光と音を失った貴公子が望んだのは、醜いと厭われた私の声でした。

緋田鞠

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   ***

 アンジェリカ一行が、王宮の応接間から西の離れに移動する様子を、空中回廊からランドールは眺めていた。
「どうですか、殿下。ご本人ですか」
 付き従っているアレクシスが、この距離であれば聞こえないだろうにアンジェリカ達を伺いながら、小声で問い掛けてくる。
「一度しかお会いしていないからな。絶対に確実か、と言われると自信は九割だが、まぁ、本人だろう」
 心底うんざりした口調で、ランドールが吐き捨てる。
「どんな御用なんでしょう?」
「考えたくもない」
「そうは仰いましても」
 困ったように眉を顰める腹心に、ランドールは珍しく乱雑に髪を掻き上げた。
「①婚約の申し込み、②侍従への勧誘、③下心なくご機嫌伺い。さぁ、どれだと思う?」
「出来れば、③であって欲しいですねぇ…」
「私もだ」
 アンジェリカは、ランドールとの面談を申し出ている。
 これは、向こうの思惑がある程度読めてから会うべきか、今直ぐに会って早々に追い出すべきか。
 ランドールの心情的には後者なのだが、アンジェリカの思惑によっては、根回しが必要となるかもしれない。
 例え、どんな提案をされても受ける気は全くないのだが、相手は大国の王女。
 対するランドールは王弟の令息であり、身分としてはアンジェリカの方が上だ。
 断るにしろ、その方法が問題になる。
「よりによって、何でこの忙しい時に…」
 夜会で貴公子然としているランドールしか知らないご令嬢方が見たら、卒倒しそうな程の冷たい顔と声で舌打ちすると、アレクシスが同意とばかりに頷く。
「セルバンテス殿の珍しい表情位しか、見るべきものがありませんよ…確かにお綺麗な方でしたけど、何て言うか、嘘っぽいって言うか」
「あぁ…嘘かもしれんな」
「殿下?!」
「チートスは魔術大国だ。宝石、貴石だけでなく、魔法石の産出では他の三国の追随を許さない。その分、魔術の研究も進んでいると聞く。我々の知らない魔術が…ないとは限らないだろう?」
 まさか…と小さく呟く腹心に、ランドールは一つ頭を振って促した。
「仕事に戻るぞ」



 執務室の扉を開けようとした所で、辛うじて走ってはいないものの、明らかに急いだ様子のセルバンテスと顔を合わせた。
「うわ…ほんと、珍しいな、今日のセルバンテス殿」
 アレクシスが驚くと、セルバンテスは苦い顔をする。
「殿下、少々お時間を頂けますでしょうか」
「王女の事だろう?中に入れ」
 執務室に入ると、セルバンテスは一つ深く呼吸して、姿勢を正す。
「殿下。私は王家にお仕えして三十余年、仕事には私情を挟まぬ事を厳に守って参りました。ですが、此度ばかりは、その規律を自ら破り、伏してお願い申し上げます。どうぞ、アンジェリカ王女殿下と、一刻もお早くご面談下さい」
「ほう、早速、無理難題を押し付けられたか?」
「…王女殿下の身の回りのお世話をさせようと、侍女を一人お付けしたのですが…その扱いに、多分に問題がございます」
 ぐっと眉に力を入れて、セルバンテスが声を落とした。
「急なご来訪で人員の確保が出来ず、まだ王宮に上がって三か月の侍女です。勤めて日は浅いものの聡い娘ですので、エリカは任せられるだろうと考えたようなのですが、先程、アンジェリカ王女と引き合わせてみて…聡いが故に、一層の難題を押し付けられるのではないかと、愚考しております」
「アンジェリカ王女の訪問目的が判ってから、下調べや根回しが必要な事もあるかもしれん。それを判った上での陳情か?」
「…はい、その通りにございます」
 セルバンテスの苦い表情は変わらない。
「お前は独り身だったな。その侍女は知り合いか?王城ではなく王宮の侍女なのだろう?」
「旧友の…ギリアン・トゥランジアの娘なのでございます」
「トゥランジア書記官長の?」
 黙って控えていたアレクシスが、驚いて口を挟んだ。
「あれこれあって、王宮勤めになったと言うご令嬢ですか?」
 セルバンテスはアレクシスを見て、小さく頷く。
「そうです」
「トゥランジア伯のご令嬢か。それにしても、お前にしては随分、思い入れているようだが?」
 ランドールが冷たく言うと、セルバンテスはこくりと生唾を飲んだ。
「私情からお願いしている以上、事情はきちんとお話致します。トゥランジア伯…ギリアンとは、若き時分に、あるご令嬢を巡って争った仲なのです…結局、エミリアはギリアンの手を取り、私は以降、独身を通す事になったわけですが…彼女が命と引き換えに産んだ一人娘を、私は友人の娘と言う以上に大切に思っております」
 アマリアにも告げた事のない事情を、セルバンテスは冷や汗を掻きながら告げると、ランドールに向かって深く頭を下げる。
「お願いでございます。アマリアは、必要以上に傷ついた状態で王宮に上がって参りました。今回、更にアンジェリカ王女に傷つけられたら…あの子は今後、王宮で働けなくなるどころか、人と接する事が出来なくなってしまうやもしれません。それだけは、避けたいのでございます。ギリアンはきっと、私が殿下に陳情したなどと聞けば怒るでしょう。ですが、ギリアンの為でもアマリアの為でもなく、ただただ私が、あの子が傷つくのを見たくないのでございます」
 震える声で、更に頭を下げるのを見て、ランドールが小さく溜息を吐いた。
「その娘は、お前に随分と可愛がられているのだな」
 少し拗ねたような口調に、ハッとなってセルバンテスは顔を上げた。
「殿下…」
「いつも私には鉄面皮のお前が、そうまで言うのだ。一度位、我儘を聞いてやらねばな?今夜、晩餐を開くように調整してくれ。私と王女だけでよい」
 セルバンテスは、浮かんだ涙を隠すように、頭を深く下げると、
「準備して参ります」
と、部屋を足早に出て行った。
「随分と可愛がってらっしゃいますね」
「そのようだな。しかし、トゥランジア伯のご令嬢が王宮に上がっていたとは、知らなかった」
 大概の貴族は、娘や姪が王宮勤めになると、それとなくユリアスやランドールに紹介したがるものだ。ユリアスが婚約した今は、ランドールに全て回ってくるので、正直、面倒だし鬱陶しい。
 あわよくば目に留めて貰えたら…と言う下心が透けて見えるのだが、勤め始めて三か月が経つのに娘を紹介しないと言う事は、ギリアンにはそういう思惑はないらしい。
「あ~…ご結婚のご予定だったそうなんですけどね?まぁ、うまく行かなかったらしくて」
「トゥランジア伯から聞いたのか?」
「顔を合わせたら世間話する程度の仲ではありますよ。いつも穏和なギリアン殿が、珍しく怒ってました。多分、ご令嬢の王宮勤めが決まった時だったのかな?結婚が流れても、怒りも泣きもしない娘が不憫でならない、紙切れ一枚だけ寄越して、面と向かって説明するでもない元婚約者が腹立たしいって。婚約破棄された令嬢に次の縁談が来るとも限らないから、これまでは領地にいたのを王宮勤めとして手元に呼び寄せたそうですよ」
 ただでさえ仕事が山積みになっているのに、急遽入った晩餐の予定の為、二人は会話しながらも目は書類へと向かっている。
「一人娘と言っていたからな、婿入り話で揉めたのか」
「そうなんでしょうね。でも、そんなのは婚約した段階で判っていた事でしょうに」
 ランドールと同い年のアレクシスには、六歳年下の婚約者がいる。
 少なくとも今年は、仕事が立て込んでいるから待ってくれ、と伝えていて、相手も了承してくれていた。
「これで殿下が婚約して下されば、俺も安心して結婚出来るんですけどねぇ」
「私の事は、気にしなくてよいと言っているだろう」
「いやぁ、主よりも先に家庭を持つ、と言うのは、なかなかにプレッシャーがあるものですよ?ジェイクだって、渋ってたじゃないですか」
「ジェイクの所は、相手が相手だからな、そう待たせるわけにもいかんだろう。私は…そう簡単に相手を選べる身じゃないんだ。何かと負担の多い立場になってくれ、と迂闊な相手には言えまい」
「殿下も苦労性ですねぇ…殿下に嫁げるのなら、ご令嬢方は何だってすると思いますよ?」
「本心から、『私』に嫁ぎたいのならば、な」
 ただでさえ、政略的なものが含まれる貴族の結婚よりも、更に思惑が絡んでくる王族の結婚。
 国王イアンと、シャナハン王国王女だった王妃マグダレナ。
 父エリクと、ロイスワルズ王国公爵家令嬢だった母リリーナ。
 身近な二組の夫婦は、少なくとも今は、お互いを愛し、大切にしているように見える。
 だが、その感情がいつから生まれたものなのかは、ランドールには判らない。
 燃えるような愛はなくとも、思い合って結婚して、そこから育んでいけばよいのだ、と兄ユリアスは言うけれど、思い合っている、と感じられた経験がないランドールには、それすらも靄の向こうの出来事のように、輪郭が歪んで捉える事が出来ない。
 ただでさえ、ランドールに色目を使ってくる令嬢は、彼の立場か彼の美貌が目当てなのが丸分かりなのだから。
 そして、その令嬢達の多くが、ランドールのスペアとしての立場を正確に理解出来ているとは思えなかった。
 王族の妃となる以上、にこにこ微笑んでいるだけのお飾りでいるわけにはいかないが、王妃を差し置いて出過ぎた真似をするのもいけない。
 それに、王となったユリアスを廃し、ランドールを担ぎ上げようなどと考えかねない外戚と縁づく位なら、独り身でいた方がいい。
「大丈夫ですよ、殿下。いつかきっと、そういうお相手が出来ますからね」

   ***

 侍女控室に戻ったアマリアは、エリカに事情を話して、大きさの合う侍従用のお仕着せを借りてきて貰った。
 真っ白なシャツに、侍女用のお仕着せと同じ生地で作られた黒いジャケットに黒のトラウザーズ、臙脂のボウタイを身に着ける。
 流石に男性の体に合わせて作られたものは、ぴったりとはいかないが、不格好にならない程度には着られているだろう、とホッとした。
 いつもはうなじで一つにくるりとまとめ上げている髪を下ろすと、腰の上程まで伸びた艶やかな深紅の髪を、一つに結わえ直す。
 まとめていたせいで緩やかな癖がついているが、本来はすんなりと真っ直ぐな髪だ。
「アマリアは、髪を伸ばしていたのね」
 着替えを手伝ってくれていたエリカが、アマリアの髪を梳きながら、しみじみと漏らした。
 侍女は、手早く髪をまとめ上げる為に、背中の中程の長さにしている者が多い。
「…結婚式では、編み上げるのに長い方がいいと聞いていたので…」
 何だか恥ずかしくなって小さな声で返すと、エリカはハッとしたように頬を強張らせた。
「ごめんなさい」
「いいえ、悲しくも悔しくもないのです。彼との結婚を待ち望んでいたわけではないので」
 貴族の家同士の結婚なのだから、愛とか恋とか、そんな気持ちは必要ない、と思い込んでいたのは何故だったか。
 幼い頃から食が細かったのに背が高く、そのせいか肉付きに乏しくて棒のような体形をしていた。
 珍しい髪色もあってか、身内以外に容姿を褒められた事もない。
 父や父の旧友であるセルバンテスは、亡くなった母エミリアにそっくりで美しい、と褒めてくれるけれど、母はアマリアよりも小柄な人だったと言う。
 アマリアの長身は、父ギリアンに似たのだろう。
 生まれた時から、他の赤ん坊よりも一回り大きかった。
 母は、大きな赤ん坊を産むのに苦しみ、亡くなったらしい。
 父がアマリアに出産当時の話をした事はないけれど、人の口に戸は立てられない。
 アマリアはそれを、王都の屋敷の下働きの者達の噂話で知った。
 だが、父にも、母を知っていると言うセルバンテスにも、母が亡くなった時の話は聞けていない。
 二人とも、母が望んでアマリアが生まれたのだ、と言うから。
 父にも、領地で仕えてくれている者達にも、大切にされていると実感しながら育ってきたと思う。
 けれど、一歩、トゥランジア家を離れてしまうと、自分に自信を持てなくなる。
 幼い頃から、背ばかり高くて貧相だ、と陰口ばかりを聞かされてきた。
 様々な髪色が存在するロイスワルズ王国でも珍しい、深い紅色の髪は、見る者に血を連想させるようで、一歩、外に出ると、無遠慮にじろじろと凝視される事も頻繁にあった。
 将来の領地経営の為に、と、自ら進んで勉強しているのを、女の癖に、と否定されてきた。
 お互いを大切にしていくべき元婚約者にも疎まれ、ならば、と感情を入れずに割り切っていたら、その様子も可愛げがない、と余計に嫌われた。
 王宮に上がれば、仕事の出来で評価されるだろうと思っていたのに、外見が批判され、遠巻きに眉を顰められるばかり。
 そして、他国の王女であり、美しい女性の代表のようなアンジェリカにも、女性としての自分を否定された。
「それにしても、」
 沈んだ空気を入れ替えるように、エリカが殊更に明るい声を出す。
「侍女に侍従の恰好をさせるなんて、と思ったけれど、アマリアはすらっと背が高いから、似合うわね。私が着ても、ずんぐりむっくりでみっともないだけだわ」
 五十を幾つか過ぎているエリカは、女性の中でも小柄でふっくらとしている。
「私がアンジェリカ王女殿下のお世話に伺えば良いのでしょうけど、伯爵家のアマリアで不満を漏らされる方なら、男爵家の私では更にお怒りを頂きそうだし…」
 ロイスワルズ王国では、王宮に侍女として伺候する為に爵位は条件となるが、役職が得られるかは本人の働き次第なので、男爵家出身のエリカが侍女長なのは、珍しい事ではあるものの、ない話ではない。
「私なら大丈夫です、エリカ様。セルバンテス様にも、お考え頂いておりますし、ご不興を買わないように努めますので」
 これ以上、アンジェリカを待たせるわけにはいかない。
 アマリアは、最後に一つ笑顔を見せると、侍女控室を辞した。
 これまでの努力が評価に結びついておらずとも、与えられた仕事を完遂する以外に、自らの価値を表明する機会はないのだ。



「ふふ、思った通りね。お前は、侍女よりも侍従の服装の方が似合うわ。声も、変声中の少年のようだし、丁度いいじゃない」
 離れに戻ったアマリアを迎えたのは、ご機嫌なアンジェリカだった。
 直接、声は掛けない、と言っていた筈なのに、侍従姿になった途端、解禁になったらしい。
 居間の長椅子にゆったりと腰を下ろしたアンジェリカの背後には、侍従が二人。
 廊下では、護衛騎士が二人立ち、油断なく目を配っていた。
「紹介してあげるわ。わたくしの可愛いアーダムとアイヴァンよ。見ての通り、双子なの。ロイスワルズ国王陛下と宰相閣下も双子だったわね」
 紹介されて、背後の侍従に目を遣る。
 透き通るような白い肌に、白金の肩下まで伸ばした髪を、うなじで一つに結わえている。瞳は、紫水晶のように透明度の高い紫だ。
 アーダムとアイヴァンは、一卵性双生児なのだろう。
 髪の分け目を鏡合わせのように左右対称にしている他は、髪の長さもタイの結び方も、そっくり同じにしている。
 瞳の色よりも濃い紫の石の耳飾りを片耳だけにつけているのだが、それもまた、左右対称になっていた。
「美しいでしょう?わたくしは、美しいものが大好き。世の中の美しいものは全て、わたくしのものよ。だから、ランドール様もわたくしのもの。あの方なら、わたくしに相応しいわ」
 小鳥が歌うような軽やかな声で、当然のように話すアンジェリカに、アマリアは驚きを懸命に堪えた。
(一国の王族を、もののように扱うなんて…)
 ランドールが美しいのはアマリアも認める所だが、ロイスワルズ国民として、「美しいから」と言う理由だけで望まれるのはどうにも腹立たしい。
 思わず上げそうになった顔を、意思の力で押さえるものの、視界の端でアンジェリカの背後の侍従が、僅かに眉を顰めるのに気づいた。
(あれは、アイヴァンの方…?王女殿下に思う所があるのかしら)
 出来れば、その物言いを窘めて欲しい所だが、これまでの僅かな時間の触れ合いだけでも、アンジェリカの突き抜けた選民思想は疑いようがない。
「ランドール様もお判りになっていらっしゃるわよね。今日、突然に伺ったのに、晩餐にいらして下さるそうだもの。お忙しいとの事だったけれど、わたくしに早くお会いになりたいのね」
 くすくすと笑う、甘やかな声。
 無邪気なその様は、愛らしくさえあるのに、口にした内容は毒々しい。
「楽しみだわ…」



 晩餐前に、アンジェリカは夜用のドレスへと身支度を整えた。
 当然、アマリアが支度を行うつもりだったのだが、アーダムとアイヴァンに断られた。
 ロイスワルズでは、女性の支度を侍従が手伝うなどあり得ない。しかし、この主従は普段から、二人を始め、侍従達がアンジェリカの支度をしているらしい。
 アマリアが同室にいる事は認められたので、脱いだドレスの皺を伸ばしたり、手鏡を保持したり、手伝えそうな所だけ、見計らってそっと手を出す。
 最初は眉を顰めていた双子も、自分達の作業の邪魔にならないと判ってからは、何も言わずにアマリアを使うようになった。
 長い髪を、右耳の前に一房だけ垂らして残りは複雑に結い上げ、夜の暗さを考慮してか少し濃いめの化粧を施し、上半身はぴたりと体に添い、下半身はたっぷりと襞を取ったドレスを着たアンジェリカは、息を飲む美しさだった。
「殿下、お支度が完了致しました」
「いかがでしょうか」
 双子が頭を下げるのに倣い、アマリアも一歩後ろに下がって頭を下げる。
「そうね」
 鏡を見ていたアンジェリカが、大輪の薔薇が綻ぶような艶やかな笑みを浮かべる。
「お前達はどう思う?」
「いつも通り、殿下のお美しさには、何者も及びません」
「これ以上ない、完璧な美です」
「ふふ。そうでしょう。お前は?どう?光栄でしょう?わたくしを傍で目にする事が出来るのだから」
 アマリアは、扇子の先で指し示されて、一層深く頭を下げた。
「殿下のお支度に、僅かでも関わらせて頂けて、光栄に存じます」
「よく判ってるじゃない」
 ご機嫌な様子でアマリアを見たアンジェリカが、ふと、何かに気づいたように口を閉ざす。
「…お前」
「はい、殿下」
「もう少し、近くに」
 双子が顔を見合わせて、アンジェリカを守るようにアマリアの前に出たが、アンジェリカに、
「アーダム、アイヴァン、下がりなさい」
 止められて、渋々と言った様子で一歩下がる。
 アンジェリカは、近づいて頭を下げるアマリアの顎を、下から扇子の先で突き上げるように上向かせて、しげしげと顔を眺めた。
「お前…よく見ると、珍しい目をしているのね。紅玉と紫水晶が混ざったみたい。チートスの王族に多い、宝石の瞳だわ。…そうね、ランドール様にお願いして、お前を連れて帰りましょう」
「殿下?!」
 アーダムが気色ばんだように声を上げるが、アンジェリカはそれを無視する。
「ね?良かったわね?わたくしの傍に仕えられるのよ?」
「ですが殿下、この者は女です」
 アイヴァンが、抑えた口調で進言するが、アンジェリカは意に介さない。

「いいじゃない、これだけ侍従の恰好が似合っているのだもの。男になればいいだけの事でしょう?」

 アマリアは、何を言われているのか理解出来なかった。
 いや、したくなかった。
 女である自分を否定するばかりでなく、自ら望んだわけでもない性別を押し付けようとするとは…。
 しかし、ここでアマリアが個人的に抗議して、国同士の関係に波を立てるわけにはいかない。
 無言で頭を下げた所に、護衛騎士がランドールの訪いを知らせる。
アマリアは、アンジェリカの意識が逸れたのをいい事に、素早く壁際へと下がった。
「食事の間にご案内致します」
 くるりと踵を返し、背をしっかりと伸ばして、何事もなかったかのように足を運ぶ。
 刺すような双子の視線に、気づかない振りをしたまま。
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