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第十二章 価値観は、それぞれなんです

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 その三日後、同盟六カ国による協議がアルマンティリアにて開催された。各国の要人を迎えるとあって、場所はいつもの大広間ではなく、別棟の格調高き広間である。次々と入場する五カ国の代表及び側近らに、真純はルチアーノと共に挨拶した。ボネーラ、ジュダ、フィリッポと十人の魔術師たちも、その背後で控えめながら礼をする。

 全員が席に着くと、ルチアーノはおもむろに彼らの顔を見回した。形式的な来訪の礼を述べると、彼はこう告げた。

「ホーセンランドの話に入る前に、皆様にお伝えしたきことがございます。アルマンティリア国王ミケーレ二世は、先般より病を患っておりましたが、実はこの戦争の最中、逝去しました」

 出席者たちは、それぞれ追悼の言葉を口にした。病のことは知れ渡っていたのか、驚いた様子は無い。

「そして、新国王についてですが。本来ならば、故・クラウディオ王太子の長男であるファビオが王位を継承すべき。ですがファビオは、何分三歳という幼さ。そこでミケーレ二世は、第二王子である私を後継者に指名しました」

 ルチアーノが、例の書類を提示する。出席者たちは、少々驚いたようだったが、反発する態度は見せなかった。「あの宮廷魔術師が出しゃばるよりいいだろう」という囁きも聞こえる。パッソーニが実権を握ることを恐れていたものと思われた。

「とはいえ、本来の正統な王位継承者であるファビオの血統も、絶やすつもりはありません。そこでファビオは私が責任を持って教育し、彼が二十歳になった時点で、王位を引き継ぐことといたします。こちらも、書面にしたためました」

 ルチアーノが、自らサインした書類を提示する。こちらについても、反対の声は上がらなかった。それよりも、ホーセンランドの分割に、皆興味津々と見える。

「以上が、アルマンティリア王室に関するご報告です。諸般の事情により戴冠式は割愛しますが、同盟諸国の皆様には、今後ともよろしくお付き合いいただきますよう、お願いいたします」

 ルチアーノが、一人一人に一礼する。疫病に次ぐ戦争で、国内が疲弊しきっていることを考慮し、ルチアーノは、戴冠式を執り行わないと決めたのだ。出席者たちは、納得したように頷くと、丁重に返礼した。

「さて、本題、ホーセンランドの件でございます。まず、戦争の経緯ですが……」

 ルチアーノは、セバスティアーノが攻め込んで来てからの流れを、簡潔に説明した。魔法により、クシュニアを制圧したこと。ギルリッツェでも、風火水土各種の魔法を用いて攻撃してきたこと。別の魔術師を王都へ送り込み、火魔法で攻撃したこと。皆、深刻な表情で耳を傾けていた。

「しかしながら、父・ミケーレ二世も私も、本来魔法を戦争に用いるべきではないとの考えを貫き通しました。王都の方は、宰相ボネーラの指示の下、一切魔法を使うことなく、ホーセンランドの魔術師と渡り合いました」

 ルチアーノが、ボネーラを紹介する。ボネーラは、誇らしげに一礼した。

「ですがギルリッツェの方は、とても一般的な武芸で対抗できる状況ではありませんでした。セバスティアーノ国王は、凶悪な魔物を召喚し、さらには闇魔法まで用いたのです」

 一同は、顔をしかめた。「闇魔法まで用いるとは」「嘆かわしい」といった囁きが聞こえる。

「そこで私たちも、やむなく魔法で対抗しました。私と、こちらの三名です」

 ルチアーノは、真純とフィリッポ、ジュダを紹介した。

「中でも、最も活躍したのが、こちらのフィリッポ。彼は何と、ヴァレリオ・ベゲットの愛弟子でございます。ご存じでしょうか。ベゲット家と申しますのは、かつてアルマンティリア王室に代々仕えてきた、高名な宮廷魔術師の家系です」

 フィリッポが立ち上がって礼をすると、出席者の間からは、感嘆の声が漏れた。ヴァレリオ・ベゲットの名前は、諸外国でも知られているようだ。

「そして。アルマンティリア出身の魔術師たちも、駆け付けて加勢してくれました。中には、貴国に住まう者もいるとか。感謝申し上げます」

 十人の中には、この同盟諸国で暮らしていた者もいるらしい。ルチアーノは、その点の配慮も忘れていないようだ。 

「とはいえ。私どもが用いた魔法は、必要最小限のものです。こちらは、お信じいただきたい」

 ルチアーノが、釘を刺す。一同は、頷いた。

「魔物や闇魔法まで使われたのでは、致し方無いでしょう」
「こちらへ来る際、クシュニアを通りましたが、ずいぶんな荒廃ぶりだ。強力な魔法で攻撃されたことは、お察しします」

 ありがとうございます、とルチアーノは礼を述べた。

「最後に、証跡をご提示しましょう。これほどの攻撃魔法を繰り出されながらも、アルマンティリアは、魔法をもってセバスティアーノ国王を打倒しようとは考えませんでした。決着は剣にてという信念、確かに実現したのです」

 そう言うとルチアーノは、広間の扉を開けさせた。家臣たちが、棺を運んで来る。セバスティアーノの遺体であった。

「ご覧くださいませ。致命傷は、剣によるものです」
 
  各国代表は、遺体に近付くと、検分するように眺めた。

「ふむ。確かに、心の臓を抉られておりますな」
「ルチアーノ殿下……、いえ、今や陛下ですな。お手柄です」

 皆が、頷き合う。だがそこへ、ルチアーノのひときわ大きな声が響いた。

「いえ。このとどめを刺したのは、私ではございません」

 一同は、おやという顔になった。

「はて? 騎士団の、どなたかですかな?」
「違います」

 ルチアーノは、にっこりした。

「ミケーレ二世の正妃・エリザベッタ王妃です。ご承知の通り、彼女はホーセンランド前々国王の息女。れっきとしたホーセンランド王室出身でありながら、彼女は、実兄であるセバスティアーノ国王を討ち取ったのでございます。不幸にして相打ちとなり、逝去しましたが、彼女は最後までアルマンティリア王妃としての矜持を貫きました。皆様、どうぞ彼女を讃えてくださいませ」

 おおお、という歓声が上がる。ボネーラは、そっと目頭を拭っている。真純は思った。

(確かに、いくら憎んでいたとはいえ、実のお兄さんをためらい無く殺すって、なかなかできることじゃ無いよな……)

 ルチアーノがあの時言った通り、非情という見方もできる。けれど、王妃としての矜持という見方もできる。いずれにしてもルチアーノは、最後は王妃の名誉を尊重したかったのだろう……。
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