19 / 36
<18>
しおりを挟む
***
シャーロットは一日ベッドで過ごした後は、普段よりも休憩を多く挟みながらだが、いつも通りの生活を送った。
最初のうちは、処理に手間取ったものの、次第に慣れてきた頃に、最初の障りは終わった。
ハルムの雫の騒動から、二週間が経過していた。
その後の状況は、伝わって来ない。
便りがないのは無事の知らせ。
そう口の中で呟きながら、シャーロットは休憩時にヴィンセントの事を思って願う。
ヴィンセントと共に旅をしたのは、一週間にも満たない日数だ。
最後に顔を見てから、既に二カ月半が経過している。
なのに、彼の顔も声も、シャーロットの中では鮮明で、特に彼の鼈甲色の瞳が、眼裏に焼き付いて離れない。
薬草を摘む作業の合間。
いつものように、彼の無事を願って目を開けると、ウィルヘルムが目の前に立っていて、シャーロットは驚いて声を上げた。
「ウィル!用があったのなら、声を掛けてくれれば良かったのに」
「そう言うわけにはいかねぇよ。だって、婚約者の事を願ってたんだろ?」
この国には、神はいない。
だから、願いとは己で叶えるものであり、誰かに叶えて貰うものではない。
シャーロットが、ヴィンセントの無事を願う姿に、獣人族達は戸惑っている様子だった。
叶えたい願いがあるのならば、自分で動くのが当然の獣人族は、誰かを「守りたい」と思えば、それを自身の手で叶える。
カーシャに行く領兵は、己の大切な人を守る為に戦地に赴いているのだ。
だが、それは肉体の強さがあるからこそ、可能な事でもある。
薬師や医師と言った非戦闘員であっても、それは同じ事で、彼らは己に降りかかる火の粉を払えるだけの力がある。
しかし、見るからに非力で、人族の中でも脆弱なシャーロットが、戦地で出来る事はない。
寧ろ、足手纏いになってしまう事を、周囲だけではなく、本人もよく判っている。
そんな彼女が――何も出来ない彼女が、唯一出来るのが、無事を願う、と言う事だった。
これならば、誰に迷惑を掛けるわけでもない。
「ウィルは、優しいわね。確かに、婚約者様のご無事を願っていたけれど、私の自己満足のようなものなのに」
「でも、それはシャーロットにとって、大事な時間だろ」
シャーロットは、ウィルヘルムの心遣いが嬉しくて、微笑む。
ポン、と、二人の傍に生えていた花の蕾が開いて、ウィルヘルムは驚いた顔をした。
「こんな事も出来るのか」
「出来ると言うか…私がしたわけじゃなくて…」
喜びの感情とは言え、周囲に己の感情が駄々洩れになるのは、どうなのだろう。
ごにょごにょと言い訳をしながら、シャーロットはウィルヘルムの用件について尋ねる。
「カーシャから、領兵が帰還を開始したらしい」
「え!」
「ナランとの争いは、無事に平定されたみたいだ。全部隊が同時に帰還するわけじゃねぇみたいだけど、近いうちに、会えるぞ」
明らかにそわそわした様子のシャーロットの周囲では、続けざまに蕾が開いていて、ウィルヘルムは呆れたような戸惑ったような複雑な顔をした後、ぽんぽん、とシャーロットの頭を撫でた。
「嬉しいのは判ったからさ。少し、落ち着けよ。ばぁちゃんが、採取の計画が狂って困るぞ?」
「え、えぇ…判ってるのだけど、自分ではどうすればいいのか判らなくて」
今、シャーロットの周囲で咲いているメルダは、種の皮を剥いで、中の黄色い部分を粉に挽いて薬にするのだが、本来であれば、あと一週間程遅くに花が咲く筈だ。
単純計算で、種の収穫が一週間早まる事になる。
どうにか落ち着こうと、深呼吸を繰り返すシャーロットを、眩しそうにウィルヘルムは眺めた。
「…あのね、ウィル。私が、ノーハンに来るまで、どんな暮らしをしていたか、聞いてくれる?」
誰に話す気もなかったのに口を開いてしまったのは、どうにか、この状況を脱しようと考えたからだ。
「ん」
「有難う。私は…物心つく前には、精霊の祝福を受けている…精霊の愛し子である、と認識されていたの。笑うと花が咲いたり、歩くと花が咲いたり、そんな事があるものだから」
ウィルヘルムは頷いて、話を聞いている事を示す。
「人族の住む街に、精霊の愛し子は殆どいないわ。私の前は、百年以上前なのですって。だから、なのかしら。三歳の時に、誘拐されそうになったの」
「誘拐?!」
「犯人は、その場で取り押さえられたらしいのだけど…その時に、精霊の力が暴走してしまって。多分、ただ、花を咲かせてるだけなら、問題なかったのよ。でも、暴走すると、とんでもない事が起きる、って、周囲の人が知ってしまった」
「とんでもない、事…」
「それ以来、私を保護する為に、人と接する事なく、閉じ込められて育ったの」
シャーロットの声に、湿っぽさはない。
ただ、事実を事実として客観的に述べている。
それが却って、彼女の受けた心の傷を語るようで、ウィルヘルムは眉を顰めた。
「そんな…」
「また、誘拐されないか。力が暴走するのではないか。閉じ込めておかないと、何が起きるか判らなくて、不安だったのでしょうね。私も、そう。人と接すると、相手に何が起きるか判らなくて、不安だった。だから、外に出たいとは思っていなかったの」
喜んで、望んで、傷つけたわけではないのだ。
ウィルヘルムは、シャーロットの以前よりは肉がついた、けれどまだまだ細い腕を見る。
「婚約者様はね。私の状況をご覧になって、私を不憫に思われたみたい。私を保護していた方も、このままでは良くない事を十分にご存知で…けれど、どうすればいいのか、悩んでらしたのね。そこでどんなお話合いがあったのか、詳しい事は伺っていないわ。でも、婚約者様は私を婚約者としてノーハンにお連れになる事を決めて、私の保護者は密かに私を王都から出す事を決めたのよ。獣人族の方は、精霊の祝福の影響を受けにくいと言う伝承があるから、ノーハンなら、誰かを傷つける事はないだろう、って」
正直な所、父ハビエルは、シャーロットを持て余して手離したのではないか、と、ノーハンに出発した当初は思っていた。
王女として生まれて十八年。
平民の親子関係と異なるのは仕方がないが、三歳の誕生パーティまでは、国王とその姫と言う特殊な親子関係ながら、よく顔を合わせ、可愛がられていたと思う。
北の塔に保護されて以降も、初めの頃は、よく顔を見に来ていた、と、カーラに聞いている。
ハビエルは、成長していく娘に対して何も出来ない己への不甲斐なさから、足が遠ざかっていたのだろう、と、今なら思える。
罪悪感を持っているのに、その相手であるシャーロットが、彼の事を一言も詰らないのだ。
余計に、罪の意識が増すものだろう。
「シャーロットの気持ちは…聞いて貰えたのか?」
「いいえ。私は、全てが決まった後に、ノーハンに嫁ぎなさい、と言われただけ」
ウィルヘルムの表情に憤りが混ざるのを見て、シャーロットは、でもね、と続けた。
「私は、外の事を何も知らないから、最初はどうしていいか判らなかった。でも、婚約者様が、私はここにいていい、ここにいて欲しい、と仰って下さったから…あの方の為に、今後は生きていこう、と決めたの」
シャーロットの声に、絶対の信頼が滲んでいるのを聞いて、ウィルヘルムは唇の端を歪めた。
シャーロットが婚約者を慕っている事は判っていたが、何だか面白くない。
「お…れだって、あんたに会えて、嬉しいと思ってるよ」
何か言おうとして、その言葉が負け惜しみに聞こえて、ウィルヘルムは俯いた。
「本当?有難う」
なのに、シャーロットが嬉しそうに笑うから。
その言葉が嘘でない証拠に、大輪の花を咲かせるから。
ウィルヘルムは、漸く気づいた己の気持ちに、蓋をした。
「もう直ぐ、昼飯だ、って呼びに来たんだ。家に行こうぜ」
その時だった。
誰かに呼ばれたような気がして、ウィルヘルムに続いて家に入ろうとしていたシャーロットは、後ろを振り返った。
地響きと共に、耳鳴りのような音が伝わってくる。
集落が傍にないマチルダの家では、聞く事のない音だ。
木々の影の中を、大きな黒い影がこちらに向かって一直線に駆けて来る。
「シャーロット!」
余りの勢いに、ウィルヘルムが焦って声を上げ、シャーロットの手を引こうとした時だった。
「ロッテ…!」
ズドンッ!
何か重たいものが、土の地面に衝突した。
夏の乾いた空気に、もうもうと土埃が舞う。
その勢いのまま、黒い塊が、シャーロットを抱き締めた。
突然、固いものに顔を押し付けられて、シャーロットの息が詰まる。
動転するシャーロットの鼻に届く、汗と土埃と…そして、確かに覚えのある陽だまりのような香り。
「ヴィンセント…様…?」
懐かしい温もりに、シャーロットの声が震える。
こんなに躊躇なく、シャーロットを抱き締める人なんて、彼以外にいない。
「ヴィンセント様…!」
二度目に呼んだ名前は、涙で上ずっていた。
膝立ちでシャーロットを抱き締める彼の厚い胸板に、頬を摺り寄せるようにして縋りつく。
「ご無事で…」
ご無事で、良かった。
ご無事のお戻りを、お待ちしておりました。
言葉にならずに、ただただ溢れる思いが涙となって零れ落ちていく。
涙は、頬を転がり落ちる間に、輝く宝石へと転じた。
ヴィンセントは、無言でシャーロットの小さな背を抱き、茶色の巻き毛に顔を埋めていたが、名残を惜しむように深く息を吸って、漸く僅かに体を離す。
そして、シャーロットの頬を零れる宝石の涙を、感慨深げに人差し指でそっと受け止めた。
「…喜んで、下さるのですね」
十五年ぶりの、宝石の涙である事に、彼が気づいているのか否か。
シャーロットは、瞬きもせずに、ヴィンセントの顔を見上げた。
「申し訳ございません。随分と長い事…貴女を、一人にしてしまいました」
苦し気に告げるヴィンセントは、最後に見た時よりも日に焼け、頬が削げたようだった。
戦地にいたおよそ二カ月半の間、手入れなどする余裕はなかったのだろう。
伸びた髪に隠れているのか、初めてスカーフを外している姿と向き合ったと言うのに、彼の耳は見えない。
頬と顎には無精髭が生え、彼の顔を一層精悍に見せているが、それが、戦地の激しさを物語ってもいる。
鼈甲色の瞳だけは変わらず、案じるようにシャーロットを見つめていて、シャーロットは、必死に首を横に振る。
「いいえ、いいえ!ヴィンセント様のご苦労に比べたら…私は、何も…」
声が震えて、上手く続けられない。
ヴィンセントは、シャーロットの背に回したままの腕で、彼女の体に確かめるように触れる。
「このような強い日差しの中で、お体に辛い所はありませんか?」
「私は、大丈夫です。ヴィンセント様は…」
言い掛けて、彼の頬に、鋭いものが掠ったような細く長い傷を見て、シャーロットは声を上げた。
「ヴィンセント様!血が!」
「あぁ、馬で駆けて来る途中、枝に引っ掛けたのでしょう。大丈夫ですよ、これ位」
一刻も早く、お会いしたかったのです。
そう言って微笑んだヴィンセントに、シャーロットは目を奪われて、頬を染めた。
シャーロットの潤んだ瞳を見て、ヴィンセントもまた、頬を緩める。
馬、と聞いて、シャーロットが首を巡らすと、ヴィンセントの背後に、大きな黒い馬が立っていた。ノーハンに向かう道中と同じ、ヴィンセントの愛馬だ。
鼻息が荒いのは、全力疾走して来たからだろう。
ヴィンセントは、シャーロットを見つけるなり、馬を制止する手間も惜しんで、駆ける馬から飛び降りたのだ。
「兄さん…」
躊躇いがちにシャーロットの背後から投げかけられた声に、ヴィンセントは、漸くそこに、二人以外の人物がいる事に気が付いた。
初めて、シャーロットから視線を動かす。
「ウィルヘルム」
ヴィンセントの声に親し気な響きを感じて、その前のウィルヘルムが呼び掛けた名称の意味がやっと理解出来て、シャーロットは大きく目を見開いた。
「兄さん?」
「えぇ。ウィルヘルムは、私の年の離れた弟です。そうか、ウィルヘルムが、シャーロットを保護してくれていたんだな」
シャーロットが驚いて、ヴィンセントの腕の中からウィルヘルムを振り向くと、彼は気まずそうに目を逸らした。
「俺じゃねぇよ。ばぁちゃんが見つけたんだ」
「…マチルダが」
少し複雑な響きがあるのは、気のせいではないだろう。
マチルダは、人族が嫌いなのだから。
「ヴィンス!」
聞き覚えのある声と共に、一頭の馬が駆け寄ってくる。
「ロビン」
「おっ前…!行き先も、聞かずに、出てったと、思ったら…!」
声が途切れるのは、彼の息が切れているからだ。
必死に馬を駆って来たのだろう。
ロビンは、ヴィンセントに抱き締められたままのシャーロットを見て、あ、と口を開けると、
「…ご無事で良かったです、お嬢様」
と、改まった口調で挨拶した。
彼もまた、ヴィンセントと同じように灰褐色の髪は乱れ、整った顔に無精髭が生えている。
元は黒だった筈の衣服も、土埃で白茶けていた。
「ロビンさん。どうぞ、楽になさって下さい」
王都での彼はきっと、『バーナディス辺境伯の従者』として振る舞っていたのだ、と気づいたシャーロットが微笑みかけると、ロビンは居心地悪そうに目を逸らす。
「立ち話も、何だからさ…うちはこれから昼飯だし、入ったら?」
ウィルヘルムの言葉に顔を見合わせたヴィンセントとロビンが、頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えるとしようか」
そのまま、ヴィンセントは自然にシャーロットを抱き上げる。
ノーハンまでの道中と同じく、左腕に乗せるように抱えると、シャーロットもまた、少しだけ恥ずかしそうに、けれど、甘えるように、彼の肩に寄り添った。
「シャーロット。以前より、体幹がしっかりして来ましたね」
「お気づきになりました?ノーハンに来てから、少し筋肉がつきました。体重も増えたのですよ」
にこにこと会話する二人の様子を唖然として見ていたウィルヘルムが、ロビンに小声で尋ねる。
「…体重増えたとか、年頃の女が喜んで言うセリフですか?」
「お嬢様に関しては、嬉しいんだろうな」
王都を出たばかりのシャーロットを覚えている身としては、今の彼女は大分健康的に見える。
まだまだ、獣人族の娘に比べると折れそうだが、それでも、大きな成長だ。
ヴィンセントも、それが嬉しいのだろう。
「でも、余り重くなると、ヴィンセント様にご負担ですわね」
「シャーロットは今でも、羽根のように軽いですよ」
すっかり、抱っこ移動が標準仕様になっている二人に、ウィルヘルムは呆れたように溜息を吐いた。
こんな兄の姿は、見た事がない。
「ロビン、そこ、頼む」
シャーロットを抱えたまま、マチルダの家に向かっていたヴィンセントに言われて、ロビンは足元を見る。
きらきらと日を反射する小さな宝石を見つけて息を飲み、拾い集め始めた。
「ウィル、手伝ってくれ。一つも見落としのないように」
「これ…まさか…」
「…お嬢様だ」
ロビンの小声に、ウィルヘルムは口を噤む。
シャーロットが精霊の愛し子である事は、ウィルヘルムも理解している。
だが、まさか、植物に影響を及ぼす以上の力を持っていたとは。
誘拐を恐れて閉じ込められた、と言うのはこれが原因か。
「万が一にでも、見つかるとまずい。…判るな?」
「はい」
シャーロットは一日ベッドで過ごした後は、普段よりも休憩を多く挟みながらだが、いつも通りの生活を送った。
最初のうちは、処理に手間取ったものの、次第に慣れてきた頃に、最初の障りは終わった。
ハルムの雫の騒動から、二週間が経過していた。
その後の状況は、伝わって来ない。
便りがないのは無事の知らせ。
そう口の中で呟きながら、シャーロットは休憩時にヴィンセントの事を思って願う。
ヴィンセントと共に旅をしたのは、一週間にも満たない日数だ。
最後に顔を見てから、既に二カ月半が経過している。
なのに、彼の顔も声も、シャーロットの中では鮮明で、特に彼の鼈甲色の瞳が、眼裏に焼き付いて離れない。
薬草を摘む作業の合間。
いつものように、彼の無事を願って目を開けると、ウィルヘルムが目の前に立っていて、シャーロットは驚いて声を上げた。
「ウィル!用があったのなら、声を掛けてくれれば良かったのに」
「そう言うわけにはいかねぇよ。だって、婚約者の事を願ってたんだろ?」
この国には、神はいない。
だから、願いとは己で叶えるものであり、誰かに叶えて貰うものではない。
シャーロットが、ヴィンセントの無事を願う姿に、獣人族達は戸惑っている様子だった。
叶えたい願いがあるのならば、自分で動くのが当然の獣人族は、誰かを「守りたい」と思えば、それを自身の手で叶える。
カーシャに行く領兵は、己の大切な人を守る為に戦地に赴いているのだ。
だが、それは肉体の強さがあるからこそ、可能な事でもある。
薬師や医師と言った非戦闘員であっても、それは同じ事で、彼らは己に降りかかる火の粉を払えるだけの力がある。
しかし、見るからに非力で、人族の中でも脆弱なシャーロットが、戦地で出来る事はない。
寧ろ、足手纏いになってしまう事を、周囲だけではなく、本人もよく判っている。
そんな彼女が――何も出来ない彼女が、唯一出来るのが、無事を願う、と言う事だった。
これならば、誰に迷惑を掛けるわけでもない。
「ウィルは、優しいわね。確かに、婚約者様のご無事を願っていたけれど、私の自己満足のようなものなのに」
「でも、それはシャーロットにとって、大事な時間だろ」
シャーロットは、ウィルヘルムの心遣いが嬉しくて、微笑む。
ポン、と、二人の傍に生えていた花の蕾が開いて、ウィルヘルムは驚いた顔をした。
「こんな事も出来るのか」
「出来ると言うか…私がしたわけじゃなくて…」
喜びの感情とは言え、周囲に己の感情が駄々洩れになるのは、どうなのだろう。
ごにょごにょと言い訳をしながら、シャーロットはウィルヘルムの用件について尋ねる。
「カーシャから、領兵が帰還を開始したらしい」
「え!」
「ナランとの争いは、無事に平定されたみたいだ。全部隊が同時に帰還するわけじゃねぇみたいだけど、近いうちに、会えるぞ」
明らかにそわそわした様子のシャーロットの周囲では、続けざまに蕾が開いていて、ウィルヘルムは呆れたような戸惑ったような複雑な顔をした後、ぽんぽん、とシャーロットの頭を撫でた。
「嬉しいのは判ったからさ。少し、落ち着けよ。ばぁちゃんが、採取の計画が狂って困るぞ?」
「え、えぇ…判ってるのだけど、自分ではどうすればいいのか判らなくて」
今、シャーロットの周囲で咲いているメルダは、種の皮を剥いで、中の黄色い部分を粉に挽いて薬にするのだが、本来であれば、あと一週間程遅くに花が咲く筈だ。
単純計算で、種の収穫が一週間早まる事になる。
どうにか落ち着こうと、深呼吸を繰り返すシャーロットを、眩しそうにウィルヘルムは眺めた。
「…あのね、ウィル。私が、ノーハンに来るまで、どんな暮らしをしていたか、聞いてくれる?」
誰に話す気もなかったのに口を開いてしまったのは、どうにか、この状況を脱しようと考えたからだ。
「ん」
「有難う。私は…物心つく前には、精霊の祝福を受けている…精霊の愛し子である、と認識されていたの。笑うと花が咲いたり、歩くと花が咲いたり、そんな事があるものだから」
ウィルヘルムは頷いて、話を聞いている事を示す。
「人族の住む街に、精霊の愛し子は殆どいないわ。私の前は、百年以上前なのですって。だから、なのかしら。三歳の時に、誘拐されそうになったの」
「誘拐?!」
「犯人は、その場で取り押さえられたらしいのだけど…その時に、精霊の力が暴走してしまって。多分、ただ、花を咲かせてるだけなら、問題なかったのよ。でも、暴走すると、とんでもない事が起きる、って、周囲の人が知ってしまった」
「とんでもない、事…」
「それ以来、私を保護する為に、人と接する事なく、閉じ込められて育ったの」
シャーロットの声に、湿っぽさはない。
ただ、事実を事実として客観的に述べている。
それが却って、彼女の受けた心の傷を語るようで、ウィルヘルムは眉を顰めた。
「そんな…」
「また、誘拐されないか。力が暴走するのではないか。閉じ込めておかないと、何が起きるか判らなくて、不安だったのでしょうね。私も、そう。人と接すると、相手に何が起きるか判らなくて、不安だった。だから、外に出たいとは思っていなかったの」
喜んで、望んで、傷つけたわけではないのだ。
ウィルヘルムは、シャーロットの以前よりは肉がついた、けれどまだまだ細い腕を見る。
「婚約者様はね。私の状況をご覧になって、私を不憫に思われたみたい。私を保護していた方も、このままでは良くない事を十分にご存知で…けれど、どうすればいいのか、悩んでらしたのね。そこでどんなお話合いがあったのか、詳しい事は伺っていないわ。でも、婚約者様は私を婚約者としてノーハンにお連れになる事を決めて、私の保護者は密かに私を王都から出す事を決めたのよ。獣人族の方は、精霊の祝福の影響を受けにくいと言う伝承があるから、ノーハンなら、誰かを傷つける事はないだろう、って」
正直な所、父ハビエルは、シャーロットを持て余して手離したのではないか、と、ノーハンに出発した当初は思っていた。
王女として生まれて十八年。
平民の親子関係と異なるのは仕方がないが、三歳の誕生パーティまでは、国王とその姫と言う特殊な親子関係ながら、よく顔を合わせ、可愛がられていたと思う。
北の塔に保護されて以降も、初めの頃は、よく顔を見に来ていた、と、カーラに聞いている。
ハビエルは、成長していく娘に対して何も出来ない己への不甲斐なさから、足が遠ざかっていたのだろう、と、今なら思える。
罪悪感を持っているのに、その相手であるシャーロットが、彼の事を一言も詰らないのだ。
余計に、罪の意識が増すものだろう。
「シャーロットの気持ちは…聞いて貰えたのか?」
「いいえ。私は、全てが決まった後に、ノーハンに嫁ぎなさい、と言われただけ」
ウィルヘルムの表情に憤りが混ざるのを見て、シャーロットは、でもね、と続けた。
「私は、外の事を何も知らないから、最初はどうしていいか判らなかった。でも、婚約者様が、私はここにいていい、ここにいて欲しい、と仰って下さったから…あの方の為に、今後は生きていこう、と決めたの」
シャーロットの声に、絶対の信頼が滲んでいるのを聞いて、ウィルヘルムは唇の端を歪めた。
シャーロットが婚約者を慕っている事は判っていたが、何だか面白くない。
「お…れだって、あんたに会えて、嬉しいと思ってるよ」
何か言おうとして、その言葉が負け惜しみに聞こえて、ウィルヘルムは俯いた。
「本当?有難う」
なのに、シャーロットが嬉しそうに笑うから。
その言葉が嘘でない証拠に、大輪の花を咲かせるから。
ウィルヘルムは、漸く気づいた己の気持ちに、蓋をした。
「もう直ぐ、昼飯だ、って呼びに来たんだ。家に行こうぜ」
その時だった。
誰かに呼ばれたような気がして、ウィルヘルムに続いて家に入ろうとしていたシャーロットは、後ろを振り返った。
地響きと共に、耳鳴りのような音が伝わってくる。
集落が傍にないマチルダの家では、聞く事のない音だ。
木々の影の中を、大きな黒い影がこちらに向かって一直線に駆けて来る。
「シャーロット!」
余りの勢いに、ウィルヘルムが焦って声を上げ、シャーロットの手を引こうとした時だった。
「ロッテ…!」
ズドンッ!
何か重たいものが、土の地面に衝突した。
夏の乾いた空気に、もうもうと土埃が舞う。
その勢いのまま、黒い塊が、シャーロットを抱き締めた。
突然、固いものに顔を押し付けられて、シャーロットの息が詰まる。
動転するシャーロットの鼻に届く、汗と土埃と…そして、確かに覚えのある陽だまりのような香り。
「ヴィンセント…様…?」
懐かしい温もりに、シャーロットの声が震える。
こんなに躊躇なく、シャーロットを抱き締める人なんて、彼以外にいない。
「ヴィンセント様…!」
二度目に呼んだ名前は、涙で上ずっていた。
膝立ちでシャーロットを抱き締める彼の厚い胸板に、頬を摺り寄せるようにして縋りつく。
「ご無事で…」
ご無事で、良かった。
ご無事のお戻りを、お待ちしておりました。
言葉にならずに、ただただ溢れる思いが涙となって零れ落ちていく。
涙は、頬を転がり落ちる間に、輝く宝石へと転じた。
ヴィンセントは、無言でシャーロットの小さな背を抱き、茶色の巻き毛に顔を埋めていたが、名残を惜しむように深く息を吸って、漸く僅かに体を離す。
そして、シャーロットの頬を零れる宝石の涙を、感慨深げに人差し指でそっと受け止めた。
「…喜んで、下さるのですね」
十五年ぶりの、宝石の涙である事に、彼が気づいているのか否か。
シャーロットは、瞬きもせずに、ヴィンセントの顔を見上げた。
「申し訳ございません。随分と長い事…貴女を、一人にしてしまいました」
苦し気に告げるヴィンセントは、最後に見た時よりも日に焼け、頬が削げたようだった。
戦地にいたおよそ二カ月半の間、手入れなどする余裕はなかったのだろう。
伸びた髪に隠れているのか、初めてスカーフを外している姿と向き合ったと言うのに、彼の耳は見えない。
頬と顎には無精髭が生え、彼の顔を一層精悍に見せているが、それが、戦地の激しさを物語ってもいる。
鼈甲色の瞳だけは変わらず、案じるようにシャーロットを見つめていて、シャーロットは、必死に首を横に振る。
「いいえ、いいえ!ヴィンセント様のご苦労に比べたら…私は、何も…」
声が震えて、上手く続けられない。
ヴィンセントは、シャーロットの背に回したままの腕で、彼女の体に確かめるように触れる。
「このような強い日差しの中で、お体に辛い所はありませんか?」
「私は、大丈夫です。ヴィンセント様は…」
言い掛けて、彼の頬に、鋭いものが掠ったような細く長い傷を見て、シャーロットは声を上げた。
「ヴィンセント様!血が!」
「あぁ、馬で駆けて来る途中、枝に引っ掛けたのでしょう。大丈夫ですよ、これ位」
一刻も早く、お会いしたかったのです。
そう言って微笑んだヴィンセントに、シャーロットは目を奪われて、頬を染めた。
シャーロットの潤んだ瞳を見て、ヴィンセントもまた、頬を緩める。
馬、と聞いて、シャーロットが首を巡らすと、ヴィンセントの背後に、大きな黒い馬が立っていた。ノーハンに向かう道中と同じ、ヴィンセントの愛馬だ。
鼻息が荒いのは、全力疾走して来たからだろう。
ヴィンセントは、シャーロットを見つけるなり、馬を制止する手間も惜しんで、駆ける馬から飛び降りたのだ。
「兄さん…」
躊躇いがちにシャーロットの背後から投げかけられた声に、ヴィンセントは、漸くそこに、二人以外の人物がいる事に気が付いた。
初めて、シャーロットから視線を動かす。
「ウィルヘルム」
ヴィンセントの声に親し気な響きを感じて、その前のウィルヘルムが呼び掛けた名称の意味がやっと理解出来て、シャーロットは大きく目を見開いた。
「兄さん?」
「えぇ。ウィルヘルムは、私の年の離れた弟です。そうか、ウィルヘルムが、シャーロットを保護してくれていたんだな」
シャーロットが驚いて、ヴィンセントの腕の中からウィルヘルムを振り向くと、彼は気まずそうに目を逸らした。
「俺じゃねぇよ。ばぁちゃんが見つけたんだ」
「…マチルダが」
少し複雑な響きがあるのは、気のせいではないだろう。
マチルダは、人族が嫌いなのだから。
「ヴィンス!」
聞き覚えのある声と共に、一頭の馬が駆け寄ってくる。
「ロビン」
「おっ前…!行き先も、聞かずに、出てったと、思ったら…!」
声が途切れるのは、彼の息が切れているからだ。
必死に馬を駆って来たのだろう。
ロビンは、ヴィンセントに抱き締められたままのシャーロットを見て、あ、と口を開けると、
「…ご無事で良かったです、お嬢様」
と、改まった口調で挨拶した。
彼もまた、ヴィンセントと同じように灰褐色の髪は乱れ、整った顔に無精髭が生えている。
元は黒だった筈の衣服も、土埃で白茶けていた。
「ロビンさん。どうぞ、楽になさって下さい」
王都での彼はきっと、『バーナディス辺境伯の従者』として振る舞っていたのだ、と気づいたシャーロットが微笑みかけると、ロビンは居心地悪そうに目を逸らす。
「立ち話も、何だからさ…うちはこれから昼飯だし、入ったら?」
ウィルヘルムの言葉に顔を見合わせたヴィンセントとロビンが、頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えるとしようか」
そのまま、ヴィンセントは自然にシャーロットを抱き上げる。
ノーハンまでの道中と同じく、左腕に乗せるように抱えると、シャーロットもまた、少しだけ恥ずかしそうに、けれど、甘えるように、彼の肩に寄り添った。
「シャーロット。以前より、体幹がしっかりして来ましたね」
「お気づきになりました?ノーハンに来てから、少し筋肉がつきました。体重も増えたのですよ」
にこにこと会話する二人の様子を唖然として見ていたウィルヘルムが、ロビンに小声で尋ねる。
「…体重増えたとか、年頃の女が喜んで言うセリフですか?」
「お嬢様に関しては、嬉しいんだろうな」
王都を出たばかりのシャーロットを覚えている身としては、今の彼女は大分健康的に見える。
まだまだ、獣人族の娘に比べると折れそうだが、それでも、大きな成長だ。
ヴィンセントも、それが嬉しいのだろう。
「でも、余り重くなると、ヴィンセント様にご負担ですわね」
「シャーロットは今でも、羽根のように軽いですよ」
すっかり、抱っこ移動が標準仕様になっている二人に、ウィルヘルムは呆れたように溜息を吐いた。
こんな兄の姿は、見た事がない。
「ロビン、そこ、頼む」
シャーロットを抱えたまま、マチルダの家に向かっていたヴィンセントに言われて、ロビンは足元を見る。
きらきらと日を反射する小さな宝石を見つけて息を飲み、拾い集め始めた。
「ウィル、手伝ってくれ。一つも見落としのないように」
「これ…まさか…」
「…お嬢様だ」
ロビンの小声に、ウィルヘルムは口を噤む。
シャーロットが精霊の愛し子である事は、ウィルヘルムも理解している。
だが、まさか、植物に影響を及ぼす以上の力を持っていたとは。
誘拐を恐れて閉じ込められた、と言うのはこれが原因か。
「万が一にでも、見つかるとまずい。…判るな?」
「はい」
34
あなたにおすすめの小説
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
<完結>溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
本編完結済み。
続きのお話を、掲載中です。
続きのお話も、完結しました。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります
なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。
忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。
「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」
「白い結婚ですか?」
「実は俺には……他に愛する女性がいる」
それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。
私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた
――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。
ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。
「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」
アロルド、貴方は何を言い出すの?
なにを言っているか、分かっているの?
「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」
私の答えは決まっていた。
受け入れられるはずがない。
自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。
◇◇◇
設定はゆるめです。
とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる