呪われた皇子様は、凡愚な令嬢を手放さない

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 宝石のように煌めくシャンデリアの下、色とりどりで華やかなドレスが舞い踊っている。
 その光景は、まるでこの世の光を集めた夢物語のようで、改めて自分が場違いであることを思わされてしまった。
 

(皆さま、本当にお綺麗だわ。でも、お姉様が一番綺麗ね)


 お父様側の血が強く出てしまった私の野暮ったい顔や骨太の体とは明らかに違う姉の容姿。
 光り輝く黄金の髪に、湖のように澄み渡った碧い瞳。
 腰は細く、それでいて出るところはしっかりと出ている体はまるで彫刻のようなと殿方が例えるのも無理はない。

 それに、一見近寄りがたいほどの美しさの中、その甘さを感じさせるたれ目が悪魔的な愛嬌を放っていて、それもまた魅力的に映るのだろう。


(…………出来る限り、壁の花になって目立たない方がいいわ。お姉様にとって、唯一の汚点は私なのだろうし)


 二歳年上の姉とは、昔から比べられてきた。
 父は、姉ばかりを可愛がり、高いドレスや装飾品をこれでもかというほどに買い与え。
 母は、自身の綺麗な容姿を受け継ぐ姉だけを見て、私の存在を無かったかのようにしたいのか、何をしても無関心。 
 
 そして、使用人達にもお父様やお母様の態度を見ているからか、私への対応はあからさまなほどに手が抜かれていて、陰口すら叩かれる始末。


(まぁ、仕方が無いわよね。私だって、お姉様と私なら、愛らしいお姉様を選ぶもの)


 小さい頃は、そんな現実に気づけなくて愛されるためにたくさん努力した。
 ダンス、教養、生け花の知識やお菓子作り、本当にいろんなことを頑張ってきた。 

 でも、そんなことをしても無駄だったと今ならわかる。
 片手間に姉がやり始めたことにすら、どれも追いつけなかったから。 


(磨けば光るのは、元々何かを秘めたものだけ。でも、私はそちら側じゃない)


 今の私はちゃんと自分の身の程を知っている。
 姉のおさがりである流行遅れのものを体格に合わせて仕立て直ししたことで余計にみっともなくなっているドレス。
 姉がプレゼントされたものの中で、全く価値が無く押し付けられた装飾品。

 全てがちぐはぐで、まるで継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみのようで笑ってしまう。
 しかも、こんなおかしな姿なのに誰の視線も私には向いていないのだから自分の価値が嫌というほど理解できた。


(とりあえず、そろそろいいのかしら)
 

 既に、姉の美しさを際立たせる役割は十分果たしているはず。
 そう思いながら姉を見ていると、それに気づいたのか、周りにわからないよう姉が視線で指示を送ってくる。
 あれは、まだいたの?ってところか。後で怒られるのも覚悟しておかないと。
   
 ゆっくり扉を開け外に出ると、衛兵が不思議そうな顔をした後、私の姿を見て納得し慌てて無表情を取り繕ったのが見える。


(変な顔。ふふっ、少し面白いわ)


 会釈をし、通り過ぎるとなおさら変な顔で衛兵がそれを見送ってくる。
 そして、石畳を辿りながら、建国当初に建てられた歴史ある城を散策していると端の方に、古めかしい塔のようなものを見つけた。



(あそこなら目立たないし、会場も見えやすいかも)

 
 外に付けられた螺旋階段に試しに足で触れてみると、びくともしないような力強い反応が返って来て定期的に手入れがされていることがわかる。
 一段ずつ登る度、硬質な音が静かな夜の空気に響き、やがて吸い込まれるように消えていった。
  

(貴方は、私という存在を無視せずいてくれるのね)

 
 取り留めも無いことを考えながら、足から響く音でリズムを取っているといつの間にか一番上まで上がってきてしまっていたらしい。
 

「綺麗」


 城の中から漏れ出る光は、近くからは私には眩しすぎる。
 でも、少し離れた場所から見る分にはとても綺麗に思えた。


「…………いっそ、このまま消えてしまえればいいのに」


 自分のことを見てくれる人などいない。
 どこにでもいるような、無価値で、ありふれた私が消えてもきっと誰も困らない。
 
 今のままでも、貧しい人達とは比べるまでも無いほどに恵まれているのはわかっている。
 悲劇のヒロインというにはほど遠く、だけど私には今の人生に意味を見出すことができなかった。


「ならば、望み通りにしてやろうか?許可もなく、俺の領域に足を踏み込んだのだからな」

「え?」


 空を見上げ、星をぼーっと見ていると、突如、男性の低い声が響いて驚く。
 そして、声の方に慌てて顔を向けると、そこには顔に仮面を付けた背の高い人影が立っていた。


「あの、その、申し訳ありません。全く、そんなこと存じ上げなくて」

「知らなければ、何をしてもいいと?」

「いいえ。そんなつもりはっ!私にできることなら何か謝罪を致します」

「…………言葉だけでは何とでもいえよう。例えば、俺がお前の人生を望めばどうするつもりだ?」
 
「私の、人生ですか?」

「そうだ、他のものではダメだ。お前は、できることをすると言った。だったら、お前を丸ごと俺に捧げろ」


 どんな表情をしているのかは仮面で窺うことは出来ないが、その蔑むような声は明らかで、どんな感情を抱いているかは手に取るように分かった。


「………………この身をご所望ですか?」

「ああ。どうせ、出来ぬだろう?ならば、今すぐ撤回しろ。俺は、口だけの人間が何よりも嫌いだ」

「そう、ですね。今すぐには」

「ふっ、やはりな――――いや、待て。今すぐにはと言ったか?」

「はい。家に戻り次第、父と母に説明してまいりますのでそれまでお待ち頂けますか?」

「俺の言った意味をわかっているのか?人生丸ごと、尽くせと言っているのだぞ?」

「はい。わかっております」


 愚かな考えだとは分かっている。それに、この人が別に私を求めていったわけでは無いことも。
 でも、私には嬉しかったのだ。

 今まで、姉の付属品でしかなかった私が、私だけが求められているというその事実が。
 他でもない、私が欲しいというその言葉が何よりも、嬉しかった。


「貴方が、私を望まれるのであれば、お捧げいたします。違うのであれば、ご撤回ください」

「………………正気か?」

「はい。何もできず、何も持たぬ私ですが、それでもよければ」

「変な、女だな」

「ふふっ。ありがとうございます」


 誰にも目を向けられず、存在すら気にしてもらえない私。
 だけど、今この人は確かにこちらを見てくれている。

 確かに変な女だろう。それでも、私にはその言葉すらも嬉しかったのだ。


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