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2ネイビー伯爵家での日々の始まり//幼少期

2-19 男同士の

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「本当にすまなかった 許してほしい」

テーブルに両手をついて勢いよく頭を下げるエリック様に頭がテーブルにぶつからないかとはらはらします。

「それでは姉上と僕に対しての失礼な態度を反省したんですね?」

エリック様がそのままの姿勢で頷いて テーブルに頭がぶつかってゴンと音がしました。

「それなら許しますよ。そして、僕も、申し訳ない」

エリック様には見えていないかもしれないけれど僕も頭を下げます。だって、エリック様が僕をイイヒトだって誤解しているのを正さないんですからね。狡いですよ、僕は。

「思い込みで突き倒されたんじゃ、たまりませんよ」
「うん それは本当に危なかったと思ってる。考えなしだった。すまん」

エリック様は……頭を下げたままでいます。

「エリック様?」
「俺はお前と友達になりたい。お前は俺と友達になるの嫌か?」

ともだち?友達??友達???思いがけない申し出に黙ってしまった僕の顔をエリック様が顔だけを上げて見つめてきます。少し自信の無いような 心配げな表情でそんな顔をする人を突き放せるほど僕は酷いヤツにはなれません。

「嫌じゃないですよ」
「じゃあ 俺の事はリックって呼んでいいぞ お前の事は?」.
「ビイって呼んでください」

つい勢いで答えましたが、頭の中は大混乱です。だって、さっき面倒だから関わり合いになるのを止めようって提案したんですよ?

「お茶、冷めちゃったな」
「ええ」

手持無沙汰なのはお互い様のようで二人で冷めたお茶を飲んだ。
この、ちょっと乱暴で強引で威張ってて頑固そうだけど、自分が悪いって分かれば反省できる侯爵令息が、友達になるって?友達って何をするんでしょうか?これ、父上に相談しましょう『男同士の会話』が出来そうです。ありがとうございます、リック!


「あ?冷めてても美味しいですね」
「俺が淹れた野外用だからな、冷めても苦くなったりしない。あと『です』とか止めろ」

ははは、命令系ですか?僕はこれが普通ですけど、これからは使わないように努力します。

「ビイはなんでエディに剣を教わらないんだ?せっかくエディがいるのに勿体ないぜ」

リックが前のめりに聞いてきました、エディがよほど気に入ったのでしょうか

「剣は、学園に入ってからって決めているんです」
「なんで?」

うーん なんて説明しましょうか?

「親か? メンドクサイよな」
「は?」

両親に止められている、と思ったみたいです。やっぱり思い込みが激しいですね

「俺は、学園は3年でやめて王都の騎士団に入るつもりでいる」

リックが更に身体を僕の方に傾けて声を潜めました。

「ナイショだぞ。5年なんて待てない」

一般課程から騎士団ですか?騎士のルートに詳しくない僕ですが騎士科を出た方がいいような気がしますけど?

「ビイの親はなんて言ってるんだ?うちの親に説得するように頼んでやろうか?」

僕が剣を学びたいのは本当ですけれど、学園に入ってからって決めたのも僕です。

「ここに何か見えますか?」

僕は首を左に傾けて 右の首筋を見せました。

「ん?何もないけど?」
「ですよね?」

僕は姿勢を直して、訳が分からないという顔をしたリックと向き合います。

「僕五歳の時に養子に入ったんです。入って間もない頃、男爵家出身の僕は良く思われていなくて、僕のマナーが出来てないとか、父上に失礼なことをしたとか、それからこの銀の髪はふさわしくないって話しているのを聞いてしまって……」

もう平気だと思っていたのに その時のことを思い出したら鼻の奥がツンとしてきました。

「それで僕、自分で髪を切ろうとしたんです。でもその時に自分の手とか首とかまで切っちゃって…」

目をパシパシさせて 涙がこぼれないようにします。

「僕の事を大事に思ってくれる人には今でもここにその時の傷が見えるみたいなんです。だから 僕は剣を持つのは――」

もう一度 首を傾けて 無い傷跡を見せるようにしながら、さりげなく涙を拭います。

「あれ?どうしました リック?」

リックが泣いています。僕は慌ててポケットからハンカチを出して渡します。

「そりゃあ、辛かったなあ……お前、苦労してきたんだな?五歳なんて俺の妹くらいの年だろ?赤ちゃんじゃないか。妹なんて、まだ親と一緒に寝てるぜ?ちょっと母上や乳母が見えなくなったら大騒ぎだぜ?」

五歳は赤ちゃんじゃないですし、苦労はしていないです。ほんのちょっと寂しいことや心細いことや辛いことも有ったけどほんのちょっとです。

「男爵家から簡単に伯爵家の養子なんてずるいって俺、思ったけど、侯爵家に生まれた俺の方が、むしろずるいのかもしれないなあ?親から離されたりマナー覚えたりするの大変だよな五歳だろ…大変だったよなあ、それなのに、悪口なんて、言うなよなあ」
リックは僕のハンカチじゃなくて自分の袖で目をこすっています。
「俺がその時に、いっしょにいれば、やっつけて、やったのにな……」
「剣で?」
「おう」
「それで 使用人の中にエディが居たら?」

僕がちょっと意地悪に聞くと、リックははっとしたように目を見開き俯いて唇をかみしめました。

「その時は姉上が、その使用人たちと戦おうとしてくれたんです」

あの時、僕に向かって振り向いて笑ってくれた顔を思い出しました。姉上らしい『まかせて』と言わんばかりの顔は強くて優しい顏でした。

「エリザベス様が?」
「そう。でも戦う前に大人に見つかって、二人とも回収されたんですけどね。可笑しいでしょ?」

そう言って笑おうとしたけれど、視界がにじんだのはなぜでしょうか?

「エリザベス様、凄いなあ。お前、大事にされてるんだな」

とうとう涙がこぼれました。リックが返してくれたハンカチで涙を拭います。

 僕が顔を上げると、リックが盛大に泣き出していて……机を挟んで二人でしばらく涙を止められないでいました。

「あのね、リック、僕、苦労は、本当に、してない、んですよ」
「です とか、やめろ」

そうでした。僕は苦笑して頷きました。


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