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 新人との面談は大抵編集部まで来てもらう事が多いが、彼の強い希望で自宅で会う事になった。 

 普通なら変わった人間と敬遠する事かもしれないが、強烈な人物を求めている羽津宮にとって、それすら期待を抱かせる要素に感じ、それに応じたのだ。

 メールで送られて来た彼の住所は、都庁等の高層ビルが立ち並ぶ新宿にあった。

 住所を頼りに歩くと、ガヤガヤとした繁華街から一歩路地を入った所に、意外な程、立派なマンションが立っていた。

 羽津宮は彼の年令からして賃料の安いワンルームマンションのような物を想像していたので、その意外性に驚いたが、それと同時に膨らむ期待に背中がソワソワとし始めていた。

 オートロックのエントランスで彼の部屋番を押すと、子供のような声で「どうぞ」と答えが帰って来て、大きなガラスのトビラがスーっと空いた。

 10階までエレベーターで上がりメールに書かれた部屋を探し首をふると少し向こうの部屋で扉を空けて青年が待っているのが見えた。2人は軽く会釈をし、羽津宮が部屋に着くまでの少しの時間を、気まずく視線を外して待った。

「今日は、宜しくお願い致します。グローバル出版の羽津宮と申します」

「あっあああっ、お願いします。神崎春(かんざき しゅん)と言います。どッどうぞ入って下さい」

 その姿は想像していたより若く見えた。と言っても今風の青年と言った感じでは無く、田舎の子と言った方がしっくり来るだろう、垢抜けない素直な感じが少年のように若く見せていた。

 神崎は少し人見知りをするらしく、話す時に少しどもるクセがあった。

「どっ、どうど座って下さい」

「すみません、おじゃまします」

 羽津宮はソファーに腰を降ろし部屋を見渡した。部屋の中は意外と広く、神崎の印象とは似つかないオシャレな家具でまとめられている。奥の部屋にはパソコンが数台置かれており3台のモニターが、カーテンが閉められた薄暗い部屋で青白い光を放っている。

「一人暮らしですか」

「はっはい・・・」

「お仕事はパソコン関係なんですか、凄そうなパソコンが並んでますね、すごいな」

「いっいえ、僕はまだ学生なので・・・しっ仕事とは・・」

「そうでしたね、あまりにも凄いパソコンだったのでプロフィールに書かれていた事を忘れてしまいましたよ」

「あっすみません・・」

 羽津宮は何とか気楽に話せるようにと堅苦しい話し方を避けたが、あまり効果は無く会話はすぐに途切れた。

「失礼だけど質問していいかな、ここの家賃高そうだけど親御さんの支援かなにか」

「いっいえ、ネットでかっ稼いでます。家賃はそのお金で」

「そっそうなんだ、凄いね」

羽津宮はその意外な答えに驚きを隠せなかった。裕福な親を持ちその支援での学生生活だろうと予想していたからだ。驚きはしたがそれと同時に期待が大きく膨らんだ。

「そう言う事か、ネットの事は熟知してるんだね。だから小説の舞台もネットなんだ」

「はっはい、もっもし小説じゃなくてこの内容をじっ実行したら大騒ぎになると思います。実際に出来る事ですから、でっでも無理だから・・・」

「そういうことか・・・どうりで説得力がある訳だ」

 そうつぶやくと羽津宮は「これは行ける」と確信した。

 そしてモモさんが言っていたこの質問に対して彼がどう答えるか強い興味がわいて試すような気持ちで質問を投げかけた。

【作った本人の作品に対する自信】

「君はこの作品を本当に売れると思っている」

「はっはい」

「もしそれが本心なら、君自身がお金を出して世に出せばいいじゃないか」

「お金が欲しいだけならそうします。だけどそれでは世間は僕を小説家とは認めはしない。ネット小説でも話題になる自信は在るけど出版しない限りそれはただのデータなんです。それに大手出版社が僕の作品でお金儲けをする。そこに快感があるんですよ。あっいやすみません」

 この答えだけ、どもる事無く話す彼をみて、それが彼の本心だと言う事はすぐにわかった。

「なるほど。よくわかったよ。僕もこの作品は面白いと思っているし、売れると信じている。会社には僕からプレゼンしてみるから待っててください」

「あっはい、よろしくお願いします」

 それから羽津宮はいくつかの質問と確認をして彼の部屋を後にした。

【説得力は作品の善し悪しより企画性が持っている】

「なかなか面白いよな彼。これは法則どおり企画性はばっちりだし、僕の企画書の書き方次第で何とかなるかもな」

 そう感じながら原稿をお願いしている先生のもとへ急いだ。
 
 翌日羽津宮は朝一番に椎名編集長の元へ行った、昨日なんとか先生をせかして原稿を仕上げてもらい持ち帰る事が出来たのだ。

「おはようございます。昨日先生のお宅で待たせてもらいました。あの先生ああ見えて気が弱いんですよね、若手が頑張ってますよって言ったら急いで仕上げてくれました。来月は期日にお願いしますよって言っておきましたから来月は大丈夫だと思います」

「フッフッフ、そうか。それは良かった。あんまり作家をいじめないようにしたまえ。ところで会いに行った新人君はどうだった、手応えはあったのか」

「はい。良かったです。この作品に対する気持ちもかなり入ってますし。それに応募した動機も『作家デビューが目的で、お金が目当てなら自費で出版します』なんて強気な事言ってましたから、こっちの気持ちまで動かされますね。」

「そうか、面白そうだな。作品には作者の気持ちが絶対に出るからね。本人が本気で売れると思っていない作品はそれだけで力が無い。その作品と作家のプレゼン資料作って出来たら持ってきなさい」

「はいわかりました、では失礼します」

そう言って羽津宮は自分のデスクに戻った。

 席に戻ると金子チーフが偵察するように話しかけてくる。

「どうだった先生の方は、間に合ったのか」

「はいなんとか、椎名編集長にはかなりしぼられましたけど・・・」

「そうだろうな、お前もしっかりやれよ。くれぐれも遅れるなよ、オレの責任になるんだからな。頼むぞ」

そう言うと安心したように仕事に戻った。

「ハック、やっぱむかつくっす金子。」

「良いんだよ、当然の事なんだから。」

「でもあの先生の担当元は金子チーフなんっすよ。それを遅れる事が多くて椎名編集長に怒られる事が多いからってちゃっかりハックを担当みたいにしちゃってさ」

「しょうがないよ、他に出来る事も無いし」

「そうっすけど、やっそんな事無いっすよ。」

「良いよ、気を使ってくれなくて。ほんとそうだから」

「あんま我慢しない方が良いっすよ、たまにはストレス発散しないと。今晩オレとクラブでも行きます」

「やっありがとう。遠慮するよ。僕ああいう所苦手で。それにそんなに落ち込んでないから気にしないで」

「そうっすよね。イメージ無いっすもんね。っていうかハック全然気にしてなさそうにも見えるしオレと一緒でもしかしてバカなんすか、へっへ」

「そうだねはっは。でも誘ってくれて、ありがとう」

 タケルが自分の愚痴を羽津宮も同じように感じてると決めつけて話してくる。優しさからの事なので嫌な気はしないが同調だけはしないように気をつけていた。

「『ハックも同じ事思ってますよ』なんて金子チーフに言い兼ねないからなタケル君、同僚の愚痴には同調するなってモモさんにも言われたし気をつけないと。でも僕に対するまわりのイメージは狙い通りだ」

 表面的には辛い立場に見えていながら内心では狙い通りと思っている羽津宮は周りから見れば、怒られてもめげない強い人間か、ただ何も考えていない馬鹿な若者に映るだろう。それは同世代のタケルの羽津宮への接し方でもわかった。

 その日の午後、編集部へコラムの件で来ていた陣が羽津宮の元へやって来た。

「よう元気してるか。やぁオレも必死やわ。」

「久しぶりだね。コラム凄く評判良いみたいだね、僕も楽しみにして毎回読んでるよ。陣君のコラム読むとその小説読みたくなっちゃって困るよ、仕事でもたくさん読まなきゃいけないのについ読んじゃうんだもん」

「はっはっは、それがオレの力や。師匠と呼んでええよ」

「や、ホント師匠だよ」

「それはそうと今日当りどうや。芋粥や。最近全然やったやろ。おれもやっとコラムの期日に間に合わすのになれて来たわ。今日はその提出日やねん。終わった所で行とかなまた一ヶ月行けへん気がするしな」

「そうなんだ、大変そうだね。」

「そうやねん、なんか評判良いって言われたら、なんかしょうもないの書けへんって思ってななんかプレッシャーやわ。それに締め切り閉めきりって編集部はうるさいし」

「そうなんだ、ごめんね。」

「なんでお前が謝んねん」

「あっ、つい。いつも先生に締め切り前になるとせかしに行くもんだから、書く方はそんなに辛いんだなって思って」

「そやぞ。オレなんかただのコラムやからええけど小説でこんなプレッシャーかかると思ったらゾッとするわ。ほんま先生には優しくしいや」

「あはっは、そうだねそうするよ。じゃあ仕事終わったら連絡するね」

「おう、堀越も誘っとくわ。じゃあな」

そう言うと歩きながら編集部の人間にあれこれと言いながら騒がしく陣は帰って行った。

「さすがだな陣君。この編集部の雰囲気の中でも飲屋街を歩いてるのと変わらないや」

 実際、陣のその誰とでも打ち解ける能力は凄まじく、誰とでも自分のペースで話し、また誰もが陣と話したいと思う、まるでそう思わせるオーラをまとっているように彼が近くに来ると誰もが話しかけてしまうのだ。

「モモさんの法則を完璧に出来ている人間って陣君のような人なんだろうな」

 羽津宮は心の中でそう感じていた。彼の人柄が仕事と人脈を広げて行っている。出世に執着している訳でもないが、気が付くと良い立場に来ている、そんな印象だ。
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