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第四章 時に愛は、表現を間違えがち

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「お帰り、じゃねえよ。鍋の一つも、持ち運べないのかよ」

 水魔法呪文を詠唱していたのは、どうやら聞かれなかったらしい。ジュダは、単に真純が水をこぼしたと思ったようだった。

「タオル借りて来るから、早く掃除しろ。殿下に、ご報告しないといけないんだから。お前も聞くだろ?」

 ぶつぶつ言いながら、ジュダが宿の主人を呼びに行く。そこへ、気配を察したのか、エレナと馬丁が駆け付けた。

「わあ、マスミ様、大丈夫ですか?」
「水なら、俺が運びますのに。貸してください」

 二人は、わあわあ言いながら手伝ってくれる。礼を述べながら、真純は内心首をかしげた。相変わらずの毒舌ではあったが、ジュダの表情は、何だか浮かなかったのだ。

(手紙、手に入らなかったのかな……?)

 水魔法の成功よりも、真純はそちらが気になって仕方なかった。

 拭き掃除を終えると、真純は、ジュダと共にルチアーノの部屋を訪れた。エレナはキキョウをすり潰し終えたというので、ちょうど煎じる時間を利用して、話を聞けると思ったのだ。

「ニトリラ行き、ご苦労であった」

 三人で向かい合うと、ルチアーノは、ジュダを優しく労った。

「先に説明しておくが、フィリッポは現在、この宿に泊まっている。再び魔術師を目指したいとのことだったので、私が説得して、共に王都に来てもらうことになった。マスミ殿の治療の甲斐あって、失声症もかなり克服しておる。先ほど、土魔法を成功させたところだ」

「それはよかったです。では、私からご報告しても?」

 ジュダが尋ねる。その表情は強張っていて、真純は何だか不安になった。ただ手紙が入手できなかっただけでなく、何かまずいことが起きたのだろうか。ルチアーノも同様に考えたらしく、真剣な眼差しになった。

「うむ、聞こう」

 ルチアーノの隣で、真純はごくりと唾を飲んだ。水魔法成功の件は、後回しにしよう。今は、それどころでは無い気がした。

「では、申し上げます……。まず私は、ユリアーノという神官について調べました。殿下が仰った通り、かなり怪しいと思われます。理由は、二つ。ニトリラで大火が起きた際、ユリアーノは、まだ若い下っ端の神官でしたが、非常に冷静に対処したとか。その的確な対応が評価され、彼は、異例の速さで神殿長の地位に就きました」

「冷静な対処、か。通常なら、褒められるべきことだが……」

 ルチアーノが言いよどむ。はい、とジュダは頷いた。

「他の神官が語るには、ユリアーノは、まるで火元がわかっていたかのように無駄の無い動きをした、と。それに、この神殿は安全だ、とも漏らしていたそうです」
「つまり、パッソーニの放火を知っていた、ということか」

 ルチアーノが、身を乗り出す。恐らくは、とジュダは答えた。

「やっかんでいると取られそうなので、他の神官たちも、うかつなことは言えなかったそうなのですが……。さらに、私が妙だと思った点があります。火災が発生する数日前、ベゲット宅の周辺で、ユリアーノがうろうろしているのを目撃したと言う者がいました」

「何、ベゲット宅周辺で!?」

 ルチアーノが目を剥く。ジュダは、大きく頷いた。

「ユリアーノは、パッソーニの手先だったのではないでしょうか。ベゲット父子殺害と、焼き討ちの両方に関わっているものと……」
「ああ、そうだ、待て」

 ルチアーノは、ジュダを制した。

「そなたが不在時に、我々はこう推理していたのだ。ベゲットは、パッソーニに殺されたのではない。パッソーニは、ベゲットの息子だけを殺し、火を放ったのではないかと」
「なぜです?」

 ジュダがきょとんとする。ルチアーノは説明した。

「いや、実はフィリッポから聞いたのだ。禁呪をかけた者は、数日以内に命を落とすのだと。それゆえ我々は、私に禁呪をかけた犯人はベゲットではと考えた。死亡の理由は、禁呪の跳ね返り効果ではないかと」

 それを聞いたとたん、ジュダの顔はすうっと青ざめた。見れば、彼の手は小刻みに震えている。ルチアーノは、心配そうに彼の顔をのぞき込んだ。

「どうした? 落ち着け。これは、あくまで一説だ。我々も、確信しているわけではない」
「そう……、なのですか?」

 ジュダが、ルチアーノの顔を見上げる。真純の目には、ジュダがやや安堵したように見えた。

「さよう。今そなたの話を聞いて、ベゲット犯人説は揺らぎ始めた。ユリアーノがベゲット宅付近で目撃されたというのなら、やはりベゲットは殺されたのかもしれぬ。そなたの推理通り、パッソーニの手先となったユリアーノが父子を殺し、火を放った可能性は高い」

「最初の説に戻るわけですね。じゃあ、殿下に禁呪をかけた人は、他にいるということですね」

 真純は、口を挟んだ。ルチアーノが扇を取り出し、思案するように扇ぐ。

「そういうことになるな。……まあ、ひとまずその件は後だ。ジュダ、ユリアーノ本人には接触できたのか?」

 ジュダは、スッと背筋を伸ばすと、神妙に頷いた。

「接触自体は、さほど難しくありませんでした。そして、手紙を入手する算段ですが……。私は、一計を案じました。これは、フィリッポには内緒にしていただきたいのですが、最近流行した疫病は、死んだベゲットの呪いだという作り話をしたのです。同様のことが再発するのを防ぐため、王都ではパッソーニの命により、ベゲットに関する物を回収し処分していると嘘をつきました。特に、ベゲット直筆のものなどを所持していると、大変危険だと。私が王都の装いをしていたため、ユリアーノはあっさり信じたようでした」

「ジュダさん、すごいです!」

 真純は、思わず手を叩きそうになった。

「よく、そんな策を考えつきましたね! ユリアーノという人、さぞ怯えたでしょう?」

 横ではルチアーノも、満足そうに頷いた。

「さすがは、私の一の家臣だ。そなたは、本当に頼もしい……。して、結果は?」

 だがジュダは、黙ってかぶりを振った。

「ユリアーノは震え上がり、過去にベゲットからもらったメモや手紙を、大量に出して来ました。ですが、その中に、肝心の手紙は無かったのです。他に無いかと尋ねたところ、すでに処分したと彼は答えました。パッソーニ様に適切な処理をしていただかないと危険ですよと、何度も念押ししましたが、結果は同じでした」

 真純は、がっくりとうなだれた。

(それでジュダさん、何だか暗かったんだ……)

 その時だった。ジュダは、突如立ち上がった。ルチアーノの前に跪き、明瞭な声で告げる。

「ルチアーノ殿下。私ジュダ・ロッシは、殿下に命じられた任務を果たせませんでした。機会を与えてくださったにもかかわらず、申し訳ございません。どうぞ、当初のお言葉通り、解雇処分を」
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