光と音を失った貴公子が望んだのは、醜いと厭われた私の声でした。

緋田鞠

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   ***

 アマリアの部屋を辞したジェイクは、ランドールの荷物を整理する為に再び、主の部屋に戻った。
 無言で旅行鞄を開けると、ランドールがおもむろに口を開く。
「アマリア嬢の部屋は、何処に用意した?」
 ジェイクは、アレクシスがしていたように、掌に文字を綴る。
「向かい…あぁ、私の要望を通してくれたのだな」
 それなら何かあっても駆け付けられる、と頷いた後、思い出したようにジェイクに命じた。
「部屋の位置が判るように、薔薇の花を扉に飾ってやってくれ」
 何故、と短く綴られた言葉に、ランドールは僅かに笑みを零す。
「彼女は、方向音痴の気があるのだ。同じような扉が並ぶ廊下では、部屋が判らなくなってしまうだろう」
 承知の旨を伝えて、主の珍しく楽しそうな様子に、ジェイクもまた、笑みを零す。
 女性の話題になると、眉間に皺を寄せて不機嫌になる主が、女性の事を考えて、これ程に嬉しそうな表情を見せるなど、初めてだ。
 普段、介添えしているジェイクの腕には、嫌そうに指先を僅かに添えているだけなのに、その主が、独占欲なのかぴったりと女性に寄り添う姿を見る日が来るとは。
 アマリアの方は、そうしないと歩けない、とでも言い含められているのか、照れるでも、困惑して拒絶するでもない。
 懸命に、職務を果たそうとしている様子に見える。
 問題は、お互いに気持ちを伝えるどころか、そもそも、自分の気持ちを十分に自覚しているのかすら、不明な事だ。
 出発前、アレクシスに言われた言葉を思い出す。
「殿下にどうやら、心癒されるお相手が出来たようで」
「本当か?!」
 補佐官長と宰相補佐の侍従という関係だが、そもそもが幼馴染だから、気安い相手の言葉に、ジェイクは目を剥く。
 確かに、これまでのランドールならば、目と耳が不自由など苛立つ事しかないだろうと思っていたのに、妙に様子は落ち着いているし、寧ろ、却って機嫌が良さそうだとは思っていたけれど。
 執務中の事はアレクシスに任せているから、ジェイクはその原因を知らない。
「お相手がまた、殿下以上に晩熟で…」
「それは…話が先に進むのか…?」
「正直、物凄い不安なんだけどね。でも、あの殿下が!若い女性と二人で!ここ重要だよ、若い女性と二人で!離宮に行くのを了承したんだから、これは結構、ねぇ?」
「あぁ、それは押さなくてはいけないな」
 幼い頃から、婚約者の立場を狙われ続けてきたランドールだ。
 年齢の釣り合いの取れる令嬢といる時の振る舞い方は、過剰に見える位に警戒心に満ちているのに、まさか二人で宿泊する事を受け入れるとは。
「殿下は、ご自分のお立場とかお相手のお立場とか考えちゃって、モヤモヤ悩んでるっぽいんだけどさ」
「だが、立場の釣り合いが取れるご令嬢を、片端から切って捨てたのはあの方だろう。相手が、切り捨てられてると感じてるかどうかは別として」
「でしょ?だよね?今更、立場で選ぶわけないよね?」
「ただの言い訳だな、惹かれる自分に対して」
「やっぱり、そう思うよね?」
 ランドールを幼い頃から知る二人は、容赦がない。
 何しろ、一人は妻帯者、もう一人は結婚秒読みなのだ。
 色恋沙汰は、ランドールより一歩も二歩も先んじている。
「で?どんなご令嬢なんだ?」
「ん~、年は二十三、婚約破棄の過去あり、地方の伯爵令嬢」
「…条件だけで見たら、ない、んだがなぁ…」
「釣り書きだけ見るとね。でも、補佐官室の仕事が、新米補佐官以上に出来る」
「……そんなご令嬢が居るか?」
「ほんとほんと。殿下と上手くいかなくても、うちに欲しいもん」
 何よりも。
「彼女には、欲を感じないんだ」
「そんな事、あり得るか?」
 貴族令嬢は良くも悪くも、欲を隠して笑みを浮かべる術に長けている。
 本音では、少しでも高位の貴族に嫁ぎたい、今よりも贅沢がしたい、と思っているのに、あたかも、現状に満足しております、望んで下さる方がいらっしゃれば嬉しいですわ、と綺麗に微笑む娘の何と多い事か。
 お互いに相手を褒め合いながら、裏では足の引っ張り合いをしているのも、令嬢方は気づかれていないと思っているようだが、男達の目はそこまで節穴ではない。
 残念ながら、王都を拠点に活動している中央貴族の令嬢には、その傾向が強い。
「う~ん、社交の経験が少ない、って言うのはあると思う。危うさと紙一重ではあるけど、この年までそのままで生きて来られたんだから、これからも大丈夫な気がする」
「そして、それは殿下に取って好ましい資質って事か」
 ランドールは、令嬢達が浮かべる笑みと本音の差異を、殊の外、嫌悪していた。
「殿下は、計算高いようで純粋だからねぇ」
「言えてるな。…で、何を殿下は、悩んでるんだ?好ましく思ってるんだろ?ブスなのか?目が見えたら耐えられない位の」
「うわ、直球。いや、不美人ではないよ。ロイスワルズの伝統的美人でもないけど」
「だが、婚約破棄されてるんだろ?」
「あ~…調べてみたけど、あれは相手の男が悪いと思う」
「じゃあ、どんな相手なんだ」
「髪が赤い」
「ほぅ?ロイスワルズ人としては珍しいな?」
「あと、背が高い。多分、ジェイとなら、殆ど変わらない」
「…それもまた、珍しいな…?」
「そう。どっちも珍しい。でも、顔は綺麗だと思う。どっちかと言うと…チートスの系統かな」
 ふむ、と頷いてから、ジェイクは首を傾げる。
「じゃあ、何が問題なんだ?」
「いや、だから…殿下は、彼女の顔を知らないんだ」
「はぁ?」
「何しろ、彼女が殿下の傍につくようになったのは、今回の事件がきっかけだから…」
「あぁ、そうか…だが、殿下の人の顔を覚える能力は、一種の才能だぞ。そんな目立つ容姿なら、一度でも面通ししていたら、覚えてるだろう?」
 王宮に出仕する女性達はまず、紹介者を通して王族に面会するものだ。
 ランドールの元にも、若い令嬢がたくさん送り込まれてくる。
 あわよくば…の欲が透けて見えるから、ランドールは氷の無表情の下で嫌悪しているのだが、何故だか、彼らはそれに気づかないらしい。
「彼女の保護者に、そういう考えがなかったみたいだね。それに、まだ勤めて日が浅いから、王族と接した事がなかったんだ」
「それで?我らが殿下は、顔が好みじゃないかもしれない~、だったら好きになれない~、って悩んでるのか?」
「う~ん…?何だろう、はっきりとは言わないんだけど、何か悩んでるのは確かなんだよ。殿下は、王族の結婚は個人の感情で決められるものではない、って頑なな所があるから、個人的に好意を抱いた人を求めていいのか、悩んでる、感じ…?」
「…何してるんだ、あの人は…」
 王族の結婚に政治的な側面があるのは事実だ。
 だからと言って、個人の感情を捨て去る必要はない。
「実際の所は…完全に体が回復しても彼女が特別であり続けるのか、不安なんだと思う。ほら、今は彼女以外の声が聞こえないわけで、半ば外界から隔絶されて二人きり、みたいな状況だから、特別に感じるんじゃないか、って」
「なるほどなぁ。判らないでもないが、『好意がなくなるかも』と不安に感じる時点で、特別なんだろうに」
「やっぱり、そうだよね?!」
 ジェイクの言葉に、我が意を得たりと力強く頷いたアレクシスが、ジェイクの顔を見遣る。
「ジェイがさ、彼女と接して、殿下とお似合いだって思ったら、離宮滞在中にそれとなく援護して欲しい」
「アレクは、それでいいんだな?」
「俺は、仕事してるお二人を傍から見てて、お似合いだと思ってる。でも、俺だけの考えで進めるわけにいかないじゃない、こう言う事って。逆に、ない、と思ったら、うっかり二人が暴走しないように見張って欲しい。殿下は勿論、彼女にも傷をつけたくないからさ。何しろ、補佐官室として、喉から手が出る程、欲しい人材なんだ。王宮から出てかれたら、困る。俺達二人ともが、あり、と思えば、幾らだって援護出来るだろ?」
「大役だな」
 そして、この日が来たわけだが。
(相思相愛にしか見えないんだがな)
 ランドールは立場上、気軽に女性と接する事が出来なかったが、茶会や夜会と言った場で、女性をエスコートする機会はたくさんあった。
 その距離感と、アマリアへの体と心の距離感が全く異なる事を、何処まで理解しているものやら。
 半日の旅程で観察したアマリアも、アレクシスの言葉と大きく外れているようには見えない。
 ランドールの事を、飽くまで王族である上司として慕い、離宮に伴われたのは話し相手兼通訳として、と思い込んで、いや、思い込もうとしている節はあるが、その立場に驕るわけでも、卑屈になるわけでもないのが、好ましい。
(アレク、俺も協力するよ)
 きっとアマリアなら、ランドールの立場を正確に理解して、打算なく傍に居てくれるだろう。
「殿下」
 荷物の整理を終えたジェイクは、ランドールの手を取って文字を綴る。
「午睡…そうだな、少し疲れた…」
 ジェイクの差し出した腕にそっと指先を添えて、寝室まで誘導されながら、ランドールが零す。
「久し振りに、たくさん話して笑ったな…」
 心より大切に思う主には、共に笑い合える相手と、生きて欲しい。



 叩扉の音で目が覚めたアマリアは、自分がいつの間にか、長椅子でうたた寝していた事に気づいた。
「はい」
「アマリア様、晩餐の支度が整いました。ランドール殿下の部屋まで、お越し頂けますか?」
「はい、直ぐに伺います」
 慌てて、ドレスの皺を伸ばし、鏡を見て髪を確認する。
 ランドールの目に見えるわけではないけれど、いつも凛々しく立っている彼の隣で、みっともない姿を晒すわけにはいかない。
 扉を開けて廊下に出ると、華やかな香りが漂って、アマリアは、自分が出てきた扉を振り返った。
「まぁ…綺麗」
 ジェイクに案内された時にはなかった薔薇の花が、くるりと円状にまとめられて扉を飾っている。
 きっと、庭に咲いていた薔薇を摘んで、作ってくれたのだろう。
 嬉しくなって、笑顔でランドールの部屋の扉を叩くと、ジェイクが迎え入れてくれた。
「あの、薔薇の飾りは、ジェイク様が作って下さったのですか?」
「えぇ。見様見真似なので、不格好になってしまいましたが」
「有難うございます。とても素敵です。いい香りですね」
「貴女の部屋の扉に花を飾るよう指示されたのは、殿下です」
「え?」
 既に席についているランドールに、アマリアは視線を移す。
「ランドール様、ジェイク様に、お花を飾るようご指示して下さったのですか?嬉しいです」
「気に入ってくれたようで何よりだ。ジェイク、仕事が早いな」
「迷子防止だそうですよ」
 小声で付け加えられたジェイクの言葉に頬を染める。
 アマリアが方向音痴なのは、ランドールにまで伝わっているらしい。
「ランドール様…お心遣い、有難うございます」
 アマリアの言葉に込められた言外の意味に気づいたのだろう。
 ランドールが微笑む。
「折角来てくれたのだから、安心して過ごして欲しい」
「はい」
 ジェイクの給仕での晩餐は、ランドールの思い出話で盛り上がった。
「では、アレクシス様とジェイク様は、ランドール様とご幼少のみぎりからのお付き合いなのですね」
「あぁ。アレクシスは私の乳母の息子で、ジェイクは四つだったか五つだったか、その頃に遊び相手として連れて来られたのだ。離宮にも、二人と共に何度も泊まった。同い年だから、一番私にとって、気安い相手だ」
「ではもう、二十年以上も共にいらっしゃるのですね。それだけ長い事、お傍にいらして、喧嘩になった事など、ないのですか?」
「喧嘩ばかりだな。特に子供の頃は、しょっちゅう喧嘩しては、兄上や母上に叱られていた」
「殿方の喧嘩とは、どのような事が原因になるのでしょう?」
「原因か…原因など、あってないもののような気がするな。大概は、傍から見れば下らない理由ばかりだ」
 黙って給仕していたジェイクが、
「そっちのお菓子が大きいとか、そんな事ばかりです」
と、アマリアにこっそり教える。
 アマリアは、微笑ましくなってくすくすと笑った。
「喧嘩して仲直りして、と言う経験をする事で、仲が深まるのですね」
「アマリア嬢は、喧嘩した事はないのか」
「喧嘩になる程、親しくしていた相手がおりませんから」
「そうか…」
「でも、折角王宮にお勤め出来ているのですから、これから、喧嘩も出来るようなお友達が出来ればな、と思っております」
「ほぅ?」
 侍女達と上手く出来ない、と悩んでいたのは、ついさっきの事の筈だ。
 ランドールが不思議に思うと、アマリアが照れたように笑う。
「ランドール様とお話していて、気づいたのです。私は、これが出来ない、あれが出来ない、こうして欲しいのに、ああして欲しいのに、と、不満ばかりでした。でも、ランドール様のお傍で勤めさせて頂いて…経験は、与えられるのを受け身で待つばかりではなく、自ら望んで得ようとしないと、得られない事に気づきました」
「確かにな…」
 結婚や恋愛に一歩引いていたランドールが、アレクシスに、家族以外に大切に思う存在を作る事も経験だ、と言われた事を思い出す。
 アレクシスもジェイクも、殆ど身内だから、対象外なのだそうだ。
 今の自分が、アマリアを前にすると心がこれまでになく浮足立っているのは、自覚している。
「だが、補佐官室にそのような気づきを与えられるような機会があっただろうか?」
 首を捻ると、アマリアは深く頷いた。
「私にとって、結婚も、領地経営も、王宮での侍女の職務も、義務でした。けれど、ランドール様をお手伝いするお仕事は、他に適任者がいないと仰りつつも、ランドール様もアレクシス様も、強要なさいませんでした。本来でしたら、命じる事が出来るのに、私の気持ちを優先して下さいました。だからこそ、私は自分の意思で、お仕えする事を選べたのです」
 アマリアの真っ直ぐな言葉が、ランドールの耳に心地よい。
「ランドール様がご回復された後も、補佐官室でお仕事をさせて頂けると伺って…私に何が出来るものか不安でしたから、ご迷惑をお掛けしてしまう、お断りしなくてはいけない、と思い込んでおりました。けれど、私がお役に立っていると、自分を認め、自信を持つようにと仰って頂いて、経験を積みに行くのだと前向きに考えられるようになったのです。今は、何でも挑戦してみよう、と思っております。そうして変わっていければ、お友達も出来るのでは、と」
「なるほど…私にとって、嬉しい言葉だ」
 ランドールの薄い唇が、細い三日月のような弧を描く。
 あぁ、この笑みが好きだ、と、アマリアは唐突に思った。
 そうだ、この人の事が…「慕わしい」と言う言葉では足りない位に、好きなのだ。
 何で読んだのだったか。
 恋は、するものではなく、落ちるものだ、と。
 歩いていた地面が唐突に抜けたように、アマリアの心は今、ランドールに向かって落ちている。
 本当はまだ、怖い。
 けれど、自分の気持ちに向き合って糧にしていく、と決めたから。
 これからは一つずつ、彼の好きな所を、自分の中に大事に溜めていこう。
 綺麗に磨いた透明な硝子瓶に、日を透かすと輝く綺麗な石を溜め込んでいたように。
 その気持ちはいつの日か、輝き続ける思い出に変わるから。
 目の前で綺麗に笑う彼の顔を、大切に大切に、心の中に仕舞い込んだ。



 湯浴みを終えて夜着に着替え、ジェイクの手を借りて寝台に潜り込んだ後。
 魔法石の灯りを消したジェイクが、ランドールの目隠しをそっと取り外した。
 今日は真っ黒の目隠しだったが、明日は濃灰色のものへと替える。
 そうして、一日ごとに、色を白へと近づけていくのだ。
「殿下」
 呼ばれて、瞼を閉じたまま、ランドールは顔の向きを変えた。
「実はもう、結構、聞こえてるでしょう?」
 確信を持ったジェイクの声に、ランドールは薄く笑う。
 伊達に二十年以上、傍にいるわけではないらしい。
「そうは言っても、午睡から起きてからだぞ。昼間の宿屋の主人の声は、殆ど判らなかった」
「エルフェイス様のお診立ては、正確だったと言う事ですね」
 本当は、目も殆ど見えている筈らしい。
 だが、三か月近く闇の中にあった目を、急に陽光の元に晒すと傷めると言う理由で、段階的に光に慣らしていく必要があるのだ。
「まずは、聴力の回復、おめでとうございます」
「完全ではない。まだ、近くの音しか聞こえない」
「いいんですよ、それ位。殿下は地獄耳なんですから」
 不敬に取られそうなジェイクの発言も、二人の間であれば、何も問題はない。
「アマリア様には、殿下のお耳の事は伝えるんですか?」
「…いや。離宮滞在中は、これまで通りに」
「承知致しました」
 頷いてから、ジェイクは改まった様子でランドールに向かい合う。
「アレク同様、俺も賛成です」
「?何にだ?」
「アマリア様の事ですよ」
 思わず、言葉に詰まるランドールに、ジェイクは言葉を続ける。
「最優先は殿下のお気持ちです。それは変わりません。殿下が、ご自分のお気持ちを勘違いなさってるのであれば、この話はなしです。でも…殿下がアマリア様を憎からず思ってらっしゃるのは、正直、駄々洩れなんですよ」
「っ…そんなにか」
「えぇ、そりゃもう。鼻の下伸ばして、ぎゅうぎゅう腕に抱き着いちゃって。氷血の貴公子様は、何処へ行ってしまったのやら」
「いや…そこまでは、流石に…」
「甘い」
 言い切られて、ランドールが怯む。
「…アマリアは、気づいてるだろうか」
「あ、呼び捨てにした。内心ではずっと、呼び捨ててたでしょ」
「ジェイ!」
「揶揄うのはこれ位にしましょうか。面白いですけど」
「勘弁してくれ…」
「俺とアレクの気持ちが判りましたか」
 ジェイクは一昨年結婚し、アレクシスには婚約者がいる。
 いずれも、婚約が調った時に散々揶揄ったのはランドールだから、何も言えない。
 頭を抱えたランドールは、唸るように低い声で罵声を浴びせた後、恨めし気にジェイクに顔を向ける。
「…で、何が言いたい」
「だから、賛成です、って」
「何にだ」
「殿下は、アマリア様をお傍に置きたいのでしょう?だけど、お気持ちを公表すると、ご婚約まで一気に進んでしまう事に悩んでる。違いますか?」
「…違わない」
「俺もアレクも、殿下がアマリア様をお傍に置かれる事に賛成です。どう見ても、殿下の精神衛生上、好ましい影響を与えてますし。ご婚約なさってもいいと思います。但し、殿下がご婚約されたくないのであれば、そのお気持ち優先です」
「そのような半端な立場に、アマリアのように後ろ盾のない令嬢を置くわけにはいかないだろう」
「それでも、です。アマリア様より、殿下の事情が優先されるんですよ、王族なんですから」
 そんな事は、ランドールにも判っている。
「少なくとも、ユリアス殿下のご婚儀が終わるまでは、補佐官室付き侍女の名目で大丈夫でしょう。補佐官室の仕事が忙しいのは誰が見ても明らかですから、煩さ方の目も逸らしておけます」
「…つまり、それまでに心を決めろ、と言う事だな。どちらにせよ」
「左様で」
 冷静なジェイクの言葉に、ランドールは考え込む。
 在位記念式典まであと半月。
 それから三か月後にユリアスの結婚式だ。
 それだけあれば、婚約者にしたいのか、心に芽生えた淡い気持ちを諦めるべきか、きっと決める事が出来るだろう。
「で?どうなんです?」
「?何がだ」
「これで、俺の声が聞こえるようになった事が確定したわけですよ。アマリア様の声以外も、もう聞こえる。それで、殿下のお気持ちは変わりましたか?」
「…あぁ、いや…」
 声が聞こえるようになれば、アマリアは「特別」ではなくなる。
 恐らく目も、以前同様に見える事だろう。
 だが、ランドールの心の中でアマリアが占める位置が変わる気配はない。
 不安なのは、アマリアにどう思われるか、王族に絡む薄汚い面にアマリアを触れさせたくない、そんな事ばかりで。
「あ、何も言わなくていいです、その顔見れば判りますんで」
「ジェイク」
 恨めし気にジェイクを向いた後、ランドールは溜息を吐く。
「アレクシスもお前も、判っていない。俺が本当に不安なのは、俺が求めたら、アマリアの心に関係なく命令になってしまう、と言う事だ」
「…ん?」
「ん?」
「えぇとつまり、殿下は、アマリア様が殿下を好きじゃなくても、王族からの要望は拒否出来ないから、本人の意思に反して無理矢理結婚させてしまうのでは、と心配している、と」
「そう言っただろう」
「はぁ。なるほどなるほど。あ~…う~ん…」
 見た感じ、問題なさそうですけど。
「う~ん…俺が見た感じ、アマリア様は自分の気持ちはちゃんと言語化出来る方っぽいですけど?だから、私的な場でアマリア様のお気持ちを確認すればいいだけじゃないですか?」
「それに、アマリアは地方貴族の伯爵令嬢だ。社交界での後ろ盾もない」
「アレクと俺が賛成、って言うのは、そこの部分ですよ。殿下さえお気持ちを固めれば、二人で全力で守ります。それに、話に聞いた所では、セルバンテス様が可愛がってらっしゃるご令嬢なんでしょ?セルバンテス様を敵に回せる国内貴族なんていないですから」
 それもそうか、とランドールが頷くのを見て、相当振り回されてるな、と生温い笑みを思わず浮かべてしまう。
「とっととくっついちゃえよ」
「何か言ったか?」
「いいえ?何も?」
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