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第十二章 価値観は、それぞれなんです
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国王の部屋を出ると、ルチアーノは、ずんずん歩き始めた。王宮の奥へ、奥へと入って行く。ようやくとある部屋の前で立ち止まると、彼は真純を見た。
「ここだ。この部屋に、書類がある。私が王位を継承するという証明書だ」
真純は、目を見張った。扇の中に隠されていると思い込んでいた、あの書類か。本物は安全な場所に保管したと言っていたが、それがここだと言うのか。それにしても、ここは一体何の部屋なのだろう。
「間も無く、同盟各国との協議が始まるからな。その際、提示した方がよかろうと思ったのだ」
なるほど、と真純は頷いた。ミケーレ二世の崩御に伴い、ルチアーノはもはや王太子ではなく、新国王となった。だがルチアーノの即位は、正統な王位継承順位に則ったものでは無い。難癖を付ける国が出て来ないためにも、確かに証明書を見せた方がいいだろう。
ルチアーノは、先ほどの鍵を鍵穴に差し込もうとしたが、ふと動きを止めた。
「ダメだ。錆び付いている」
ルチアーノは、苛立たしげに顔をしかめた。
「急ぐというのに……。仕方ない、すぐに職人を呼ぶか」
そこで真純は、ふと思いついた。科学雑誌で読んだ知識を思い出したのだ。
「殿下。職人さんを呼ばなくてもいいかもしれません」
ルチアーノは、怪訝そうな顔をした。
「なぜだ」
「僕のいた世界では、錆は光を当てることで取れる、と言われていました」
ルチアーノの顔がほころぶ。彼は、真純の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「さすがは、私の伴侶だ。ここぞという時に、的確な助けをくれる」
そしてルチアーノは、じっと鍵穴を見つめた。真剣な表情で、呪文を詠唱し始める。やがて、まばゆいばかりの光線が出現した。
光線は、巨大な渦となって、錆び付いた鍵穴に叩きつけられた。次の瞬間、真純はおおっと声を上げていた。鍵穴が、みるみるうちに綺麗になっていくのだ。雑誌で読んだ知識は、どうやら正しかったらしい。
「マスミ。お手柄だな」
ルチアーノはにこりと笑うと、鍵を差し込んだ。難なく、扉が開く。ルチアーノに続いて足を踏み入れて、真純はおやと思った。調度品のデザインから察するに、ここは女性の部屋のようなのだ。
(国王陛下が、鍵をお持ちだったということは。もしかして……)
「母の部屋だ」
真純の心を読んだように、ルチアーノは言った。
「母の死後、王妃陛下はここを取り潰そうとなさったのだがな。国王陛下が、残しておくと言い張られたのだ。部屋は全てそのままにして、鍵は国王陛下が管理された」
『ミケーレ様が生涯で愛されたのは、あなたの母親一人』という王妃の言葉が蘇った。恐らく、それは真実だったのだろう……。
「好きに見てよいぞ」
扉付近で固まっている真純を促すように、ルチアーノは声をかけた。
「いいのですか?」
「ああ。だからこそ、連れて来たのだ。そういう私も、入室するのは初めてなのだが」
言いながらルチアーノは、ワードローブを開けた。そこには、百着近い豪華なドレスが、整然と並んでいた。靴やアクセサリーも、山と積まれている。これを見れば、どんな女性も羨ましがるに違いなかった。
「……すごい」
真純は、恐る恐る近寄った。そこで、ふと気づく。なぜか、どのドレスも服飾品も、新品同様だったのだ。
「お母様は、物持ちのいい方だったんでしょうか?」
「いや、多分どれも着用はされていないだろう」
ルチアーノは、かぶりを振った。
「人づてに、聞いたことがある。私の母は、国王陛下から多くの贈り物をいただいたが、公の場でそれらを身に着けることはほとんど無かったと。恐らくは、王妃陛下を立ててのことだろう」
確かに、これみよがしに着てみせれば、さぞ王妃の怒りを買ったことだろう。とはいえ真純は、何だか切なくなった。先ほどの、ボネーラの話を思い出したのだ。国王が王妃に贈り物をしたのは、長男が産まれた際の、ただ一度きりだったと……。
そこでふと、真純は、室内に飾られている一枚の絵に気づいた。金髪の女性が描かれている。緑色の瞳をした、美しい女性だった。
「わあ、こちらがお母様ですか?」
真純は、思わず声を上げていた。
「皆さん仰ってましたけど、本当に殿下とそっくりですね!」
単に、髪と目の色が同じだけではない。透明感のある色白の肌も、鼻や唇など一つ一つのパーツも、全てが瓜二つだった。そして何より、知性と気品にあふれた微笑は、ルチアーノそのものだ。
それを聞いたルチアーノは、ふっと微笑むと、壁から絵を外した。
「書類の隠し場所は、ここだ」
おお、と真純はまたもや声を上げていた。ルチアーノがフレームを外すと、絵の裏から一枚の紙が出て来たのだ。紛れも無く、ミケーレ二世の署名がある。
「鍵は国王陛下がお持ちである以上、王妃陛下もこの部屋には手出しできない。それゆえ、ここで保管いただくよう、国王陛下にお願い申し上げたのだ」
ルチアーノは、書類を手ににっこりした。
「さあ、これを持参して、同盟各国代表と話すとしよう。マスミ、そなたも同席するのだぞ? 新国王の、伴侶として」
「はい」
真純は、大きく頷いていた。大変に、緊張する。けれど、ルチアーノがそばに居てくれれば、安心できる気がした。
「ここだ。この部屋に、書類がある。私が王位を継承するという証明書だ」
真純は、目を見張った。扇の中に隠されていると思い込んでいた、あの書類か。本物は安全な場所に保管したと言っていたが、それがここだと言うのか。それにしても、ここは一体何の部屋なのだろう。
「間も無く、同盟各国との協議が始まるからな。その際、提示した方がよかろうと思ったのだ」
なるほど、と真純は頷いた。ミケーレ二世の崩御に伴い、ルチアーノはもはや王太子ではなく、新国王となった。だがルチアーノの即位は、正統な王位継承順位に則ったものでは無い。難癖を付ける国が出て来ないためにも、確かに証明書を見せた方がいいだろう。
ルチアーノは、先ほどの鍵を鍵穴に差し込もうとしたが、ふと動きを止めた。
「ダメだ。錆び付いている」
ルチアーノは、苛立たしげに顔をしかめた。
「急ぐというのに……。仕方ない、すぐに職人を呼ぶか」
そこで真純は、ふと思いついた。科学雑誌で読んだ知識を思い出したのだ。
「殿下。職人さんを呼ばなくてもいいかもしれません」
ルチアーノは、怪訝そうな顔をした。
「なぜだ」
「僕のいた世界では、錆は光を当てることで取れる、と言われていました」
ルチアーノの顔がほころぶ。彼は、真純の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「さすがは、私の伴侶だ。ここぞという時に、的確な助けをくれる」
そしてルチアーノは、じっと鍵穴を見つめた。真剣な表情で、呪文を詠唱し始める。やがて、まばゆいばかりの光線が出現した。
光線は、巨大な渦となって、錆び付いた鍵穴に叩きつけられた。次の瞬間、真純はおおっと声を上げていた。鍵穴が、みるみるうちに綺麗になっていくのだ。雑誌で読んだ知識は、どうやら正しかったらしい。
「マスミ。お手柄だな」
ルチアーノはにこりと笑うと、鍵を差し込んだ。難なく、扉が開く。ルチアーノに続いて足を踏み入れて、真純はおやと思った。調度品のデザインから察するに、ここは女性の部屋のようなのだ。
(国王陛下が、鍵をお持ちだったということは。もしかして……)
「母の部屋だ」
真純の心を読んだように、ルチアーノは言った。
「母の死後、王妃陛下はここを取り潰そうとなさったのだがな。国王陛下が、残しておくと言い張られたのだ。部屋は全てそのままにして、鍵は国王陛下が管理された」
『ミケーレ様が生涯で愛されたのは、あなたの母親一人』という王妃の言葉が蘇った。恐らく、それは真実だったのだろう……。
「好きに見てよいぞ」
扉付近で固まっている真純を促すように、ルチアーノは声をかけた。
「いいのですか?」
「ああ。だからこそ、連れて来たのだ。そういう私も、入室するのは初めてなのだが」
言いながらルチアーノは、ワードローブを開けた。そこには、百着近い豪華なドレスが、整然と並んでいた。靴やアクセサリーも、山と積まれている。これを見れば、どんな女性も羨ましがるに違いなかった。
「……すごい」
真純は、恐る恐る近寄った。そこで、ふと気づく。なぜか、どのドレスも服飾品も、新品同様だったのだ。
「お母様は、物持ちのいい方だったんでしょうか?」
「いや、多分どれも着用はされていないだろう」
ルチアーノは、かぶりを振った。
「人づてに、聞いたことがある。私の母は、国王陛下から多くの贈り物をいただいたが、公の場でそれらを身に着けることはほとんど無かったと。恐らくは、王妃陛下を立ててのことだろう」
確かに、これみよがしに着てみせれば、さぞ王妃の怒りを買ったことだろう。とはいえ真純は、何だか切なくなった。先ほどの、ボネーラの話を思い出したのだ。国王が王妃に贈り物をしたのは、長男が産まれた際の、ただ一度きりだったと……。
そこでふと、真純は、室内に飾られている一枚の絵に気づいた。金髪の女性が描かれている。緑色の瞳をした、美しい女性だった。
「わあ、こちらがお母様ですか?」
真純は、思わず声を上げていた。
「皆さん仰ってましたけど、本当に殿下とそっくりですね!」
単に、髪と目の色が同じだけではない。透明感のある色白の肌も、鼻や唇など一つ一つのパーツも、全てが瓜二つだった。そして何より、知性と気品にあふれた微笑は、ルチアーノそのものだ。
それを聞いたルチアーノは、ふっと微笑むと、壁から絵を外した。
「書類の隠し場所は、ここだ」
おお、と真純はまたもや声を上げていた。ルチアーノがフレームを外すと、絵の裏から一枚の紙が出て来たのだ。紛れも無く、ミケーレ二世の署名がある。
「鍵は国王陛下がお持ちである以上、王妃陛下もこの部屋には手出しできない。それゆえ、ここで保管いただくよう、国王陛下にお願い申し上げたのだ」
ルチアーノは、書類を手ににっこりした。
「さあ、これを持参して、同盟各国代表と話すとしよう。マスミ、そなたも同席するのだぞ? 新国王の、伴侶として」
「はい」
真純は、大きく頷いていた。大変に、緊張する。けれど、ルチアーノがそばに居てくれれば、安心できる気がした。
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