光と音を失った貴公子が望んだのは、醜いと厭われた私の声でした。

緋田鞠

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   ***

 離宮滞在三日目。
 この日は、朝から雨だった。
 しとしとと降る雨音を聞きながら、朝食後の珈琲を飲んでいたランドールがふと、アマリアに尋ねる。
 彼の目隠しは、昨日よりも更に明るい灰色になっていた。
「陛下の在位記念式典後の夜会でのドレスは、もう決めただろうか?」
「まだ、決まっていないのです。父が新しいドレスを仕立てると言ってくれているのですが…王都の仕立て屋を存じ上げないものですから。離宮から戻り次第、探さないと間に合いませんね」
 まさか、王都で夜会に招待されるとは思っていなかったものですから。
 困惑したアマリアの声に、ランドールは少し後ろめたさを感じる。
 彼女を夜会に招待するよう進言したのは、ランドールだ。
 開会からエスコートするには、まだ関係性が進展していないけれど、一曲位、ダンス出来ればとの下心があった。
 アマリアに恋文を渡している王城の騎士達は、国賓の護衛の為に不参加と判っている夜会だからこそ出来る事だ。
 虎視眈々とアマリアを狙っている男達が参加する夜会では、ランドールが傍にいない間に、アマリアを誰かに奪われてしまいかねない。
「そうか…」
 アマリアの父であるギリアンは王都で服を仕立てている筈だが、紳士服と婦人用ドレスでは、担当している職人が異なる。
「ならば、俺の知っている仕立て屋を紹介してもいいだろうか?」
「まぁ、ランドール様が紹介して下さるのですか?…ですが、王族の方の御用を伺っているような職人の方に、作って頂くわけには」
 仕立て屋にも格があり、王族の装束を仕立てるような仕立て屋であれば、技術は勿論一級だが、取り扱う生地や掛かる料金も大分値が張るものになる。
 また、職人としての誇りが高いので、王宮に勤めているとは言え、侍女であるアマリアの依頼を受けてくれるものか、不安だった。
「大丈夫だ。ジェイク」
 部屋の端に控えていたジェイクに声を掛けると、何もかも了解した顔で、彼は傍に歩み寄る。
「アマリア様。色や型がお任せで宜しければ、腕の良い職人をご紹介出来ると存じます」
「ジェイク様がご存知の方なのですか?」
「えぇ、私の妻の実家が、王都でドレスメーカーを営んでおりまして。ただ…とても拘りが強いものですから、色や型にご自分のご希望をお持ちの方ですと、お勧めしづらくて。職人としての技術は高いのですが」
「でしたら是非、ご紹介頂きたいです。私は、ドレスの事に疎くて…正直、何が流行っているのか、自分の好みはどんなものなのか、全く判らないのです」
「特に未婚のご令嬢は、流行に拘る傾向がありますけど、他者から見て似合うものと、本人が着たいものは、必ずしも一致しないですよ」
 ジェイクの妻の実家では、流行に左右されず、ドレスを着る本人に似合う色と型を、拘りのあるデザイナーとお針子で作り上げる事で、一部貴族に熱狂的な支持者がいるのだそうだ。
「完全にお任せに出来るのは有難いですわ。でも…私でもお支払い出来るのでしょうか?」
「ご心配なく」
 書記官長であるギリアンならば、ドレスの一着位、余裕で購うだろうが、アマリア本人が紹介された職人だから、自分で支払うつもりなのだろう。
 ちら、とジェイクがランドールを見た事に、アマリアは気づかない。
 懸念が一つ解消されて、心底喜んでいるようだ。
「王都に戻りましたら、採寸の為にお伺いするよう、話を通しておきます」
「よろしくお願い致します」
 ドレスの事は判らない、と言いつつも、新しいドレスは嬉しいのだろう。
 アマリアの声は、期待に満ちている。
「ドレスはこれで問題ないな。アマリア嬢は、ダンスは得意なのだろうか」
 ランドールの問い掛けに、アマリアは首を少し傾げた。
「ダンスの家庭教師にはついておりました。練習では、及第を頂きましたが、夜会で踊った事がないもので…得手なのか不得手なのか、判らないのです」
「踊った事が、ない…?だが、貴女には婚約者がいた筈では」
「おりましたが、彼にエスコートされて参加した夜会は、一度だけなので」 
 何でもない事のように言うが、ランドールは、衝撃に言葉を失った。
 ドレスの話を終えて壁際に下がったジェイクも、驚いて目を見開いている。
 その二人の様子に気づかず、アマリアは困ったように笑って言葉を続けた。
「社交界デビューの夜会は、ネランドのコール侯爵が催されたものに出席致しました。私達、ロイスワルズ東部の領地に住む者は、大体、そこでデビューするのです。その時は、彼がエスコートをしてくれました。ですが、ダンスを踊る前に…喧嘩、と言うか、彼に『恥ずかしいから一緒に居たくない』と、置いていかれてしまって」
 仮にも婚約者でありながら、社交界デビューの令嬢を一人で放置とは。
 あり得ない仕打ちに、ランドールの眉が顰められる。
「その事を、父君は?」
「父には、知らせておりません」
「何故?そこで話していれば、ここまで長く婚約期間を置く事もなかったろうに」
 声が憤りから固くなる事に気づいて、ランドールは意識して呼吸を深くした。
「何故…そうですね。今から思えば、我慢しても結局、彼は変わらなかったし、婚約破棄されたのですけれど。あの時は、いつかは結婚するのだから、それまでは好きにしていてくれればいい、としか思っていなくて」
 貴族らしい考えに、息が詰まる思いがする。
 ランドール自身も、王族や貴族の結婚など、そのようなものだと考えてきたと言うのに。
「お互いに、家の思惑の上での婚約でしたから、彼が私に不満を持つのは仕方がないと思っていました。私が何を言っても彼の気持ちを変えられないだろうし、結婚する未来も変わらないだろう、と。でも、破棄されてから振り返ると、私自身も彼の事を一人の人間として、見ていなかった。『婚約者』と言う一つの記号でしか、見ていなかったのです…ですから、お互いに悪かったのでしょう」
 婚約破棄で受ける傷は、圧倒的に女性の方が大きいのに、アマリアはそれを既に乗り越えている。
「確かに少し長かったですけれど、それも今となれば経験、でしょうか。私が後悔せず前を向く為に必要だったのだと、今は思えています。彼と結婚していたら、判らなかった事ですから」
「後悔せずに…?」
「はい。私は生まれてからずっと、家の為に婿養子を取って結婚する将来しか考えておりませんでした。でも、その道がない今だからこそ、何のしがらみも打算もなく、ただ純粋に自分の気持ちを認める事が出来るようになりました。それは…私にとって、幸福な事です」
 目隠しで隠されたランドールの瞳を、こっそりと見つめるアマリアに気づいた者は、ジェイクしかいない。
 同時に、彼女が決して、自分からは気持ちを表す事はないのだろう、とも気づく。
 アマリアの想いは、彼女の中だけで完結してしまっているのだ。
 応えて貰うと言う発想すら、ないに違いない。
「そうか…貴女は強いのだな」
 アマリアの心に、慕う誰かがいるのかもしれない。
 そう気づいたランドールの、焦燥から上ずる声に、アマリアは気づかない。
「もし、私が強くなれたのだとしたら…それはランドール様のお傍にいるからです」
「…俺の?」
「ランドール様は、真っ直ぐ前を見据えてらして、全てを己の経験値に変えてらっしゃいます。このような大きな事故に遭われても、後ろ向きになる事なく、今出来る全力で立ち向かってらっしゃいます。そのお姿を見て、私は、出来なかった事ばかりに囚われていた自分に、気づく事が出来ましたから」
 アマリアの中で、自分はある程度、大きな存在でいられているようだ、と、ランドールは受け止めて、少しばかり自信を取り返す。
「…夜会で踊った事がないのであれば、ここで練習していかないか?」
「離宮で、ですか?」
「私でよければ、練習相手になろう。ダンスの腕は、なかなかのものと自負している」
「有難いお話ですが…よろしいのですか?」
「勿論。言っただろう?貴女の前では、ただのランドールなのだから」
 夜会で王族と踊る栄誉は、誰にでも与えられるものではない。
 特に、ランドールは未婚で婚約者もいない。
 思わせぶりな態度や視線を向ける事こそ出来るが、女性からダンスのパートナーを言葉でねだるわけにはいかないから、彼が手を差し出す相手には、十分な配慮が必要なのだ。
 ランドールに秋波を送る相手ばかりを選ぶと、すわ婚約者候補なのでは、と周囲が騒がしくなるし、既に別の婚約者がいてランドールの婚約者になりえない相手ばかりを選ぶと、婚約者達の間を悪戯にかき乱しているのでは、と噂される。
 可能な限り、年齢の釣り合いが取れる未婚の令嬢は避けるようにしているが、人妻ならいいわけでもないし、未亡人だとまた別の問題が生じる。
「ここでなら、誰の目を気にする事もなく、練習出来る」
 茶化すように笑うと、遠慮していたアマリアの声にも笑みが混ざった。
「では、お願い出来ますでしょうか?」
 離宮にも、ちょっとした舞踏会が開ける広間がある。
 朝食後、ランドールとアマリア、ジェイクは、ダンスの練習の為に場所を移動した。
 ピアノの素養があると言うジェイクが、鍵盤に指を滑らせて指慣らしを終えると、ランドールが大きく腕を広げる。
「国賓が来る夜会ではまず、難しい曲は流れない。基本の円舞曲と少しの応用が出来れば問題ない」
「円舞曲ですね」
 頷くと、アマリアは向かい合うランドールの左手に右手を重ね、左手を彼の右上腕に添えた。
 ランドールはそれに応じて、右手でアマリアの背を支える。
「…やはり、貴女は背が高いのだな。姿勢に無理がない」
 長身のランドールが、小柄な女性とパートナーを組む場合、腕の位置に苦労する事が多かった。
 左腕を伸ばすと女性の腕の長さが足りずに引っ張る事になってしまうので、かなり肘を曲げなくてはいけないのだが、単純に曲げればいいわけではなく、パートナーの女性の姿勢を綺麗に見せなければならないから、筋肉が必要以上に緊張し、激しく疲労するのだ。
 頭一つ分の身長差のアマリア相手だと、不自然な緊張がなく、楽に保持出来る。
「私も、とても楽です」
 アマリアもまた、驚いたように声を上げた。
 これまで、アマリアがダンスを練習してきた教師は平均的な身長で、アマリアと殆ど同じだったから、ここまでゆったりと自然に組む事は出来なかった。
 練習はしたが本番には付き合ってくれなかった小柄な婚約者とは、比べるべくもない。
 体格差があろうと、彼がアマリアに配慮し、アマリアもまた、彼の配慮を汲めていれば楽しく踊れた筈なのに、その気持ちが欠片もなかった相手では、仕方がない事だろうか。
 ジェイクが二人の様子を確認しながら、円舞曲を演奏し始める。
 ランドールのリードに従って、アマリアは、練習で体に染みついたステップを自然と踏み始めた。
「何て軽いのかしら…!飛んでいるようです」
 練習で覚えたように動いているだけなのに、背中に羽根が生えたかのように、軽く動く。
 リードする相手で、これ程、体感が変わるとは初めての経験で、アマリアの声が弾んだ。
「こんなにも、変わるものなのだな」
 ランドールの声も、驚きに満ちていた。
 儀礼的なダンスでは、相手との体の接点を、不自然ではない程度に減らそうとしていたからだろうか。
 余り体を寄せると不要な興味関心を引いてしまいそうで、自分一人の筋力で何とかなるように、体を離して踊っていたが、それに比べると、遠慮なくぐっとアマリアの体を引き寄せて踊るのは、重心が定まって踊りやすい。
 ランドールの目が見えずとも、他に踊る者がいない広間では、ぶつかる事を気にせず、伸び伸びと好きなように動く事が出来た。
 楽しくて、お互いに制止を求める言葉もないまま、立て続けに三曲踊った後、心地よい疲労感から足を止めた。
 アマリアの軽く上がった息が整うのを待ち、ランドールが声を掛ける。
「アマリア嬢」
「はい、ランドール様」
「記念式典の夜会は、実質、貴女の社交界デビューだ。一曲、俺と踊って貰えないだろうか?」
「それは……」
 こことは違い、王宮での、それも国賓を招く夜会なのだ。
 踊る相手は、厳選しなくてはならない。
「開会からエスコートは出来ないし、配偶者といらしている国賓も多いから、場合によっては俺もお相手しなくてはならない。けれど、一曲位、貴女と踊る余裕はある筈だ。いや、作る」
 熱心に言い募るランドールに、アマリアは戸惑う。
 彼の申し出が嬉しくないわけはないが、大事な式典の夜会に出る事すら畏れ多いのに、その上で、王族のダンスの相手など、王宮の侍女で伯爵令嬢である自分には、身に余るとしか思えない。
「アマリア様、どうぞ、お申し出を受けてあげて下さい」
 応えあぐねるアマリアを見かねたのか、ジェイクが口を挟む。
「殿下のダンスの練習相手って、教師以外は、俺とアレクだったんですよ。散々、女性役を踊らされました…えぇ、殿下が相手じゃなければ屈辱でした…その殿下が、あれだけ伸び伸び楽しそうにダンス出来るなんて、初めてだったんです。折角なので、ちゃんとした演奏のついた場で、気分良く踊らせてあげて下さい」
 そうまで言われたら、断る事は出来ない。
「では…ランドール様に、お時間の余裕がありましたら」
 ランドールの申し出を表向きは受け入れつつも、そんな余裕はないだろう、とも思う。
 まず可能性は低いだろう、と承知しておけば、落胆する事などないのだから。
 予防線は大事だ。
 彼が、アマリアの夜会デビューの為に、社交辞令でも何でも、申し入れてくれた事こそが嬉しいのだから。
「夜会が楽しみだな」
「…はい」
 少なくとも、盛装したランドールを同じ会場で見る事が叶うかもしれない。
 彼は令嬢達の目を集めて逸らさないから、人垣に囲まれて見えないかもしれないけれど。
 僅かな希望に、アマリアは微笑んだ。



 その夜。
 就寝前の習慣となった、反省会にて。
「それにしても、思った以上に最低男でしたね、元婚約者」
 調査したアレクシスから概要は聞いていたが、直接、接していたアマリアの言葉の重さの比ではない。
「そのような男だったから、アマリアを解放してくれたのだ、と感謝しておく」
 苦虫を嚙み潰したような顔で、ランドールが答える。
 貴族の婚約破棄は、状況次第でやむを得ないと思ってはいるが、元婚約者の場合、婚約していた期間の態度がそもそも最悪過ぎる。
 その状態にギリアンが気づかなかったのは、やはり、王都と領地で離れていたからなのだろうか。
「そうですね。こんな事でもなければ、アマリア様は王宮勤めにならなかったでしょうし」
 人生には、岐路が幾つもあるものだ。
「ところで、殿下は、アマリア様には何色が似合うと思いますか?」
「…お前、俺がアマリアの顔を知らない事を判って聞いてるな?」
「いやほんと、それが不思議です。本当に一度も遭遇してないんですか?」
 ランドールが外した灰色の目隠しを畳みながら、ジェイクが問い掛ける。
「正確には、二度ある」
「え?なのに、覚えてらっしゃらない?」
「一度目は、王宮の書庫の中だった。暗くて、女性である事と、長身である事しか判らなかった」
「あぁ、あそこじゃね…髪色も判らないでしょうね」
 侍従のジェイクも、ランドールに頼まれて足を運ぶ場所だが、魔法石の角灯以外の光源がない書庫は、ほぼ闇の中だ。
「二度目は、アンジェリカ王女との晩餐の時だ」
「あのとんでも姫」
「アマリアは、王女の命令で侍従の服装をしていた。だから、書庫で会った女性と同一人物とは想像もつかなかった。給仕についていたが、顔を伏せて出来るだけ見せないようにしていたし、髪しか見ていない」
「顔を伏せる?確かに、従者は堂々と主の顔を見ないものですが」
 自分を棚上げにして言うと、ランドールは心得たように頷く。
「どうも、セルバンテスにそう指示されていたようだな。王女に目をつけられないよう、との事だ」
「アマリア様が美人だからですか?親バカと言うか…この場合、何て言うんでしょう?」
 何気ないジェイクの言葉に、ランドールが苦い顔をした。
「だが、実際、王女はアマリアを国に連れて帰りたがっていた。侍女として、ではない辺りが、理解に苦しむが」
 セルバンテスの杞憂は、正しかったと言う事だ。
「…このまま、私の目が見えないままならば、アマリアの美醜など、気にする事はなかったのだろうな。彼女の内面に惹かれたと言いながら、一つでも入れられる横槍は少ない方が望ましいと考えてしまう。伯爵家の令嬢を望めば、高位貴族が攻撃してくるだろう。絶世の美女である必要はないが、多くが納得するような容姿であってくれたら、と思ってしまう……浅ましいな」
 苦しそうに吐き出すランドールを、ジェイクが困ったように見つめた。
 もしも、ランドールの視力と聴力が損なわれたままならば、彼は『傷物』として扱われる事になる。
 アマリアのように補助出来る存在がなければ、これまで同様の執務など、とても行えない。
 二十六の若さで隠居生活になる可能性だって、十分にあった。
 そうなれば、ロイスワルズ国内だけでなく、他国の高位貴族からそれとなく差し向けられている縁談も、激減もしくは全滅するだろう。
 これまでのランドールの能力は際立っているし、見目も麗しく、いずれは臣下に降る可能性はあっても公爵位は確実。
 だが、その能力を十全に発揮出来ない状態となれば、縁談を考え直す家は少なくない筈だ。
 そうなれば、彼が誰と結婚しようと、咎める者はいないに違いない。
 しかし、こうして聴力が回復している以上、視力も同様に回復が見込まれる。
 近いうちに、これまで通り、完全な体で能力を揮う事が出来るようになるだろう。
 全員が納得する王族の縁談など、現実的にない。
 どれだけ身分が高く、容姿端麗な貴族令嬢でも、攻撃してくる相手と言うものは必ず存在する。
 だが、それが、地方貴族の令嬢で、王宮侍女のアマリアではなおの事だ。
「殿下の、外見ではなく、内面の美しい人を好きになる、って言うのは、理想的で素晴らしいと思うんですけど…多分、そこまでご心配になる必要はないと思いますよ?そりゃ、文句を言う人はいるでしょうけど、そんなの、誰を選んでも一緒ですし」
「アマリアが美人だ、と言う話か?美の価値など、人それぞれだろう。俺は余り、お前の美意識を信用していない」
「あ、酷い。うちのミーシャが可愛くないとでも」
「そうは言っていないだろう。ただ、人によって好みが分かれるだろうな、と」
「似たようなものじゃないですか…ですが、ご心配なく。アレクも同意見ですから。それに、騎士達が恋文渡してるのを、殿下もご存知でしょうに。あぁ、でも、所謂ロイスワルズ美人とは違います。ロイスワルズの美人の定義って、小柄で可愛い系統じゃないですか。うちのミーシャみたいに。アレクは、チートスの系統に近い、チートス美人、と言ってましたけど」
「さり気なく惚気けるな。しかし…チートスか…」
 確かに、アンジェリカは別枠だが、チートスでは一般的に、整った綺麗な顔立ちに、すらりと細身の長身である事が、美人の基準だった覚えがある。
(何だ、何が引っかかる…?)
 心の何処かに小さなささくれがあるように、引っかかるものがあるのだが、何がどう気になるのか判らない。
「で、ですよ。綺麗系の顔立ちで深紅の髪、赤に紫が混じった瞳、長身のアマリア様に、殿下なら何色を着せたいですか?」
「俺の希望が通るのか?ミーシャの拘りに勝てると思えないのだが」
 ジェイクの妻の実家がドレスメーカーなのは確かだが、アマリアには伝えていないものの、『拘りがあるデザイナー』は、ジェイクの妻であるミーシャ本人だ。
 夜会まで二週間の日程は、採寸して、型を決め、型紙を起こし、生地を選び、縫製する事を考えるとかなり厳しい。だが、ジェイクを通しての依頼であれば、多少の融通は利かせてくれるだろう。
「そうだな…夜空のような藍色はどうだ。光沢のあるシャンブレーで、銀糸が入っているとなお良いな」
 シャンブレーとは、縦糸と横糸の色を違える事で、見る角度によって色の変わる生地だ。
 王都では最近、不規則に三色目の糸を混ぜた生地が流行の兆しを見せている。
「なるほど、ダンスで裾が翻ると、星が煌めくように銀糸がきらきら光を反射する、と。殿下……ロマンチストですね」
「言うだけならいいだろう」
「ミーシャがどう思うか判らないですけど、一応、伝えておきますよ」
 じゃあ、殿下も藍色にしますかね、と呟きながら、ジェイクがフッと笑った。
「殿下、お気づきでしたか?」
「何にだ?」
「アマリア様ですよ。俺の嫁の実家がドレスメーカーだ、と話したのに、普通に受け流されたんですよ」
「そうだったな」
「殿下の侍従である俺の妻が平民と知ると、可哀想な目や、蔑むような目で見られるものなんです。確かに俺自身は子爵家出身ですけど、嫡男じゃないですから、爵位は継がないわけで、平民と結婚する事に何の不思議もありません。なのに、そこが伝わらない人が多くって。平民と結婚する位なら、貴族の入り婿になるべきだろう、って言われるんですよ。でも、アマリア様は、全く気にしてらっしゃいませんでした。面白い方ですね」
「…待て。誰だ、お前をそのような目で見たヤツは」
「昔の話ですから、お気になさらず。本題はそこじゃありませんよ。確かに、アマリア様は社交に慣れてらっしゃらない。貴族の感じ方、考え方に、いっそ無頓着と言ってもいいですね」
「俺にとっては、そこが好ましいのだが」
「えぇ。問題は、これから、です」
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