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王都を出発して二ヶ月が経った。
魔王討伐隊の一行は、心配していたような大きなトラブルもなく、魔王城を目指していた。
『大きなトラブル』というのは、誰かが怪我や病気をして、離脱するような事態を指す。
小さなトラブルに関していえば……残念ながら、起きなかった日が一日たりともない。
聖女は様々な制限がある旅に慣れることができず、彼女の不満を聞き逃すスキルばかりが磨かれてしまった、とヒルダたちが苦笑している。
可能な限り、要望に応えたいと思ってはいるものの、使命のある旅には制限が多い。
甘いお菓子が食べたいであるとか、可愛らしいドレスが着たいであるとか、一つ一つは些細なものだ。
そんな小さな願いであっても、自分の希望が叶わないというのは、積み重なると大きなストレスに繋がるものだから、目先のストレスを思えば、叶えてもいいのかもしれない。
けれど、一度許されたことは二度目以降も望むのが、人間ではないだろうか?
そして、人間というものは、初めて希望が叶った時の感謝は深くとも、二度目、三度目と回数を重ねていくごとに、感謝の気持ちが薄れ、『当然』として受け取る生き物だと、私は思っている。
少なくとも、これまでの人生で私が接してきた人々の多くは、そうだった。
だから、王都からの支援物資を受け取れている今ならばともかく、魔王城に近づけば、お菓子どころか食事内容ですら懸念が残ることを考えると、この先もずっと叶えられない希望は、受け入れるわけにいかない。
ずっと叶えられていた希望が拒まれたときの反動は、今よりも大きいものになるはずだからだ。
今、この瞬間の聖女の気持ちを宥めるためだけに、将来のリスクを負うことはできない。
聖女にも、その旨は説明している。
「可能な限り、ご要望にお応えしたいのですが、できることとできないことがあるのです」
可愛いドレスを着用しているときに、もし、魔獣に襲撃されたら、避難する際にどのような危険性があるのか。
洗濯婦たちが一日にどれだけの枚数の衣類を洗濯していて、聖女のドレスの洗濯にどれほどの時間と労力を割いているのか。
口うるさいと思われたせいだろう。
一度、
「アストリッド、クビ」
と言われたけれど、ヒルダたちが、
「私たちはアストリッド様のご指示を受けて動いておりますので、アストリッド様の監督がないのであれば、聖女様にお仕えすることはできません」
ときっぱり告げて以降、さすがにその言葉は言わなくなった。
一人でこの旅を乗り越える自信は、ないのだと思う。
聖女がこの旅を受け入れていないせいなのか、残念なことに聖魔法の修練も順調とはいえなかった。
瘴気と魔獣。
この世界の現実を見た聖女は、確かに変わった。
上級司祭による聖魔法の講義は、文句を言いつつも受けているし、一日に一回は瘴気溜まりや討伐した魔獣の浄化にも参加している。
――けれど、それだけ。
それ以外の努力は、一切、しない。
本来ならば。
魔力を全身に行き渡らせるための基礎訓練を、毎日、一時間は行うべきだ。
右手の中指の先から手のひら、手首、肘、肩を通って、首の付け根を通過、左側の肩、肘、手首……と魔力を少しずつ少しずつ、糸のように細く流していくのが、基礎訓練だ。
上半身が終わったら、今度は右足のつま先から足首、膝、脚の付け根を通して、反対側へと流していく。
ゆっくりゆっくり時間をかけて、全身に魔力を通していると、次第に体の内側から熱を発するようになってくる。
一時間経った頃には、汗ばむほどだ。
この世界の人間は、誰でも魔力を持っている。
魔力量は生まれつきのもので、遺伝による影響が大きいけれど、日々の訓練を繰り返すことで、自分の魔力を限界まで引き出せるようになる。
そのためには、魔力が血液のように全身に流れる様子をイメージしながら、基礎訓練を繰り返し、意識せずとも使えるようになる必要がある。
どれだけ、生得的な魔力量が多くても、実際に使えなければ意味はない。
そのため、魔力が多い人間の大多数が属している貴族階級では、幼い頃から、基礎訓練を受けさせているのだ。
それは、魔獣や瘴気の脅威から民を守るという貴族の義務のためでもあるし、高い能力を示すことができれば出世しやすいとの利点のためでもある。
ただし、女性の場合は、実際に魔獣討伐に向かうわけでも、職業として魔法師や魔法騎士になるわけでもなく、将来の我が子に手ほどきする知識があればいいだけなので、初級魔法を身に着けたら、基礎訓練もやめてしまう人が多い。
私自身は、魔法師の家系であるラルセン家の一員であり、魔法騎士の家系であるオーストレーム家に将来嫁ぐ身として、オリヴェル様に指導を受け、持てる能力を最大限に発揮できるようになった。
修道院にいた時も今も、基礎訓練を欠かしたことはない。
いつの日かオリヴェル様のお役に立ちたいと願っていたのは、二年前まで。
今は――どんな気持ちで訓練を続けているのか、自分でもよくわかっていない。
それでも、いつかはきっと、何かの役に立つと思っているから、続けてきたのだ。
ところが。
聖女は、この基礎訓練をまったくやらない。
私が預かっている教科書によれば、魔法の手ほどきをした魔法師に基礎訓練の方法は教わっているし、どれだけ忙しくとも、毎日最低三十分は訓練に充てるよう指示が出ているはずだけれど、実行して来なかったらしい。
どうやら、王宮で基礎訓練について進言した侍女は、軒並み、馘首にしていたようだ。
(道理で、浄化魔法の威力がなかなか上がらないわけだわ……)
毎日、講義を受けて修練し、浄化している成果として、確かに彼女の浄化魔法の威力は少しずつ、上がっている。
基礎訓練をしていないのに練度が上がっているのは、さすがだとも思う。
けれど、まだ、魔王と対面するには十分ではない。
聖女である以上、彼女の潜在能力は、相当に高いはずだ。
おそらく、私とは比べ物にもならない。
なのに、魔力がスムーズに全身を巡っていないせいで、十分な力を発揮できずにいる。
基礎訓練の重要性については、話をした。
やり方についても、実演しながら説明した。
しかし、聖女にその気がなければ、意味はない。
「基礎訓練? また、それ? アストリッドも言ってたじゃん。できることとできないことがあるんですぅ。聖女として、浄化魔法の練習も浄化も、ちゃんとやってるでしょ? これ以上は無理なの! お風呂にも入れないのに、汗搔きたくないもん」
聖女は、確かに変わったのだ。
ゼロが一に増えたのだから。
けれど――彼女の変化は、私たちが望んでいたほどには、大きくなかった。
聖女の浄化魔法が心もとない一方で、襲い来る魔獣を討伐し続けている討伐隊の戦闘力は、互いの連携がよりスムーズに取れるようになったことで、飛躍的に上がっている。
おそらく、問題は本当に、魔王の纏う瘴気のみ。
聖女の細い肩に、すべての責任がのしかかってしまっている……
(どうして、同じ浄化魔法なのに、光魔法ではいけないのかしら……)
光魔法で斃すことができれば、聖女に責任を負わせる必要はないのに。
頭では、わかっている。
浄化魔法で瘴気を削る量が、魔王が瘴気を回復させる量を上回らなければ、瘴気の壁を突破することができない。
同行している上級司祭は五名。
彼ら全員の力を合わせても、光魔法では勝てないのだ。
(何か、いい方法があればいいのに)
異界から何もわからないまま、突然、呼び寄せられて、訳のわからないままに使命を負わされた聖女。
浄化魔法は、祈りの魔法だ。
誰かを守りたいと強く願う気持ちが、力を発揮する。
彼女が、私たちを、この世界の民を守りたいと思えないのは、私たち、この世界の住民に責任があるのだろう。
アンスガル殿下が私に望まれたように、聖女の心に寄り添い、支えとなれていないことが悔しい。
私にはもう、祈ることしかできないのだろうか。
(お兄様が、無事に帰還できますように)
修道院でしていたように、胸の前で両手指を組んで目を閉じる。
ステファンお兄様は、歴代のラルセン家の魔法師の中でも実力者だと聞いているけれど、物事に絶対はない。
(お父様とイーサクが、健康でありますように)
魔王討伐隊と王宮は、伝信鳥を利用して頻繁に進行状況をやり取りしているものの、そこに個人間のやり取りは含まれない。
父や弟は、討伐隊が全員無事であるとの情報を得られているだろうけれど、私が父や弟の状況を知る術はない。
(アンニカや院長先生、南部修道院の皆さんが、望む道に進めますように)
アンニカは、実家に戻る目途が立っただろうか。
私が修道院に身を寄せる以前から、所属していたのだ。
トラブルの原因となった高位貴族の令嬢が結婚して家を離れれば、きっと帰れるはず。
思い浮かぶ人々の名を一人一人呼びながら、願いを込める。
オリヴェル様との婚約を公表して以来、友人だと思っていた人々と距離を置くようになったものの、それでも、守りたい、幸せを願いたい人はいる。
短い時間ではあったけれど、侍女のいろはを叩きこんでくれたリングバリ夫人。
修道女見習いには必要ない、と言っても、にこにこと世話を焼いてくれた王宮勤めの侍女の皆さん。
そして、誰よりも。
(オリヴェル様が、魔王討伐後の未来に、ご自身が心から望まれる道を選べますように)
婚約が破棄されたことで、私の人生は予定していた未来から、大きく外れた。
どれだけ周囲の人々に揶揄されようとも、オリヴェル様と結婚し、子を儲け、オーストレーム伯爵家とラルセン子爵家を盛り立てる将来しか考えていなかった私は、まったくの想定外だった道を今、歩んでいる。
唯一の救いと思えるのは、婚約に囚われていない今のオリヴェル様は、どんな未来でも彼の望むままに選び取ることができる、ということだ。
約束を違える気はない、と伝えてくれたけれど、これ以上、責任を感じなくていい。
私は、大丈夫だから。
ラルセン家にはステファンお兄様もいるし、イーサクもいる。
魔法師の血統が途絶える心配はしていない。
だから。
(どうか、オリヴェル様がなんの憂いもなく幸せになりますように)
私に、罪悪感を抱く必要はないから。
私は、皆が生き伸びて幸せになれば、それでいいから。
単なる幼馴染よりも、自分自身の幸せを望んで。
そう願っていると、握り合わせている両手に、じん、とした熱を感じる。
それは、これまでに扱ったことのある火魔法の熱とは異なる熱さで……
驚いて目を開くと、両手に集まっていた熱が霧散した。
「なんだったの……?」
魔王討伐隊の一行は、心配していたような大きなトラブルもなく、魔王城を目指していた。
『大きなトラブル』というのは、誰かが怪我や病気をして、離脱するような事態を指す。
小さなトラブルに関していえば……残念ながら、起きなかった日が一日たりともない。
聖女は様々な制限がある旅に慣れることができず、彼女の不満を聞き逃すスキルばかりが磨かれてしまった、とヒルダたちが苦笑している。
可能な限り、要望に応えたいと思ってはいるものの、使命のある旅には制限が多い。
甘いお菓子が食べたいであるとか、可愛らしいドレスが着たいであるとか、一つ一つは些細なものだ。
そんな小さな願いであっても、自分の希望が叶わないというのは、積み重なると大きなストレスに繋がるものだから、目先のストレスを思えば、叶えてもいいのかもしれない。
けれど、一度許されたことは二度目以降も望むのが、人間ではないだろうか?
そして、人間というものは、初めて希望が叶った時の感謝は深くとも、二度目、三度目と回数を重ねていくごとに、感謝の気持ちが薄れ、『当然』として受け取る生き物だと、私は思っている。
少なくとも、これまでの人生で私が接してきた人々の多くは、そうだった。
だから、王都からの支援物資を受け取れている今ならばともかく、魔王城に近づけば、お菓子どころか食事内容ですら懸念が残ることを考えると、この先もずっと叶えられない希望は、受け入れるわけにいかない。
ずっと叶えられていた希望が拒まれたときの反動は、今よりも大きいものになるはずだからだ。
今、この瞬間の聖女の気持ちを宥めるためだけに、将来のリスクを負うことはできない。
聖女にも、その旨は説明している。
「可能な限り、ご要望にお応えしたいのですが、できることとできないことがあるのです」
可愛いドレスを着用しているときに、もし、魔獣に襲撃されたら、避難する際にどのような危険性があるのか。
洗濯婦たちが一日にどれだけの枚数の衣類を洗濯していて、聖女のドレスの洗濯にどれほどの時間と労力を割いているのか。
口うるさいと思われたせいだろう。
一度、
「アストリッド、クビ」
と言われたけれど、ヒルダたちが、
「私たちはアストリッド様のご指示を受けて動いておりますので、アストリッド様の監督がないのであれば、聖女様にお仕えすることはできません」
ときっぱり告げて以降、さすがにその言葉は言わなくなった。
一人でこの旅を乗り越える自信は、ないのだと思う。
聖女がこの旅を受け入れていないせいなのか、残念なことに聖魔法の修練も順調とはいえなかった。
瘴気と魔獣。
この世界の現実を見た聖女は、確かに変わった。
上級司祭による聖魔法の講義は、文句を言いつつも受けているし、一日に一回は瘴気溜まりや討伐した魔獣の浄化にも参加している。
――けれど、それだけ。
それ以外の努力は、一切、しない。
本来ならば。
魔力を全身に行き渡らせるための基礎訓練を、毎日、一時間は行うべきだ。
右手の中指の先から手のひら、手首、肘、肩を通って、首の付け根を通過、左側の肩、肘、手首……と魔力を少しずつ少しずつ、糸のように細く流していくのが、基礎訓練だ。
上半身が終わったら、今度は右足のつま先から足首、膝、脚の付け根を通して、反対側へと流していく。
ゆっくりゆっくり時間をかけて、全身に魔力を通していると、次第に体の内側から熱を発するようになってくる。
一時間経った頃には、汗ばむほどだ。
この世界の人間は、誰でも魔力を持っている。
魔力量は生まれつきのもので、遺伝による影響が大きいけれど、日々の訓練を繰り返すことで、自分の魔力を限界まで引き出せるようになる。
そのためには、魔力が血液のように全身に流れる様子をイメージしながら、基礎訓練を繰り返し、意識せずとも使えるようになる必要がある。
どれだけ、生得的な魔力量が多くても、実際に使えなければ意味はない。
そのため、魔力が多い人間の大多数が属している貴族階級では、幼い頃から、基礎訓練を受けさせているのだ。
それは、魔獣や瘴気の脅威から民を守るという貴族の義務のためでもあるし、高い能力を示すことができれば出世しやすいとの利点のためでもある。
ただし、女性の場合は、実際に魔獣討伐に向かうわけでも、職業として魔法師や魔法騎士になるわけでもなく、将来の我が子に手ほどきする知識があればいいだけなので、初級魔法を身に着けたら、基礎訓練もやめてしまう人が多い。
私自身は、魔法師の家系であるラルセン家の一員であり、魔法騎士の家系であるオーストレーム家に将来嫁ぐ身として、オリヴェル様に指導を受け、持てる能力を最大限に発揮できるようになった。
修道院にいた時も今も、基礎訓練を欠かしたことはない。
いつの日かオリヴェル様のお役に立ちたいと願っていたのは、二年前まで。
今は――どんな気持ちで訓練を続けているのか、自分でもよくわかっていない。
それでも、いつかはきっと、何かの役に立つと思っているから、続けてきたのだ。
ところが。
聖女は、この基礎訓練をまったくやらない。
私が預かっている教科書によれば、魔法の手ほどきをした魔法師に基礎訓練の方法は教わっているし、どれだけ忙しくとも、毎日最低三十分は訓練に充てるよう指示が出ているはずだけれど、実行して来なかったらしい。
どうやら、王宮で基礎訓練について進言した侍女は、軒並み、馘首にしていたようだ。
(道理で、浄化魔法の威力がなかなか上がらないわけだわ……)
毎日、講義を受けて修練し、浄化している成果として、確かに彼女の浄化魔法の威力は少しずつ、上がっている。
基礎訓練をしていないのに練度が上がっているのは、さすがだとも思う。
けれど、まだ、魔王と対面するには十分ではない。
聖女である以上、彼女の潜在能力は、相当に高いはずだ。
おそらく、私とは比べ物にもならない。
なのに、魔力がスムーズに全身を巡っていないせいで、十分な力を発揮できずにいる。
基礎訓練の重要性については、話をした。
やり方についても、実演しながら説明した。
しかし、聖女にその気がなければ、意味はない。
「基礎訓練? また、それ? アストリッドも言ってたじゃん。できることとできないことがあるんですぅ。聖女として、浄化魔法の練習も浄化も、ちゃんとやってるでしょ? これ以上は無理なの! お風呂にも入れないのに、汗搔きたくないもん」
聖女は、確かに変わったのだ。
ゼロが一に増えたのだから。
けれど――彼女の変化は、私たちが望んでいたほどには、大きくなかった。
聖女の浄化魔法が心もとない一方で、襲い来る魔獣を討伐し続けている討伐隊の戦闘力は、互いの連携がよりスムーズに取れるようになったことで、飛躍的に上がっている。
おそらく、問題は本当に、魔王の纏う瘴気のみ。
聖女の細い肩に、すべての責任がのしかかってしまっている……
(どうして、同じ浄化魔法なのに、光魔法ではいけないのかしら……)
光魔法で斃すことができれば、聖女に責任を負わせる必要はないのに。
頭では、わかっている。
浄化魔法で瘴気を削る量が、魔王が瘴気を回復させる量を上回らなければ、瘴気の壁を突破することができない。
同行している上級司祭は五名。
彼ら全員の力を合わせても、光魔法では勝てないのだ。
(何か、いい方法があればいいのに)
異界から何もわからないまま、突然、呼び寄せられて、訳のわからないままに使命を負わされた聖女。
浄化魔法は、祈りの魔法だ。
誰かを守りたいと強く願う気持ちが、力を発揮する。
彼女が、私たちを、この世界の民を守りたいと思えないのは、私たち、この世界の住民に責任があるのだろう。
アンスガル殿下が私に望まれたように、聖女の心に寄り添い、支えとなれていないことが悔しい。
私にはもう、祈ることしかできないのだろうか。
(お兄様が、無事に帰還できますように)
修道院でしていたように、胸の前で両手指を組んで目を閉じる。
ステファンお兄様は、歴代のラルセン家の魔法師の中でも実力者だと聞いているけれど、物事に絶対はない。
(お父様とイーサクが、健康でありますように)
魔王討伐隊と王宮は、伝信鳥を利用して頻繁に進行状況をやり取りしているものの、そこに個人間のやり取りは含まれない。
父や弟は、討伐隊が全員無事であるとの情報を得られているだろうけれど、私が父や弟の状況を知る術はない。
(アンニカや院長先生、南部修道院の皆さんが、望む道に進めますように)
アンニカは、実家に戻る目途が立っただろうか。
私が修道院に身を寄せる以前から、所属していたのだ。
トラブルの原因となった高位貴族の令嬢が結婚して家を離れれば、きっと帰れるはず。
思い浮かぶ人々の名を一人一人呼びながら、願いを込める。
オリヴェル様との婚約を公表して以来、友人だと思っていた人々と距離を置くようになったものの、それでも、守りたい、幸せを願いたい人はいる。
短い時間ではあったけれど、侍女のいろはを叩きこんでくれたリングバリ夫人。
修道女見習いには必要ない、と言っても、にこにこと世話を焼いてくれた王宮勤めの侍女の皆さん。
そして、誰よりも。
(オリヴェル様が、魔王討伐後の未来に、ご自身が心から望まれる道を選べますように)
婚約が破棄されたことで、私の人生は予定していた未来から、大きく外れた。
どれだけ周囲の人々に揶揄されようとも、オリヴェル様と結婚し、子を儲け、オーストレーム伯爵家とラルセン子爵家を盛り立てる将来しか考えていなかった私は、まったくの想定外だった道を今、歩んでいる。
唯一の救いと思えるのは、婚約に囚われていない今のオリヴェル様は、どんな未来でも彼の望むままに選び取ることができる、ということだ。
約束を違える気はない、と伝えてくれたけれど、これ以上、責任を感じなくていい。
私は、大丈夫だから。
ラルセン家にはステファンお兄様もいるし、イーサクもいる。
魔法師の血統が途絶える心配はしていない。
だから。
(どうか、オリヴェル様がなんの憂いもなく幸せになりますように)
私に、罪悪感を抱く必要はないから。
私は、皆が生き伸びて幸せになれば、それでいいから。
単なる幼馴染よりも、自分自身の幸せを望んで。
そう願っていると、握り合わせている両手に、じん、とした熱を感じる。
それは、これまでに扱ったことのある火魔法の熱とは異なる熱さで……
驚いて目を開くと、両手に集まっていた熱が霧散した。
「なんだったの……?」
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