素顔を見ても平気となれば、脅しの手段として使えなくなるからだろう。エレナも、何となく事情を察知したのだろう、神妙な面持ちでうなずいた。

「わかれば、下がってよい。ジュダとマスミ殿もだ。二人は、明日に備えるように」

 神妙に返事をして、三人は退室した。ジュダはさっさと自室に戻ったが、エレナは真純の元へ寄って来た。

「明日のお支度をお手伝いしますわ」

 そういう彼女は、もうすっかり元気そうではあったが、真純は念のため確認した。

「本当に大丈夫なの?」
「ええ。それより、殿下って本当にお美しいんですね。何だか、得をした気分ですわ。正直、以前に倒れた娘から聞いた時は、まだ半信半疑でしたの」
 
 そういえばエレナは、ルチアーノが醜いと思い込んでいた、と言っていた。真純は、改めて疑問に思った。

「しかし、どうしてまた、ルチアーノ殿下が醜いなんていう噂が広まったんだろう? 本当に知らないの?」
「そうなんですよ。実はさっき、他の使用人たちとも話していたんです」

 エレナは、首をかしげた。

「一番古参の者でも、誰が言い出したのか知らないそうで。ただ、その者が言うには、すでに辞めた年配の使用人が噂していたらしいです。実際に、その醜いお顔を見た者がいる、と」

 真純は、不思議に思った。

(実際に、見ただって……?)

 もし本当に見たなら、生き延びられたはずが無いが。死ぬ前に、嘘をついたということだろうか。同じ過ちを繰り返す者が現れないよう、警戒させようともくろんだのだろうか。

(そりゃ、死者は出さないに越したことは無いけど。殿下、何だかお気の毒だな……)

 明日は何としてでもフィリッポに上手く接近しよう、と真純は固く決意したのだった。
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