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第三章 君の声を、取り戻したい

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 フィリッポとは、マルコの家の前で別れた。ジュダが馬車に乗って行ってしまったため、真純は辻馬車を拾った。ようやく宿に帰り着いて、真純は驚いた。宿の前に、ルチアーノとジュダの姿があったのだ。

「遅かったので、心配したぞ! 大事は無かったか」

 ルチアーノは駆け寄って来ると、真純の頬を撫でた。その手は、ぞくりとするほど冷たい。一体いつから待っていたのだろう、と真純は心配になった。

「フィリッポの指導先に付いて行ったそうだな? 迎えに行きたかったが、ジュダに聞いても、どこの家かわからないと言うものだから。フィリッポの家に使いをやったが、親戚も不在であってな。無事に帰り着いて、本当によかった」

 ルチアーノが、深いため息をつく。そこまでしてくれていたのか、と真純は驚いた。

「ご心配をおかけして、すみませんでした」
「いや、悪いのはジュダだ。マスミ殿を一人にするなど……。ジュダよ、何のためのそなたと騎士団だ?」

 ルチアーノが背後を振り返り、ジュダをにらみつける。申し訳ございません、とジュダは小さく謝罪した。

「僕なら、大丈夫ですから。それより、早く中へ入ってください。殿下がお風邪を召されたら大変です」

 するとルチアーノは、なぜかかぶりを振った。

「中へは戻らぬ。なぜなら、もう宿を出るからだ。王都へ戻るぞ」

 真純は仰天した。

「なぜです!? あ、ジュダさんからお聞きになったのですか? 魔術書が無いとか、フィリッポさんが呪文を忘れたとか」

 ルチアーノが頷く。真純は勢い込んだ。

「それなら、朗報です! 呪文を忘れたというのは恐らく嘘で、フィリッポさんは覚えているはずです」
「何!?」

 ルチアーノとジュダは、目を見張った。

「どういうことだ。詳しく話せ。ひとまず、中へ戻ろう」

 宿の中に入った三人は、ルチアーノの部屋で向かい合った。真純は、かまどの一件を二人に語った。

「……なるほど。大事な教え子のために、思わず土魔法の呪文を口にしかけた……。可能性はあるな」

 ルチアーノは、考え込むように腕を組んだ。

「けれど、覚えていたのは土魔法の呪文でしょう? それも、予想に過ぎない。回復呪文がわからなければ、どうしようも無いじゃないですか」

 ルチアーノに叱られたせいか、ジュダは口を尖らせながら反論してきた。真純は、彼の目を見つめて言い返した。

「大事なのは、フィリッポさんが嘘をついている可能性が大きいということですよ? 土魔法しか知らないということ自体、嘘かもしれません。僕らを警戒しているのか何なのか知りませんが、真実を語ってもらう必要があります。モーラントを発つのは、早すぎますよ」

 真純は、ルチアーノの方も見やったが、彼は即答しなかった。懐から扇を取り出し、やおら開く。優雅に扇ぎながら、彼は意外なことを言い出した。

「マスミ殿。そなたの申すことも、もっともなのだが。実は、早すぎるというわけでもないのだ。今日、王都のボネーラから便りがあった。パッソーニが、我々の動きを察知したらしい。ここモーラントに刺客を送る危険がある、と慌てて知らせてきた」

「……そんな。もう気付かれたというのですか?」

 ルチアーノは、扇を動かす手を止めると、静かに頷いた。

「というわけで、モーラントに滞在し続けるのは危険極まりない。せっかくフィリッポと接触できたが、彼の協力を得る案はいったん断念しよう。ボネーラはボネーラで、パッソーニが隠した魔術書のありかを探ってくれている。今後は、そちらの線で動こう」

 そんな、と真純は唇を噛んだ。

「マスミ殿。フィリッポのために薬草のことも提案してくれたのに、悪かった。ボネーラからの使者と入れ違いで、離宮へ早馬を飛ばさせてしまったが、まあ仕方あるまい。探した薬草は、今後何かの役に立つかもしれぬ」

 しばらく考えた後、真純は首を横に振った。

「マスミ殿?」
「僕は、ここへ残ります」

 ルチアーノとジュダは、唖然とした表情で真純を見た。

「危険だと言うなら、ルチアーノ殿下や皆さんは王都へお戻りください。僕は、フィリッポさんに賭けたいんです。彼は呪文を知っていて、大切な人のためには魔法を使いたいと願っている。もし、僕が提案した薬草で喉の状態が良くなり、呪文を詠唱できるようになったら、また魔法の道に生きようと思うかもしれません。ボネーラさんの案は妥当ですし、それで殿下が救われるなら、こんな嬉しいことはありません。けれど、僕はフィリッポさんのことも救いたいんです!」

 ガタン、と大きな音がした。ジュダが立ち上がり、腰かけていた椅子を思いきり蹴り飛ばしたのだ。

「お前! 殿下の回復魔術師でありながら……。優先すべきは、ルチアーノ殿下だろうが。無礼すぎるぞ!」
 
  ジュダの顔は真っ赤で、今にも真純に殴りかからんばかりの勢いだ。だがルチアーノは、それを制した。

「落ち着け、ジュダ。確かにマスミ殿は、私の回復魔術師として召喚された。だが、私以外でも苦しむ者がいれば救いたいと考えるのは、回復魔術師として当然のこと。ましてマスミ殿は、薬学を学ばれていた方だ。そう頭ごなしに怒るな」

 そう言うと、ルチアーノは席を立った。

「ジュダ、皆に伝えよ。王都帰還の予定は変更する。そなたは、使用人と騎士団のそれぞれ半数を連れて、王都へ戻れ。マスミ殿には、残りの使用人及び護衛と共に、モーラントに残ってもらう。……そして、私もここへ残る」

「殿下!?」

 真純は、思わず大声を上げていた。ルチアーノが微笑む。

「回復魔術師殿が、私のために奮闘してくれるのだ。当の本人である私が、のうのうと安全な場所へ逃げるなど、できるわけが無い。アルマンティリア王室の祖先にも、顔向けができぬわ」
 
「ですが、危険です!!」
                         
  ジュダは悲痛な声を上げたが、ルチアーノは平然としていた。

「だから、騎士団の半数は残すと言ったではないか。マスミ殿にも、剣術を学ばせる。指南役はお前のつもりだったが、お前が帰る以上、私自ら手ほどきをしても……」
「私も、こちらに残らせていただきます。指南は、私が」

 ルチアーノの言葉をさえぎって、ジュダが言う。その顔は、苦虫を噛みつぶしたようだった。ルチアーノが、肩をすくめる。

「では、また予定変更だな。全員、残るということで。騎士団には、警戒を怠らぬよう、しかと伝えよ」
「承知いたしました」

 ジュダは、足音荒く部屋を出て行った。
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