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Side:伊織
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来る水曜、帰宅した僕はおやと思った。陽斗は先に帰宅していたが、明らかに外出の支度をしていたのだ。外は人目があるから、家でディナーを楽しもう、と約束していたのに。
「ちょこっとドライブ付き合ってよ」
陽斗は、何でも無いことのように言った。
「家で過ごすんじゃなかったのか?」
「うん。飯はうちで食うけど。その前に、連れて行きたいとこがあるんだ。バレないようにするから。……いい?」
「……いいけど」
バレて困るのは自分の方だろうに、陽斗はいつもこういう言い方をするのだ。とはいえ、彼の手にはバッチリ変装グッズが握られている。少しくらいならいいか、と僕は頷いたのだった。
「一体、どこへ行くんだ?」
助手席に乗り込みながら、僕は尋ねた。ちなみに、二人で出かける時の運転手役は、いつも陽斗である。普段はマネージャーの運転で移動するが、彼自身は、本当はハンドルを握りたいのだそうだ。
「んー、渡したいプレゼントがあって。サプライズだから、これ以上は言えねーな」
わざわざ危険を冒さなくても家で渡してくれればいいのに、と僕は訝った。だが陽斗に、口を割る気は無いようだ。追及するのは諦めて、僕は座席に体を沈めた。
やがて、車が発進する。慣れた手つきでハンドルを操りながら、陽斗はぼそりと言った。
「ところで、この前も聞いたけどさ。お前、本当に作家一本でやってく気はねえの? 来年は、俺たち三十だろ。いわゆる節目じゃん?」
「……」
僕は、一瞬押し黙った。実はつい昨日、僕は担当編集者から、某文学賞にノミネートされたと連絡を受けたのだ。いわゆる日本で二大有名な、あの賞である。もし受賞、なんてことになれば、もう作家としての地位は盤石と思っていいだろう。とはいえ、くれぐれも内密に、と言われている。陽斗を信用していないわけではないが、告げるのはためらわれた。
「俺、お前の書く小説、好きだからさ。だから、そっちに全力投球したら、ますますいい物書けるんじゃねえって、そう思うんだけどな……」
僕は、思わず陽斗の顔を見た。会社の仕事と執筆、どちらも中途半端にしか力を注げていないことを、見透かされた気がしたのだ。
「……まあでも、入社以来世話になってきた会社だしね。そう簡単には辞められないっていうか……」
慎重に答えると、陽斗は、ふうん、と言った。
「お前って、意外と義理堅いとこあんのな」
それきり陽斗は、黙り込んだ。何となく決まりの悪い思いをしながら、車に揺られること数十分。陽斗は、唐突に言った。
「着いたぜ」
目の前の光景を見て、僕は目を疑った。そこは、宝飾店だったのだ。まさかとは思うが……。
「おい、ここって……」
「ちょこっとドライブ付き合ってよ」
陽斗は、何でも無いことのように言った。
「家で過ごすんじゃなかったのか?」
「うん。飯はうちで食うけど。その前に、連れて行きたいとこがあるんだ。バレないようにするから。……いい?」
「……いいけど」
バレて困るのは自分の方だろうに、陽斗はいつもこういう言い方をするのだ。とはいえ、彼の手にはバッチリ変装グッズが握られている。少しくらいならいいか、と僕は頷いたのだった。
「一体、どこへ行くんだ?」
助手席に乗り込みながら、僕は尋ねた。ちなみに、二人で出かける時の運転手役は、いつも陽斗である。普段はマネージャーの運転で移動するが、彼自身は、本当はハンドルを握りたいのだそうだ。
「んー、渡したいプレゼントがあって。サプライズだから、これ以上は言えねーな」
わざわざ危険を冒さなくても家で渡してくれればいいのに、と僕は訝った。だが陽斗に、口を割る気は無いようだ。追及するのは諦めて、僕は座席に体を沈めた。
やがて、車が発進する。慣れた手つきでハンドルを操りながら、陽斗はぼそりと言った。
「ところで、この前も聞いたけどさ。お前、本当に作家一本でやってく気はねえの? 来年は、俺たち三十だろ。いわゆる節目じゃん?」
「……」
僕は、一瞬押し黙った。実はつい昨日、僕は担当編集者から、某文学賞にノミネートされたと連絡を受けたのだ。いわゆる日本で二大有名な、あの賞である。もし受賞、なんてことになれば、もう作家としての地位は盤石と思っていいだろう。とはいえ、くれぐれも内密に、と言われている。陽斗を信用していないわけではないが、告げるのはためらわれた。
「俺、お前の書く小説、好きだからさ。だから、そっちに全力投球したら、ますますいい物書けるんじゃねえって、そう思うんだけどな……」
僕は、思わず陽斗の顔を見た。会社の仕事と執筆、どちらも中途半端にしか力を注げていないことを、見透かされた気がしたのだ。
「……まあでも、入社以来世話になってきた会社だしね。そう簡単には辞められないっていうか……」
慎重に答えると、陽斗は、ふうん、と言った。
「お前って、意外と義理堅いとこあんのな」
それきり陽斗は、黙り込んだ。何となく決まりの悪い思いをしながら、車に揺られること数十分。陽斗は、唐突に言った。
「着いたぜ」
目の前の光景を見て、僕は目を疑った。そこは、宝飾店だったのだ。まさかとは思うが……。
「おい、ここって……」
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