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第十二章 価値観は、それぞれなんです

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 セバスティアーノは床に倒れ伏し、言い返す気力も無いようだ。そんな彼に向かって、王妃はさらに言い募った。

「少女時代から、忌み子忌み子と散々わたくしを罵っておきながら、都合の良い時だけ利用しないでちょうだい!  あなたの腹は、わかっていましてよ。今わたくしにいい顔をするのは、単にファビオの祖母だから。利用価値が無くなったら、即座に切り捨てるおつもりでしょう。……ああ、兄などと呼ぶのも腹立たしいわ!」

 一同は、呆然と王妃を見つめている。そこへベルナルディーノが、慌てて走り寄って来た。

「姉上! セバスティアーノ兄上に、何てことをなさるのです。利用と仰いますが、兄上はあなたを助けたのですよ!? それなのに、ご自身を投獄したアルマンティリアに、義理立てなど……」

「相変わらず、血の巡りが悪いこと」

 王妃は、吐き捨てるように言った。ベルナルディーノが目を見張る。

「あなたもわたくし同様、いいように利用されたのが、わからない?  どうせ、この男はあなたに、正式なホーセンランド王族と認めると言ったのでしょう。それで浮かれて、この男の言いなりになった。違うかしら?」

 図星だったのか、ベルナルディーノは息を呑んだ。王妃が、嘲笑する。

「本気なものですか。あなたは単に、魔法の能力を利用されただけ。この男に、そんな気はこれっぽっちも無いわ。姉、などと呼ばないでちょうだい。由緒正しきホーセンランド王室出身で、アルマンティリア王妃であるわたくしと、あなたとでは、天と地ほどの違いがあるのよ!」

「何だと!? このっ……」

 ベルナルディーノが王妃をにらみつけ、何事か詠唱しようとする。真純たちはとっさに身構えたが、次の瞬間、ベルナルディーノの詠唱は止まった。喉をかきむしるようにして、床に崩れ落ちる。王妃は、それを見てにやりと笑った。

「ブランデーの味がおかしかったこと、気づかなかったようね」
「まさか……、また香料か。隠し持っていたな?」

 ルチアーノが、顔色を変える。王妃は、くすくすと笑った。

「ルチアーノ殿下、残念でしたわねえ。あなたが仕留めるべき二人を、わたくしが殺してしまって!」

 人質になっていた老領主は、ほっとしたように息子のそばへ駆け寄って行く。真純は、王妃の目を盗んでそっと彼らに近付くと、囁いた。

「ご領主は、下がってお休みください。それから、聖女様を呼べますか? セバスティアーノ国王と、ベルナルディーノさんの手当てを」

 二人とも、まだかろうじて息がありそうである。可能ならばルチアーノの計画通り、各国代表の前で処刑した方がいいだろう。ルチアーノも、真純に向かって微かに頷いた。
 
 一方王妃は、父子が部屋を出て行くのにも気づかぬ様子で、乱暴に短剣を投げ捨てた。

「……でもね、ホーセンランド国王だけは、わたくしの手で討ち取りたかったの。わたくしのこの思い、ボネーラは理解してくれたわ」

 そう語る王妃の表情は、驚くほど切なそうだった。

「あんなひどい裏切り方をしたのにね。彼を愛せたら、どんなによかったことでしょう。……わたくしを愛してくれる男性は、ホーセンランドにはいなかったわ。先ほど、この男が言ったようにね。まるで厄介払いをされるように、敵国に嫁がされ、それでもわたくしは決意していた。夫となる人を愛し敬い、支え合っていこうと。……けれど」

 王妃は、唇を噛みしめた。

「わたくしを一目見たミケーレ様は、こう仰ったわ。『よりによって忌み子が私の妻か』とね」

 さすがに、一同は息を呑んだ。ルチアーノは、王妃に向かって丁重に一礼した。

「父のその言葉は、許されるものではない。代わって謝罪しよう」

 だが王妃は、キッとまなじりを吊り上げた。
 
「止して! テレザの息子に謝られるほど、みじめなことは無いわ!」

 王妃は、ルチアーノの元へつかつかと近寄ると、眼帯を外したその顔をしみじみと見つめた。

「その顔……。完全に、呪いが解けたようね。テレザそっくりじゃないの。忌々しいこと」

  そして王妃は、少し目を伏せた。

「ミケーレ様が生涯で愛されたのは、あなたの母親一人だわ。あの方はわたくしをお疎みになり、次々と、様々な女性に目移りされた。それも、ブロンド女性ばかり。自分を、そしてクラウディオを守るため、わたくしは側妃候補たちを必死で追い払ったわ。……でも、テレザ妃が亡くなった後、ミケーレ様が新たな女性に目を向けることは無くなった」

 一同は、沈黙した。王妃が、ぽつりぽつりと語る。

「クラウディオは体が弱く、第二王子のあなたは忌み子。側近たちが、口を酸っぱくして側妃を迎えるよう勧めても、ミケーレ様は頑として譲らなかったのよ。口ではクラウディオがいるからと仰っていたけれど、わたくしにはわかっていたわ。あの方は、テレザ妃を忘れられなかったのよ」

 王妃は、深くため息をついた。

「皮肉なものだと思ったわ。昔は、側妃候補が現れる度に焦っていた。けれど、もうその懸念は消えた。正妃にして唯一の国王夫人である証として、近衛騎士団の制服を、わたくしのカラーでデザインさせたりもしたわ。……なのに、なぜか心は晴れなかった」

 そこで王妃は、ルチアーノをにらみつけた。

「唯一爽快だったのは、テレザの息子が忌み子扱いされたことね! かつてわたくしの代名詞だったその言葉で、あなたが呼ばれるのを見て、どれほど愉快だったことかしら!」

「ご自身がスッキリなさるのは結構ですが、それでどれほどの影響が出たと?」

 ルチアーノは、静かに切り返した。

「私の顔を、知らずに見たせいで、多くの者が命を落としたのですよ?」
「取るに足りない者たちばかりじゃない」

 王妃が、けだるげに答える。ルチアーノは、わずかに頬を引き攣らせた。死者の中には、彼の母テレザも含まれている。それを、『取るに足りない者』と評したからだろう。ルチアーノの、そんな表情の変化に気づいているのかいないのか、王妃は語り続けている。

「国王陛下のことは、ちゃんとお救いしたわよ。あなたが生まれる時期には外遊へ行かれるよう、手配したわ」
「利用価値があるとの計算では?」

 ルチアーノは、即座に尋ねた。

「あなたの仰るところの『無能で優柔不断』な人間だとしても、アルマンティリア国王の正妃であるということは、あなたにとって大きな保障になる。ただでさえ敵国に嫁がれて、この上夫である国王が亡くなれば、あなたの立場は格段に弱くなったことでしょう」

 図星だったのか、王妃が一瞬沈黙する。ルチアーノは、さらに続けた。

「さらに。禁呪の存在が無ければ、私の光属性はもう少し早く発動していました。セバスティアーノ国王の闇魔法にも、即座に対抗できたはずです」
「結果的に、捕らえられたのでしょ。よかったじゃない」

 王妃は、倒れ伏したままのセバスティアーノを、冷たく一瞥した。

「わざわざ捕まえてくださって、感謝申し上げるわ。けれど、とどめを刺したのはわたくし。ホーセンランド国王を討ち取り、アルマンティリアを守ったのは、わたくしの功績ですわよ。ルチアーノ、あなたにこれ以上手柄を立てさせてなるものですか!」

 王妃は、けたたましい笑い声を上げた。
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