推定聖女は、恋をしない。

緋田鞠

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「…もう一度、言って頂けますか」
「えぇ。アイル王国は、第三王女ジェシカをヒースクリフ陛下に嫁がせたいと望んでおります」
 ここまでは、想定通り。
「ジェラルディン殿下のお母上は、私達の叔母であるロレッタ様でした。両国の和平の為に嫁がれましたが、残念ながら使命は十分に果たせたとは言えません。それは何故か。アイルの姫がガルダに嫁ぐだけでは、友好を深めるのに弱かったのですよ。ならば、ガルダの姫にも、アイルに嫁いで貰えばいい」
「しかし、バートランド殿もご存知のように、ガルダの王族は少ないのです。アイル王族に嫁がせられる年齢の姫はおりません」
「ですから、」
 バートランドは、彼自身の要望で同席していたニーナに視線を向けて、にっこりと微笑んだ。
「ニーナ嬢を、望みます」
 使節団訪問二日目。
 使節団の求めに応じて、ヒース、ディーン、側近達、そして、宰相が集まった中、口火を切ったのはバートランドだった。
 彼は開口一番、
「ガルダとアイルで、花嫁を交換しましょう」
と言ったのだ。
 余りにも突然の一言にヒースが聞き返した結果が、ニーナへの求婚だった。
「…ニーナは、私が後見をしておりますが、ガルダ人ではありません」
 ディーンが、一つ大きく息を吸い込んでから、バートランドに反論する。
「この国に来て一年。漸くガルダに慣れて来た所で、到底、他国に嫁げる状態ではありません」
「そうですか?このように、国の重鎮が集まる中でも落ち着いている姿を見れば、十分、王妃の器だと思いますが」
「王妃、とは一体…」
「王太子である私の正妃に、と望んでいます」
 ざわり、とガルダ側の人々がざわめいた。
 確かに花嫁の交換とは言っていたけれど、まさか、次期国王となるバートランドの正妃とは。
 幾ら落ち人とは言え、正妃の娘であるジェシカと、ニーナを同格に扱っている事になる。
 しかし、前もって伝えられていたのであろうバートランドの隣席に座るジェシカは、変わらぬ笑みを浮かべたままだ。
「ラヴィル川を巡る提案は、実に興味深いものでした。確かに、落ち人には私達にはない知識と発想があるのでしょう。ですが、ただ受け入れるには、人的にも金銭的にも負担の大きい事業である事も確かです。現状、アイルとガルダは友好的な関係を築けているとは言い難い。ですから、花嫁を交換し、両国の友好を深める前提でなければ、承諾しかねます。計画が途中で頓挫しては困る。ニーナ嬢は、ガルダ王国でとても大切にされているようですからね。何せ、後宮で暮らしているのですから、姫と同等と考えて構わないでしょう。彼女がアイルで暮らしていれば、ガルダの皆様もアイルとの友好を深めてくださる筈です」
「おっしゃりたい事は判ります。ですが、バートランド殿下にもご理解頂いているように、ニーナは落ち人。王族は後見人ではありますが、結婚相手を指示する権限は持ちません。ニーナの伴侶は、あくまでもニーナの判断で選ばなければなりません」
 涼やかな表情は崩さず、内心、冷や汗をかきながら、ディーンはそう言葉を続ける。
 ガルダ王家から、ニーナに命令はしない。
 これが、外交の場でアイルと波風を立てずに抵抗できる精一杯だ。
「ならば、」
 バートランドは、再度、ニーナを見遣る。
「ニーナ嬢が、私の手を取ってくださればいいのですね?」
「……えぇ。ニーナの意思でしたら、私達には口出しする権利はありません」
「承知しました。では、日を改めて、ニーナ嬢との時間を作って頂く事にしましょう」



「まさか、ニーナ様を交換条件にするとは…」
 アイル使節団の面々とガンズネル宰相が去った後、顔色を悪くしたウルヴスが思わずと言った様子で呟いた。
「やられたな…アイルが求めているのは、落ち人の知識だろう。アイルに前回落ち人が現れたのは百年前。存命とは思えん。ラヴィル計画は、かつてない壮大な規模故、判断材料になるかと落ち人提唱と明記したのがまずかった」
 ヒースもまた、珍しく青い顔で俯く。
 ヒースが調べた資料の中に、落ち人と王族が婚姻する事例は少なからずあったものの、その組み合わせは男性の落ち人と王女と言うものばかりだった。
 だから、失念していたのだ。
 王女との縁談よりも、王太子に持ち掛けられた縁談の方が、断るのが困難である事を。
 ライオネルは悲壮な顔で両の拳を握り締めているし、ヒースの側近達もまた、憤りに震えている。
 ただ一人、能面のように無表情なのはディーンで、彼はじっと黙って机上を見つめていたかと思うと、ハッとした顔で面を上げた。
「ガンズネル宰相…」
「ん?」
「ガンズネル宰相です!彼だけは、アイル側の提案に驚いた様子を見せませんでした」
 いつでも冷静に外交の場に立たなくてはならないのは確かだし、ガンズネルはニーナと常に一定の距離を取っていたけれど、それにしても、他国の王妃にと望まれて全く無反応なのはありえない。
 ガルダの縁者がアイルに嫁ぐと言う事は、外交上、大きな意味を持つと言うのに。
「ガンズネル宰相は、アイル側が花嫁の交換を持ち掛けると事前に把握していたと言う事ですか?」
「ならば、何故、報告がなかったのでしょう」
「あの場でも、是とも非とも何ら反応をされておりませんでした」
 ざわざわと側近達が口を開く中、ディーンが、ぽつりと呟く。
「ガンズネル宰相にとっては、婚姻外交が成功しても失敗しても、利があると言う事では…」
「つまり?」
「婚姻外交が成功した場合、兄上の妃にジェシカ姫、バートランド殿下の妃にニーナ、そして恐らく、僕の妃にガンズネル公爵令嬢を押し込むのでしょう」
「なるほどな。他国の姫と公爵令嬢が共に私の妃候補に挙がれば、常識的に考えてジェシカ姫が正妃となる。ならば、王弟として存在感の確かなディーンの正妃にした方が、ガンズネル公の影響力が増すと言う判断か」
「兄上の姻族よりも、僕の姻族の方が、監視の目が緩いと言う判断もあるでしょう。それに、ガルダ側が申し入れを拒否し、婚姻外交が失敗に終わってもいいんだと思います。先程の様子を見る限り、バートランド殿下は婚姻外交とラヴィル計画を切り離して考えてはくれない。婚姻外交が不成立になれば、それをきっかけに僕達の責任を追及し、戦端を開けばいい。ガンズネル宰相の本来の計画通り、アイルに侵攻する事ができます」
 証拠など、何一つない。
 ただの想像だ。
 けれど、ディーンの予想を否定するには、余りにもガンズネルの挙動が不自然だ。
「どちらにせよ、警戒するしかないが…どう、現状を打開する?」
 ヒースが腕を組み、焦燥を隠さない面々をぐるりと見遣ると、八方塞がりの状況の中、ニーナだけは冷静な様子を保っている。
 当事者である自覚があるのかどうかすら、傍目には判らない。
「ニーナ…ごめん、まさか、こんな事に巻き込むなんて」
 ディーンが苦しそうに告げると、ニーナは小首を傾げて否定した。
「大丈夫。誰も、予想できなかった事でしょう?」
「そうだけど…でも…君に、結婚を強いないと約束した直後にこんな話…」
 ディーンから聞いていなかったのか、ヒース以外の面々の肩が、ぴくりと跳ねる。
「…ニーナ様」
 躊躇いながら、ウルヴスが、口を開いた。
「ニーナ様がガルダにいらして、一年が過ぎました。ご結婚についてのお考えは以前伺っておりますが、お気持ちに変化はないと言う事ですか…?」
「うん」
「何故、と伺ってもよろしいでしょうか。私的な事柄に踏み込むのは不躾であると思い、これまで、尋ねる事を控えて来ました。ですが…このままでは、お守りする事ができなくなるかもしれません」
 ニーナは溜息を吐くと、固唾を飲んで彼女を見守る人々の顔を見遣る。
 戦争を避けたい。
 ヒース、ディーン及び側近達の思いは、この一点において一致している。
 けれど、その為に提示された条件は二つとも、彼等にとって受け入れ難いものでしかなかった。
 思いの大きさに違いはあれど、この場にいる面々は皆、ニーナを憎からず思っている。それこそ、生涯の伴侶に選ばれたならば、誠意を込めて尽くそうと思う程度には。
 誰一人として、戦争回避の為にアイルに嫁いで欲しい、とは思っていなかった。
「ごめんね、大した事じゃないんだけど、恥ずかしくてちょっと言えない。でも、結婚しなくても戦争を回避する方法はあると思ってる。だから…まずは、あちらの出方を見させて貰えないかな?」
 揺らぐ事のないニーナの声に、不安と焦燥に浮足立っていた面々が次第に落ち着いて来る。
「ニーナ。一人で抱えるのではなく、何でも話すと約束してくれるか?」
「はい」
 ヒースの念押しに、ニーナがはっきりと答えた事で、今後の対応は保留と言う形になった。
 問題の先延ばしであると思う一方、ニーナならば、自分達では思いつかない解決の糸口を見つけてくれるのでは、と期待してしまうのは、彼女のこれまでの行動の結果だ。
 これまでのガルダにない発想を見せてくれる異世界人の女性。
 それが新鮮だからだけではなく、誰かに寄りかからずに自分の足で立とうとする姿に、心惹かれて止まない。
 何でも自分でしようとする姿を好ましいと思うと同時に、誰よりも頼って欲しいとも思う矛盾。
 だからこそ…ニーナをただ、人質、そして知恵の泉として扱うような発言をしたアイルが許せない――。
 ニーナが何と言おうと、彼女の望まない結末にはしない事を、彼等は胸に誓った。
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