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深夜の襲撃(4)
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「あんたが?」
ジュールは一瞬驚いた様子を見せた後、明らかに不機嫌な顔になった。
「女が危険なことをするな!」
よくやったと言われるだろうと思っていたレナエルには、意外な言葉だった。
思わずむっとして反論する。
「……は? 抵抗もせずに、おとなしく捕まれっていうの? そんなこと、できる訳ないじゃない!」
「敵を倒す力もないくせに抵抗するのは、無謀でしかない。逆にやられてしまったら、どうするんだ。おとなしく助けを待つのが賢明だ」
「うまく助けが来るとは、限らないじゃない! だいたい、その男を倒したのはあたしなんだから!」
「ああ。足首を狙ったのは、ひ弱な女にもできる方法だな。だが、いつもうまくいくとは限らない。それに一人倒したところで、結局、あんたは捕まって、俺に助けられたんだろう?」
レナエルは一瞬、言葉に詰まった。
確かにさっきは、自分ではどうすることもできない状況に陥っていた。
そこを助けてくれたのが、この目の前の男だ。
本来なら感謝すべき相手なのかもしれないが、こんな風に見下されるのは悔しくてしかたがない。
上目遣いでジュールを睨みつける。
「どうせ捕まるのだとしても、一矢報いてやるわよ」
「小娘が。ただの思い上がりだ」
彼は吐き捨てるように言うと、ふんと鼻を鳴らして背を向けた。
そして、少し離れて様子を見守っていたこの館の主、ロドルフに歩み寄る。
「さっきも言ったが、男手を貸してほしい。この屋敷を襲った奴らを、ここに連れてこよう。それから、港に常駐している警備兵に連絡して欲しい」
「あ、ああ。そうでしたね。マルタン、オーバン、エディ。お前たちは、騎士様についていってくれ。それからブリス。お前は、急いで警備の詰め所に連絡。テランスはその男の見張りを続けてくれ」
ロドルフが慣れた様子で指示を出す。
名を呼ばれた男たちは短く返事をすると、それぞれ動き出した。
ロドルフは少し遅れて、ジュールの後を追っていった。
「あっ、あたしもっ」
主の後について駆け出そうとしたレナエルは、両肩を後ろにぐいと引っ張られ、のけぞった。
身をよじって後ろを見ると、優しい奥様が微笑んでいる。
「あなたは、こちらにいらっしゃい。何か温かいものを飲むといいわ」
「え……でも」
自分を襲った男たちが、警備兵に引き渡されるまでを見届けたい。
奴らを存分に罵ってやりたい。
いや、できれば一発……といわず、二三発殴りたい。
思わずぎゅっと握った右の拳を、エレイアが両手で包み込んで持ち上げた。
「だめよ。あなたの考えていることは、お見通しなんですからね」
そう言ってにこにこしながら、否応無しにレナエルを本館に引っ張っていった。
真夜中ではあったが、レナエルは泥で汚れた寝間着をいつものドレスに着替えた。
本館の小広間には他に、同じくドレスに着替えたエレイアと、メイド、用心棒代わりの腕っ節の強い男性使用人が一人。
それ以外の女性たちはそれぞれの部屋に戻り、男性は中庭で事件の対応に追われていた。
広間は建物の表側にあるため、中庭を窓から見ることはできず、騒がしさが伝わってくる程度にしか様子は分からない。
さっき、馬車や馬が正門を入ってきたのがカーテンの隙間から見えたから、警備兵が到着したのだろう。
一度落とされた暖炉の火が再び入れられ、柔らかな色がちらちらと揺れている。
ワゴンの上には、さくらんぼのリキュールを落としたお茶が入ったカップと、リンゴの焼き菓子。
どちらも、レナエルに気を使って準備された好物であったが、当の本人はそわそわと落ち着きなく部屋の中を歩き回ったり、カーテンの外を覗いてみたりしていた。
「レナ。せっかくのお茶が冷めちゃうわ。こちらにいらっしゃい」
暖炉の正面のソファでお茶を飲んでいたエレイアに手招きされ、しぶしぶ隣に腰掛けたようとしたとき、馬車の音が聞こえてきた。
「あっ!」
レナエルはすぐ立ち上がると、慌てて窓に駆け寄った。
カーテンの隙間から覗くと、少し前に入ってきた馬車と馬たちが門を出て行くのが見えた。
レナエルを襲った男たちが移送されていったようだ。
程なくして、廊下から数人の足音と話し声が聞こえてきた。
ドアを開けて入ってきたのはロドルフと騎士ジュール、テランスの三人だ。
「旦那様っ!」
「おお、レナエル。少しは落ち着い……ては、いないようだね」
レナエルが興奮した様子で駆け寄ると、ロドルフは肩をすくめて苦笑した。
だだっ子をなだめるように、両肩にぽんぽんと手を置く。
テランスも通りすがりに、レナエルの髪をくしゃりと撫でて行った。
ジュールは一瞬驚いた様子を見せた後、明らかに不機嫌な顔になった。
「女が危険なことをするな!」
よくやったと言われるだろうと思っていたレナエルには、意外な言葉だった。
思わずむっとして反論する。
「……は? 抵抗もせずに、おとなしく捕まれっていうの? そんなこと、できる訳ないじゃない!」
「敵を倒す力もないくせに抵抗するのは、無謀でしかない。逆にやられてしまったら、どうするんだ。おとなしく助けを待つのが賢明だ」
「うまく助けが来るとは、限らないじゃない! だいたい、その男を倒したのはあたしなんだから!」
「ああ。足首を狙ったのは、ひ弱な女にもできる方法だな。だが、いつもうまくいくとは限らない。それに一人倒したところで、結局、あんたは捕まって、俺に助けられたんだろう?」
レナエルは一瞬、言葉に詰まった。
確かにさっきは、自分ではどうすることもできない状況に陥っていた。
そこを助けてくれたのが、この目の前の男だ。
本来なら感謝すべき相手なのかもしれないが、こんな風に見下されるのは悔しくてしかたがない。
上目遣いでジュールを睨みつける。
「どうせ捕まるのだとしても、一矢報いてやるわよ」
「小娘が。ただの思い上がりだ」
彼は吐き捨てるように言うと、ふんと鼻を鳴らして背を向けた。
そして、少し離れて様子を見守っていたこの館の主、ロドルフに歩み寄る。
「さっきも言ったが、男手を貸してほしい。この屋敷を襲った奴らを、ここに連れてこよう。それから、港に常駐している警備兵に連絡して欲しい」
「あ、ああ。そうでしたね。マルタン、オーバン、エディ。お前たちは、騎士様についていってくれ。それからブリス。お前は、急いで警備の詰め所に連絡。テランスはその男の見張りを続けてくれ」
ロドルフが慣れた様子で指示を出す。
名を呼ばれた男たちは短く返事をすると、それぞれ動き出した。
ロドルフは少し遅れて、ジュールの後を追っていった。
「あっ、あたしもっ」
主の後について駆け出そうとしたレナエルは、両肩を後ろにぐいと引っ張られ、のけぞった。
身をよじって後ろを見ると、優しい奥様が微笑んでいる。
「あなたは、こちらにいらっしゃい。何か温かいものを飲むといいわ」
「え……でも」
自分を襲った男たちが、警備兵に引き渡されるまでを見届けたい。
奴らを存分に罵ってやりたい。
いや、できれば一発……といわず、二三発殴りたい。
思わずぎゅっと握った右の拳を、エレイアが両手で包み込んで持ち上げた。
「だめよ。あなたの考えていることは、お見通しなんですからね」
そう言ってにこにこしながら、否応無しにレナエルを本館に引っ張っていった。
真夜中ではあったが、レナエルは泥で汚れた寝間着をいつものドレスに着替えた。
本館の小広間には他に、同じくドレスに着替えたエレイアと、メイド、用心棒代わりの腕っ節の強い男性使用人が一人。
それ以外の女性たちはそれぞれの部屋に戻り、男性は中庭で事件の対応に追われていた。
広間は建物の表側にあるため、中庭を窓から見ることはできず、騒がしさが伝わってくる程度にしか様子は分からない。
さっき、馬車や馬が正門を入ってきたのがカーテンの隙間から見えたから、警備兵が到着したのだろう。
一度落とされた暖炉の火が再び入れられ、柔らかな色がちらちらと揺れている。
ワゴンの上には、さくらんぼのリキュールを落としたお茶が入ったカップと、リンゴの焼き菓子。
どちらも、レナエルに気を使って準備された好物であったが、当の本人はそわそわと落ち着きなく部屋の中を歩き回ったり、カーテンの外を覗いてみたりしていた。
「レナ。せっかくのお茶が冷めちゃうわ。こちらにいらっしゃい」
暖炉の正面のソファでお茶を飲んでいたエレイアに手招きされ、しぶしぶ隣に腰掛けたようとしたとき、馬車の音が聞こえてきた。
「あっ!」
レナエルはすぐ立ち上がると、慌てて窓に駆け寄った。
カーテンの隙間から覗くと、少し前に入ってきた馬車と馬たちが門を出て行くのが見えた。
レナエルを襲った男たちが移送されていったようだ。
程なくして、廊下から数人の足音と話し声が聞こえてきた。
ドアを開けて入ってきたのはロドルフと騎士ジュール、テランスの三人だ。
「旦那様っ!」
「おお、レナエル。少しは落ち着い……ては、いないようだね」
レナエルが興奮した様子で駆け寄ると、ロドルフは肩をすくめて苦笑した。
だだっ子をなだめるように、両肩にぽんぽんと手を置く。
テランスも通りすがりに、レナエルの髪をくしゃりと撫でて行った。
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