獣人少女は幸せな明日を夢見る

豆茶

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第三章 シイナの知らない世界

20話

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 遠くからガタガタとものが揺れる音がしてシイナは自然と目を覚ました。
 シイナは腕に突っ伏して寝ていたせいで痺れてしまった両腕をさすりながら窓の外を見る。
 時刻は夕暮れ時で、太陽が街並みに吸い込まれ消えていくところだった。西日の眩しさに目を細めながら下を見ると馬車が入り口まで入ってくるところだった。
 その馬車からはアルベリヒが降りてきて護衛でついていたであろう兵士と一緒に屋敷の中に入っていく。シイナはアルベリヒが帰ってきたとわかり、耳をピンッと立てて嬉しそうに部屋の外へと向かう。
 この時間にアルベリヒが帰ってきたということは、今日はアルベリヒと一緒に過ごすことができるかもしれない。そう考えたから急ぐ気持ちがシイナを突き動かした。
 扉を開けて外に飛び出すと、誰かにぶつかった。
「も、申し訳ございません、シイナ様!」
 扉の外にはちょうどシイナを呼びにきたのかノックをしようと立っていたアンナがいた。シイナはぶつけた鼻をさすりながら首を横に振る。
「ごめんなさい。飛び出して」
「いえ、こちらこそ、シイナ様のことに気が付かず申し訳ございません」
 扉越しでどうやってシイナのことを見つけるつもりだったのかわからなかったが、シイナはもう一度頭を横に振る。
「どこかへお出かけになられるところでしたか?」
 アンナがしゃがみ込んで尋ねる。シイナはアンナの目を見て今度は首を縦に振った。
「窓から、お父さんの姿が見えたので……会いたいと思って……」
 最後の方は消え入りそうなくらい小さな声だった。そしてもじもじと恥ずかしそうに視線を彷徨わせる。アンナはそんな可愛らしいシイナを見てクスリと笑った。長年敬語を使っていた関係で、それを直そうとするとどうしても言葉がおかしくなるときがあった。そう考えると最初と比べてだいぶシイナもつっかえずに話せるようになったほうだった。それに自分のやりたいことも徐々に言葉や行動にすることができるようになっていた。
「それならちょうど良かったです。旦那様が先ほどお帰りなられて、シイナ様とお過ごしになりたいと呼んでおりました」
「!」
 アンナの言葉にシイナはふにゃふにゃさせていた耳をピンと張る。シイナが嬉しい時に見せる癖のようなものだった。
 シイナは戸惑うようにアンナの手を握り、弱々しい力で引っ張る。
「本当に?本当なら、早く、行きたい……!」
 アンナを急かすようなそぶりを見せるシイナにアンナはまた笑う。そして立ち上がりシイナの手をしっかりと握りながら一緒に歩き出す。
 シイナはアルベリヒに会えるのが嬉しいのか耳をパタパタとさせて意気揚々と歩く。
(このお姿をみたら、旦那様もきっと可愛いと思われるに違いないわ)
 アンナは心の中でそんなことを考えていた。

 シイナはアンナに連れられてアルベリヒの書斎にきた。書斎に許可を得て入ると、アルベリヒが身支度を整えているところだった。
 アンナはシイナを部屋まで送り届けると、二人きりの時間を作るためにか部屋を出ていった。
 シイナは入り口でアルベリヒに近づくことなく、アルベリヒのことをじっと見ていた。それに気がついたアルベリヒがシイナのことを手招きで呼ぶ。
 シイナはぱぁっと顔を輝かせアルベリヒの元にかけていった。そして膝をついて両手を広げて待っていてくれたアルベリヒの体に思いっきり飛びついた。
 アルベリヒは足にグッと力を込めることでシイナの衝撃に耐える。そして久しぶりのシイナにぎゅうっと抱きしめる力を強くする。
「すまないな。最近は一緒にいてやれなくて」
 アルベリヒがシイナの耳元でそう言う。シイナはアルベリヒに自分の匂いを擦り付けるように首を振る。たしかにあの事件の後、アルベリヒは忙しくしておりなかなかシイナと過ごす時間を取れていなかったが、それでも何かと気にかけてもらえていることはシイナにもわかっていた。
 そばにはいなかったが、常にアルベリヒの心を感じていたから、寂しくないと言ったら嘘にはなるが、耐えられないほどではなかった。
 そう思いながらシイナはアルベリヒの体温を全身で感じるようにぎゅっと強く抱きついた。
 しばらくそうした後、アルベリヒはシイナのことを軽々と持ち上げて客人用の長椅子に座った。シイナのことは膝の上に乗せたままだった。
「私がそばにいない間、不自由はなかったか?」
「はい。ジェイクがたくさん遊んでくれました。それにナナさんやアンナさん、ニカさんもいっぱい一緒にいてくれました」
「そうか。それなら良かった」
 両手を上げて嬉しそうに報告するシイナの頭を優しく撫でる。シイナはその手を気持ちよさそうに受け入れる。
(お父さんの手は、まるで魔法みたい。私のこと、とっても幸せにしてくれる)
 シイナはもっとと言わんばかりにアルベリヒの手に自分の頭を押し付ける。それは無意識の行動で、シイナは自分のしていることに気がついていなかった。
 そこでふと、シイナはあることを思い出した。
「お父さんは、魔法使い、ですか?」
 あの事件の衝撃で忘れていたが、あの時アルベリヒは魔法のようなものを扱っていた。シイナは魔法は空想上の世界の話だと思っていたから、改めて考えるとアルベリヒが魔法が使えるのが素敵でいいなと考えた。
 アルベリヒは頷き、シイナを抱えていない方の手をシイナに差し出す。シイナは最初何をして欲しいのかわからなかったが、それが手を握るように言われているのだと気づきそっと自分の手を重ねる。
 アルベリヒと重なった手がじんわりと温かい光に包まれる。そしてその光はシイナの腕を伝い、シイナの胸の中へと消えていった。
 胸に入った光はシイナの全身を駆け巡り、シイナの心を幸せいっぱいにした。
「魔法は怖いか?」
「ううん。怖くないです。だってとっても暖かくて綺麗だから」
 あの日の魔法は鋭く人を傷つけるようなものであったが、それはシイナを守るためだった。そのことを思えば、魔法を使うアルベリヒが怖いとは思えなかった。それに今のように優しく、包み込むような魔法もあるとわかり余計にそう思った。
「魔法はこの世界で一部の人に授けられたギフトのようなものだ。……神様が、この力を使って人々を幸せにするようにと願って与えられたものとも言える」
 シイナの手を握り続けながら、しっかりと目を見合わせて説明する。
「本来なら、あのように使うべきものではない。シイナのいう通り、これは美しく、清らかなものだから」
 アルベリヒが指す"あのようなこと"はあの日のことを言っているのだろう。そのことにシイナも思い至り首をフルフルと横に振る。
「魔法は簡単に人を傷つける。だからこそこの使い方を誤ってはいけない。わかるか、シイナ?」
「うん……。私でも、魔法、使えますか?」
「どうだろうな?こればかりは神様からの与え物としか言えないからな。気になるなら、魔法が使えるか試してみるか?」
 アルベリヒに聞かれてシイナは考え込む。
 もしも自分でも魔法を使えたらどれだけ素晴らしいだろうか。しかし同時に、アルベリヒの言うように力を使うのであればそれ相応の責任が必要になる。その責任をシイナが背負うことができるのか、とシイナは思った。
「難しいことは考えなくていい。シイナが使う魔法なら、きっと美しく、人を幸せにするような魔法だろう」
 アルベリヒの一言がシイナの背中を押した。シイナは小さく頷いた。するとアルベリヒは優しく笑った。
 シイナは繋がれた手の先に意識を向ける。アルベリヒがやってくれたように、アルベリヒの心に届くような魔法が使いたいと思った。
 するとシイナの手からほわっと淡い光が一瞬だけ灯る。その光は一瞬であったが、確かに魔法であった。
 シイナは興奮したように耳を動かしながらアルベリヒの方を期待を込めた眼差しで見つめる。するとアルベリヒは小さく頷いた。
「よくやったな、シイナ」
「……はい!」
 シイナは嬉しそうに微笑んだ。まるで花が綻ぶようだった。魔法と呼ぶにはまだまだ改善の余地があるものの、シイナにも魔法の素質があることが証明された。
「シイナには魔法の先生も必要だな」
「?」
 アルベリヒの言葉に首を傾ける。
「シイナの授業をしてくれる先生を見つけてきた」
「ほ、本当ですか?!」
「あぁ。早速明日、来てくれることになっている」
 シイナは途端に明日が待ち遠しくなった。そわそわとした気持ちがアルベリヒに伝わったのかアルベリヒはクスリと笑った。笑われたことに気がつきシイナは恥ずかしそうに耳を伏せた。
「嬉しいんだろう?恥ずかしがることはない」
「うぅーーー……!」
 シイナは頭を伏せて唸る。浮かれている様を見られたのが恥ずかしかったのだ。
「さぁ、顔を上げなさい、シイナ。もっとシイナの話を聞かせてくれ」
 アルベリヒの優しい声かけにシイナはそろそろと顔を上げてアルベリヒを見る。そしてまたアルベリヒに最近あったことを話し始めた。
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