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両想いになりました。
めでたしめでたし。
とはならないのは、よく判っている。
問題は、山積みなわけで。
「…あのね、私を選んでくれたのは嬉しいんだけどね。現実問題として、王弟である筆頭公爵家当主と、名誉爵位の男爵令嬢(バツイチ)って、色んな意味で許されるの?」
「バツイチ、ってなんだ?」
「え、と…出戻り、って事」
ダリウス様は、少し考える顔をした。
「高位の貴族になるほど、柵が多いのは事実ではある。だが、前にも話したように、ノーレイン家は政略結婚をしなければならない状況にはない」
「うん…でも、公爵の結婚は、伯爵位以上の高位貴族のご令嬢としか出来ないって」
「よく知ってるな?」
「一応、女学校ではちゃんと勉強したから…」
ダリウス様との距離が、自分が想像していた以上に遠かった事を知って、静かに打ちのめされた日の事を思い出す。
「それには、例外があるのも知ってるか?」
「何か功績を上げて陛下の覚えがめでたいとか、特殊な才能があるとか…」
私には、残念ながら何も功績はないし、歴史に名を残すような才に恵まれているわけでもない。
「お前、俺が誰だか判ってるだろう?俺はダリウス・ノーレイン。この国の筆頭公爵だ。俺の決定に異論を挟める者は、国王を除いて誰もいない。そして、その国王は、俺の兄だ。兄上が、俺の決定に反対する事はない」
自信満々に言うダリウス様に、そうかも、と引きずられそうになりながら、ユリシーズ様に釘を刺された事を思い出す。
「兄としてのユリシーズ様はそうかもしれないけど、国王としてのユリシーズ様は別の判断をなさるのでは…」
「縁談を断り続ける俺に兄上は、『望む相手を自ら探すように』と命じている。使える者は王でも使う。お前を、妻に出来るなら」
ダリウス様が、きっぱりと言い切った。
その強い瞳に、思わず息を飲む。
「ミカエラ。俺と幸せになる覚悟はあるか?」
「それは…うん」
互いの心の在り処が判ったと言うのに、もう離れられるとは思えない。
違う。
離れたく、ない。
「ならば、俺に望まれていると言う自信を持て」
――あぁ、そうだ。
幸せとは、待っていれば、向こうから勝手にやって来るものではない。
誰か幸せにしてくれないかな、と、いつか与えられる日をぼんやりと願うものでも、与えられない事を嘆くものでもない。
自らの足で、歩いて探して掴み取らなければならないのだ。
「お前以外、俺は要らないんだ」
私も、ダリウス様以外は要らない。
***
園遊会当日。
私は、記念式典に参加する為に午前のうちに出発したダリウス様とは、別行動を取っていた。
王宮の迎賓館へと向かう馬車の中、私と向き合うようにして、フェリシア様が姿勢良く腰掛けていらっしゃる。
フェリシア様は、国王ユリシーズ様の母でありながら、国母として扱われていない。
今回の園遊会も、国王の母としての参加ではなく、ノーレイン前公爵夫人として招かれているのだ。
「メディセ家は、未だに王位への未練を残しているのよ」
フェリシア様は、そう皮肉気に仰った。
「それ程までに、メディセ公爵の影響力は強いのですか」
「そうね。今でも影響力を残す最大の理由は、アラベラさんが王妃となった事でしょう。でも、あれだけ幼少期からアラベラさんを虐げておきながら、彼女がメディセ家の従順な駒であると、未だに思い込んでいられるのは凄いわ」
それだけ、メディセの権力に絶大なる自信があるのでしょうね。
そう、フェリシア様は付け加える。
「サディアスをボーディアンとの戦場に送り込んだのが、メディセ家なのはご存知?」
「いえ…そうだったのですか?」
「ボーディアンとの情勢が不安定になった頃に、お若くしてコーネリアス先王陛下が即位されたの。エメライン様は当時、唯一の婚約者候補だったのだけれど、サディアスはその婚約に真っ向から反対して、他国の姫君を娶るように進言していた。それを疎んだメディセ一門に、『王弟が前線に立てば、兵の士気が上がる』と強引に戦地行きを決定されたのよ。メディセ家にはこれまでに何人も王女が降嫁していて、王家との血の繋がりは濃いのだけれど、王妃を挙げる事は何代も出来ていなかった。漸く巡って来た機会を、逃したくなかったのでしょう」
貴族の末席にはいるけれど、名誉も権力も無縁のウェインズ家に生まれた私からすると、王妃の椅子は、人一人の命を賭けてまで得なければならないものだとは思えない。
「先王陛下はよく言えばお優しい、厳しい言葉で言えば気弱な所がおありだった。だから、その決定を問答無用で却下する事は出来なかったの。せめてもの抵抗が、ボーディアンとの戦が終わるまでは、結婚しない、と言う事。メディセ家は慌てたでしょうね。世継ぎの為にも早く結婚を、と話を進めるつもりだったのだから」
フェリシア様は、苦い顔をした。
「戦地では、混乱に紛れてサディアスの命を狙うマスカネル兵もいたそうよ。サディアスがいなければ、世継ぎの誕生は何よりも最優先事項になるもの。メディセ家の差し金でしょう。まだ若かったサディアスは、国益よりも私欲を優先する彼等に絶望して自暴自棄になり、己の怪我も命も顧みない戦い方をするようになったの。その時に起きたのが、『マグノリアの奇跡』。サディアスは死を覚悟したけれど、ランドンに救われた。後日、何故、助けたのか、と問うたら、ランドンは何て答えたと思う?」
少し考えてみるけれど、我が父ながら、判らない。
父は、友人ならともかく王族を守る為、と言う理由で命を賭けるような忠誠心は持ち合わせていない。
「『死にたい、と言う顔をしていたから』。そう、言ったのよ。『戦争は、死にたくない者同士が、互いの正義の為に戦う場所だ。そこに死に場所を求めるのは間違ってる。どれだけの人間が、死にたくない、と思いながら死んでいった事か。命は皆、誰のものでも、重いんだ。生きる為に命を張っている人達の中で、一人、楽になろうとするのは、許されない。ましてや、あんたは全兵士の命に責任を負う人だろう。死んで責任を投げ出すのか。そんな軽い気持ちで、兵の命を預かってるのか』。サディアスが王弟だと知りながら、ランドンははっきりと自分の言葉で『貴方は間違っている』と言ったの。サディアスは王家に生まれた人間だもの。それまで、誰かに己を否定された事なんてなかった。なのに、平民で年下のランドンに叱られて、激しい衝撃を覚えたそうよ」
「それは…何と言うか…」
父らしい。
父には、不敬覚悟で進言した、と言うつもりもない。
思った事を、思ったように口にしただけだろう。
この発言で、罰せられる可能性がある事すら、考えもしなかったに違いない。
「サディアスは、大怪我を負った後、キャンビル辺境伯家で療養していたわ。病室を訪れてサディアスの功績を褒め称える人々と面会すると、必ず、その後に悩んでいる顔をしていたから話を聞いてみたら、ランドンとの事を話してくれたの」
ユリシーズ様に伺った話によると、サディアス様は、看病してくれたキャンビル辺境伯家の凛々しいご令嬢フェリシア様に一目惚れしたらしい。
けれど、『マグノリアの奇跡』の英雄となったサディアス様の告白に、フェリシア様は頷かなかった。
他のご令嬢とは異なり、戦いのいろはをご存知のキャンビル家のご令嬢もまた、サディアス様の無茶な戦い方に腹を立てていたからだ。
父に同調したフェリシア様の言葉を聞き、サディアス様は、父の「命を軽んじて、死のうとするな」と言う非難の言葉と、周囲の「命を顧みず、敵将を討ち取って素晴らしい」と功績を称える言葉をじっくり考えた。
そして、次に父に会った時に、
「君の言葉を、私なりに考えてみた。確かに、私は途中で己の責任を投げようとしていた。忌憚ない指摘に感謝する。これからは、己の責務にもっと真正面から向き合う」
と伝えた。
父は、きょとんとした後、
「言葉がむつかしくってよくわかんねぇけど、ちゃんと自分の頭で考えてて、偉いなぁ!」
と言ったらしい。
父よ……。
言いそうだ、と思ってしまうだけに、何も考えずに発言している事が判って怖い…。
サディアス様は、その反応を見て、父が深い意味も裏もなく、思った事をただ発言しているのだ、と気づいた。
不敬罪覚悟で諫めたわけでも何でもなかった。
拍子抜けすると同時に、そんな人間がそれまで周囲にいなかった事から、王弟サディアス・マスカネルとしてではなく、ただのサディアスの友として、父を望んでくださったのだ。
「その後、『王弟が平民を友と呼ぶと、貴族社会で軋轢を生む』と言って、コーネリアス先王陛下がランドンに授爵してくださった。わたくし達は生まれながらの貴族だから、ランドンにとっても、貴族の身分を得る事は幸せな事だろう、と思い込んでいたの。でも…それは驕りだった。わたくし達の想像とは違って、ランドンは、貴族の社会の中で、とても窮屈そうだったわ。ランドンの本質が、与えられた身分で変わる事はなかったけれど、周囲の期待が変わってしまったのね。サディアスは、友人を苦しめていると、ずっと悩んでいた。…ダリウスにミカエラさんと距離を置くように言ったのも、それが理由よ。ランドンが育てたミカエラさんは、貴族の令嬢にはあり得ない、自由でのびのびとした『娘さん』だったから。このまま、公爵家の付き合いに巻き込まれたら、貴方が窒息してしまうのではないか、貴方が傷つけられるのではないか、貴方の素直な心が喪われてしまうのではないかと、心配していたのよ」
フェリシア様は、ふぅ、と大きく溜息を吐いた。
「今は、余計な事をした、と思うわ。ダリウスもミカエラさんも、遠回りをして傷ついたのだから。わたくし達は、人は変わるのだ、と言う事を、本当の意味で理解していなかったのでしょうね。確かに、あの頃のミカエラさんには、難しかった。でも、今のミカエラさんならば、あらゆる悪意を跳ね除け、清濁併せ飲んで、ダリウスと公爵家を支えてくれるでしょう?」
人は変わる。
それは、確かだ。
けれど、私は恐らく、あのまま、ダリウス様の庇護下にあっただけならば、変わろうと考える事もなかっただろう。
だから、あの決別は、必要な事だったのだと思う。
「今はまだ、その力がある、と言い切る自信はございません。ですが、ダリウス様の隣で同じ方向を向いて歩んで行く、その為の努力を惜しまない、と決めております」
「頼もしいわ」
ふふ、と品よく笑った後、フェリシア様は、きり、と眦を決する。
その姿は、一本芯の通った姿勢も相俟って、戦女神のように美しい。
「さぁ、ミカエラさん。よろしくて?社交場は戦場よ。この手に勝利を掴みましょう」
めでたしめでたし。
とはならないのは、よく判っている。
問題は、山積みなわけで。
「…あのね、私を選んでくれたのは嬉しいんだけどね。現実問題として、王弟である筆頭公爵家当主と、名誉爵位の男爵令嬢(バツイチ)って、色んな意味で許されるの?」
「バツイチ、ってなんだ?」
「え、と…出戻り、って事」
ダリウス様は、少し考える顔をした。
「高位の貴族になるほど、柵が多いのは事実ではある。だが、前にも話したように、ノーレイン家は政略結婚をしなければならない状況にはない」
「うん…でも、公爵の結婚は、伯爵位以上の高位貴族のご令嬢としか出来ないって」
「よく知ってるな?」
「一応、女学校ではちゃんと勉強したから…」
ダリウス様との距離が、自分が想像していた以上に遠かった事を知って、静かに打ちのめされた日の事を思い出す。
「それには、例外があるのも知ってるか?」
「何か功績を上げて陛下の覚えがめでたいとか、特殊な才能があるとか…」
私には、残念ながら何も功績はないし、歴史に名を残すような才に恵まれているわけでもない。
「お前、俺が誰だか判ってるだろう?俺はダリウス・ノーレイン。この国の筆頭公爵だ。俺の決定に異論を挟める者は、国王を除いて誰もいない。そして、その国王は、俺の兄だ。兄上が、俺の決定に反対する事はない」
自信満々に言うダリウス様に、そうかも、と引きずられそうになりながら、ユリシーズ様に釘を刺された事を思い出す。
「兄としてのユリシーズ様はそうかもしれないけど、国王としてのユリシーズ様は別の判断をなさるのでは…」
「縁談を断り続ける俺に兄上は、『望む相手を自ら探すように』と命じている。使える者は王でも使う。お前を、妻に出来るなら」
ダリウス様が、きっぱりと言い切った。
その強い瞳に、思わず息を飲む。
「ミカエラ。俺と幸せになる覚悟はあるか?」
「それは…うん」
互いの心の在り処が判ったと言うのに、もう離れられるとは思えない。
違う。
離れたく、ない。
「ならば、俺に望まれていると言う自信を持て」
――あぁ、そうだ。
幸せとは、待っていれば、向こうから勝手にやって来るものではない。
誰か幸せにしてくれないかな、と、いつか与えられる日をぼんやりと願うものでも、与えられない事を嘆くものでもない。
自らの足で、歩いて探して掴み取らなければならないのだ。
「お前以外、俺は要らないんだ」
私も、ダリウス様以外は要らない。
***
園遊会当日。
私は、記念式典に参加する為に午前のうちに出発したダリウス様とは、別行動を取っていた。
王宮の迎賓館へと向かう馬車の中、私と向き合うようにして、フェリシア様が姿勢良く腰掛けていらっしゃる。
フェリシア様は、国王ユリシーズ様の母でありながら、国母として扱われていない。
今回の園遊会も、国王の母としての参加ではなく、ノーレイン前公爵夫人として招かれているのだ。
「メディセ家は、未だに王位への未練を残しているのよ」
フェリシア様は、そう皮肉気に仰った。
「それ程までに、メディセ公爵の影響力は強いのですか」
「そうね。今でも影響力を残す最大の理由は、アラベラさんが王妃となった事でしょう。でも、あれだけ幼少期からアラベラさんを虐げておきながら、彼女がメディセ家の従順な駒であると、未だに思い込んでいられるのは凄いわ」
それだけ、メディセの権力に絶大なる自信があるのでしょうね。
そう、フェリシア様は付け加える。
「サディアスをボーディアンとの戦場に送り込んだのが、メディセ家なのはご存知?」
「いえ…そうだったのですか?」
「ボーディアンとの情勢が不安定になった頃に、お若くしてコーネリアス先王陛下が即位されたの。エメライン様は当時、唯一の婚約者候補だったのだけれど、サディアスはその婚約に真っ向から反対して、他国の姫君を娶るように進言していた。それを疎んだメディセ一門に、『王弟が前線に立てば、兵の士気が上がる』と強引に戦地行きを決定されたのよ。メディセ家にはこれまでに何人も王女が降嫁していて、王家との血の繋がりは濃いのだけれど、王妃を挙げる事は何代も出来ていなかった。漸く巡って来た機会を、逃したくなかったのでしょう」
貴族の末席にはいるけれど、名誉も権力も無縁のウェインズ家に生まれた私からすると、王妃の椅子は、人一人の命を賭けてまで得なければならないものだとは思えない。
「先王陛下はよく言えばお優しい、厳しい言葉で言えば気弱な所がおありだった。だから、その決定を問答無用で却下する事は出来なかったの。せめてもの抵抗が、ボーディアンとの戦が終わるまでは、結婚しない、と言う事。メディセ家は慌てたでしょうね。世継ぎの為にも早く結婚を、と話を進めるつもりだったのだから」
フェリシア様は、苦い顔をした。
「戦地では、混乱に紛れてサディアスの命を狙うマスカネル兵もいたそうよ。サディアスがいなければ、世継ぎの誕生は何よりも最優先事項になるもの。メディセ家の差し金でしょう。まだ若かったサディアスは、国益よりも私欲を優先する彼等に絶望して自暴自棄になり、己の怪我も命も顧みない戦い方をするようになったの。その時に起きたのが、『マグノリアの奇跡』。サディアスは死を覚悟したけれど、ランドンに救われた。後日、何故、助けたのか、と問うたら、ランドンは何て答えたと思う?」
少し考えてみるけれど、我が父ながら、判らない。
父は、友人ならともかく王族を守る為、と言う理由で命を賭けるような忠誠心は持ち合わせていない。
「『死にたい、と言う顔をしていたから』。そう、言ったのよ。『戦争は、死にたくない者同士が、互いの正義の為に戦う場所だ。そこに死に場所を求めるのは間違ってる。どれだけの人間が、死にたくない、と思いながら死んでいった事か。命は皆、誰のものでも、重いんだ。生きる為に命を張っている人達の中で、一人、楽になろうとするのは、許されない。ましてや、あんたは全兵士の命に責任を負う人だろう。死んで責任を投げ出すのか。そんな軽い気持ちで、兵の命を預かってるのか』。サディアスが王弟だと知りながら、ランドンははっきりと自分の言葉で『貴方は間違っている』と言ったの。サディアスは王家に生まれた人間だもの。それまで、誰かに己を否定された事なんてなかった。なのに、平民で年下のランドンに叱られて、激しい衝撃を覚えたそうよ」
「それは…何と言うか…」
父らしい。
父には、不敬覚悟で進言した、と言うつもりもない。
思った事を、思ったように口にしただけだろう。
この発言で、罰せられる可能性がある事すら、考えもしなかったに違いない。
「サディアスは、大怪我を負った後、キャンビル辺境伯家で療養していたわ。病室を訪れてサディアスの功績を褒め称える人々と面会すると、必ず、その後に悩んでいる顔をしていたから話を聞いてみたら、ランドンとの事を話してくれたの」
ユリシーズ様に伺った話によると、サディアス様は、看病してくれたキャンビル辺境伯家の凛々しいご令嬢フェリシア様に一目惚れしたらしい。
けれど、『マグノリアの奇跡』の英雄となったサディアス様の告白に、フェリシア様は頷かなかった。
他のご令嬢とは異なり、戦いのいろはをご存知のキャンビル家のご令嬢もまた、サディアス様の無茶な戦い方に腹を立てていたからだ。
父に同調したフェリシア様の言葉を聞き、サディアス様は、父の「命を軽んじて、死のうとするな」と言う非難の言葉と、周囲の「命を顧みず、敵将を討ち取って素晴らしい」と功績を称える言葉をじっくり考えた。
そして、次に父に会った時に、
「君の言葉を、私なりに考えてみた。確かに、私は途中で己の責任を投げようとしていた。忌憚ない指摘に感謝する。これからは、己の責務にもっと真正面から向き合う」
と伝えた。
父は、きょとんとした後、
「言葉がむつかしくってよくわかんねぇけど、ちゃんと自分の頭で考えてて、偉いなぁ!」
と言ったらしい。
父よ……。
言いそうだ、と思ってしまうだけに、何も考えずに発言している事が判って怖い…。
サディアス様は、その反応を見て、父が深い意味も裏もなく、思った事をただ発言しているのだ、と気づいた。
不敬罪覚悟で諫めたわけでも何でもなかった。
拍子抜けすると同時に、そんな人間がそれまで周囲にいなかった事から、王弟サディアス・マスカネルとしてではなく、ただのサディアスの友として、父を望んでくださったのだ。
「その後、『王弟が平民を友と呼ぶと、貴族社会で軋轢を生む』と言って、コーネリアス先王陛下がランドンに授爵してくださった。わたくし達は生まれながらの貴族だから、ランドンにとっても、貴族の身分を得る事は幸せな事だろう、と思い込んでいたの。でも…それは驕りだった。わたくし達の想像とは違って、ランドンは、貴族の社会の中で、とても窮屈そうだったわ。ランドンの本質が、与えられた身分で変わる事はなかったけれど、周囲の期待が変わってしまったのね。サディアスは、友人を苦しめていると、ずっと悩んでいた。…ダリウスにミカエラさんと距離を置くように言ったのも、それが理由よ。ランドンが育てたミカエラさんは、貴族の令嬢にはあり得ない、自由でのびのびとした『娘さん』だったから。このまま、公爵家の付き合いに巻き込まれたら、貴方が窒息してしまうのではないか、貴方が傷つけられるのではないか、貴方の素直な心が喪われてしまうのではないかと、心配していたのよ」
フェリシア様は、ふぅ、と大きく溜息を吐いた。
「今は、余計な事をした、と思うわ。ダリウスもミカエラさんも、遠回りをして傷ついたのだから。わたくし達は、人は変わるのだ、と言う事を、本当の意味で理解していなかったのでしょうね。確かに、あの頃のミカエラさんには、難しかった。でも、今のミカエラさんならば、あらゆる悪意を跳ね除け、清濁併せ飲んで、ダリウスと公爵家を支えてくれるでしょう?」
人は変わる。
それは、確かだ。
けれど、私は恐らく、あのまま、ダリウス様の庇護下にあっただけならば、変わろうと考える事もなかっただろう。
だから、あの決別は、必要な事だったのだと思う。
「今はまだ、その力がある、と言い切る自信はございません。ですが、ダリウス様の隣で同じ方向を向いて歩んで行く、その為の努力を惜しまない、と決めております」
「頼もしいわ」
ふふ、と品よく笑った後、フェリシア様は、きり、と眦を決する。
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