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第八章 『忌み子』がもう一人いた

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 しばらくして、一人の男性が顔をのぞかせる。六十歳くらいだろうか、初老の男性だ。すると、ボネーラがあっと声を上げた。

「グレゴリオ! なぜ、ここに?」
  
  グレゴリオと呼ばれた男性は、部屋に入って来ると、うやうやしく礼をした。

「ルチアーノ殿下、皆様、ご機嫌麗しゅう存じます。お坊ちゃまも、お変わり無いご様子で」
 
  グレゴリオが坊ちゃまと呼んだのは、ボネーラのことらしい。ルチアーノは、二人を見比べた。

「ボネーラ殿。存じておろう? かつて父君の腹心だった男性だ」

 ボネーラが頷く。ルチアーノは、今度はグレゴリオの方を見た。

「全て、語ってやってくれぬか」
「かしこまりました」

 丁重に返事をすると、グレゴリオは話し始めた。

「ルチアーノ殿下からもお話があったかと思いますが、アルマンティリア・ホーセンランドの和平協定締結は、積年の課題。前国王陛下の悲願でもありました。ようやく結んだ協定を維持するため、お父上は必死だったのでございます。何しろ、ミケーレ様は、エリザベッタ様を追い返しかねないほど嫌っておられましたから。そんな事態になれば、協定維持どころではございません。即時に戦争が勃発したことでございましょう」
 
  確かに、それは最悪の事態だ。想像して、真純は青ざめた。

「それゆえお父上は、どうにかミケーレ様をなだめすかして、結婚と和平協定を維持なさろうとされたのです。クラウディオ様というご長男を授かるまでに至ったのは、ひとえにお父上のご尽力によるもの」
 
「国を預かる宰相としては、的確な判断だな」

 ルチアーノが口を挟む。さすがにボネーラも、反論はしなかった。グレゴリオが続ける。

「そして、ジーナ嬢の件ですが。ここには、大きな誤解がございます。お父上は、彼女をご側妃にしようとは考えておられませんでした。むしろ、反対なさっていたのです」
「なっ……、まさか」

 ボネーラが、目を剥く。フィリッポも、身を乗り出した。

「確かにパッソーニ夫妻の策略により、ミケーレ二世陛下は、ジーナ嬢をお気に召しました。ですが彼女は、宮廷魔術師ベゲット様のご婚約者。代々続く高名なベゲット家との間に確執が生じてはまずいと、お父上はこっそり、陛下を説得にかかったのです。賛成しているような態度は、パッソーニを欺くためでした」

 一同が、息を呑む。ボネーラは、呆然と呟いた。

「知らなかった……。父は、職務内容を一切話してくださらなかったから……」
「当然と言えば当然ですが、それが災いしたのですね」

 グレゴリオは、沈痛の表情を浮かべた。

「あの日、ベゲット様がボネーラ家を訪れたのは、お父上が呼び出したのです。お父上は彼に、陛下を説得してジーナ嬢をお守りすると話すご予定でした」

 フィリッポは、目頭を押さえた。

「そうだったとは……。そのお姿を、不運にも目撃されてしまったのですね……」
「そうなのです。パッソーニは、その目撃情報を、好機とばかりに言いふらしました。そしてベゲット様は、無実の罪を着せられてしまったのです」
 
  グレゴリオは、辛そうに語った。

「私は当時、その話をミケーレ二世陛下に申し上げましたが、聞き入れてくださいませんでした。パッソーニに丸め込まれておられたのでしょう。そしてベゲット様は、お父上との会話の内容を、明かされませんでした。恐らくですが、当時のベゲット様は、疑心暗鬼になっておられたのでしょう。もはや誰が敵か味方がわからぬ状況で、お父上のお言葉すら信じられなかった可能性があります」

「実際は、ベゲット殿の来訪後に王妃陛下が来られ、香料で殺害したのであろうな」

 ルチアーノは、話を引き取った。

「そして、私から補足がある。ボネーラ殿。先ほどそなたは、父君が推薦した側妃候補を、国王陛下はお気に召さなかったと申したな? それは、事実では無い。実は候補として上がった令嬢たちは、自ら辞退したのだ。調べたところ、エリザベッタ王妃陛下がそれぞれのご実家に圧力をかけたのだ。これは、裏が取れている」

 ボネーラが、愕然とした表情になる。ルチアーノは、少し語気を和らげた。

「おかしいとは思わぬか。国王陛下が、私の母・テレザを第二夫人に選ばれたのは、クラウディオ殿下が六歳になられた年だ。それほど王妃陛下をお気に召さなかったのなら、なぜもっと早く側妃を迎えられなかったのか。さらに、母亡き後も、陛下が新しい側妃を娶られることは無かった」

 フィリッポは、ぽつりと呟いた。

「ご自身と、クラウディオ殿下を守るため、ですか……」

 そしてフィリッポは、立ち上がるとグレゴリオの手を取った。

「グレゴリオ様。感謝いたします。色々と真実を語ってくださって……。あなたのおかげで、ベゲット様の濡れ衣が晴らせそうです」
「感謝するのは、まだ早いかもしれぬぞ?」

 ルチアーノが、冷静に告げる。

「現状、殺人が王妃陛下の仕業と断定する証拠は無い。ボネーラ殿の嗅いだ香りにしたところで、二十年以上前の不確かな記憶だ。それで断罪するのは難しいだろう。さらに」

 ルチアーノは、グレゴリオをじろりと見た。

「この者は、完全に我々の味方とは言い切れぬ。ボネーラ殿よ」

 ルチアーノは、今度はボネーラを見た。

「このグレゴリオという男は、そなたがパッソーニ宅に潜入させていた間者で間違い無いな?」

 そういえばそんな話を聞いた、と真純は思い出した。パッソーニがモーラントへ刺客を送った、と報告してきたのだっけ。あれで、ずいぶん焦ったものだが……。

「はい、さようでございますが」

 ボネーラが頷く。ルチアーノは、皮肉っぽい微笑を浮かべた。
 
「ふむ、そうか。この者は、二重間者であるぞ。パッソーニの家臣がモーラントへ向かったというのは、偽り。代わりにやって来たのは、王妃陛下が差し向けたペサレージであったな? このグレゴリオは、ボネーラ殿の指示の下、パッソーニを探るふりをして、実は王妃陛下の指示で動いておったのだ」
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