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黒馬の騎士の疑惑(6)

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 長剣を突きつけて脅しているのはレナエルなのに、いたぶっているのは明らかに彼の方だ。
 そんな奇妙な構図が長時間続いている。

 重いものを支え続けて、レナエルの腕はパンパンに張ってきている。
 剣先が細かく震えるが、どうにもならない。
 それでも必死に耐えているのは、目の前の男が、とにかくむかつくからだ。
 剣を下ろしたら負けだと感じるからだ。

 そんなレナエルの様子に、ジュールはもちろん気づいていた。
 にやりと笑って「下がっている」と指摘してから、じらすようにゆっくりと話を続ける。

「そして、ここからは想像だが、あんたの姉のところにも、殿下の騎士が配置されていたはずだ。怪しい双子の、片方だけを調べるはずはないからな。だが、あっちは防ぐことができなかった。ったく、一体、誰が配置されていたんだ!」

 ジュールが忌々しげに舌打ちした。
 ジネットが攫われたことを、彼は王立騎士団の失態として腹を立てているようだ。

 案外、任務に忠実で、真面目な性格なのかもしれない。

 そう思うと、このよく分からない状況も理解できる気がした。

「今までの話は、王太子殿下から口止めされてるのね?」
「いや」
「え? あたしに脅されて口を割ったことに、したいんじゃないの?」

 彼がわざわざ自分の剣を握らせ、「俺を脅せ」と言ったのだ。
 そうでなければこの状況は、説明がつかない。

 彼の長い前髪から覗く鋭い眼差しに、はっきりと愉悦の色が浮かんだ。

「俺は脅されて口を割るくらいなら、死を選ぶ。真の騎士は皆、そうだ。ま、あんた相手に、そんな状況にはなり得ないがな。おい、下がってる!」
「どういう……こと?」

 レナエルは呆然となった。

 これだけの苦行を強いられた理由が分からなくなり、なけなしの気力は一瞬で消えた。
 「下がってる」と叱責されても、もう重い長剣を支えられなくなり、鋭い切っ先が彼の目の前の土にさくりと落ちた。

 喉元の危険が消えたジュールは、身を乗り出すようにして、レナエルの顔を覗き込んだ。

「それに、もともと、王城に連れてくるときは、事情を説明した上で丁重にお連れしろと言われていた。あんたに何を話しても、全く問題はない」
「じゃあ……、なんであたしに、こんなこと、させたの……よ」

 屈辱感に声が震えた。
 息が上がり、全身から汗が噴き出している。
 長剣を握ったまま落ちた腕は、そのまま筋肉が固まってしまったように動かない。
 それでも、わき上がってくる怒りに、消えたはずのものが満ちてくる。

「こんな話、普通に説明しても、信じないだろう? ……というより、お前のその生意気な鼻っ柱を折ってやりたかった。その腕、もう限界だろう?」
「馬鹿にしないで!」

 怒りは一気に頂点に達した。
 レナエルは重い長剣を、土から一気に引き抜き、ぴたりと彼の喉元に狙いを定めた。

 彼は瞬時に身を引き、驚いたように眼を見開いた。
 しかし、直後にはまた、憎らしいほどの余裕の表情に戻る。

「ほぉ、なかなか。……だが、その程度では、最初から脅しでもなんでもない」

 そう言い終わらないうちに、レナエルの腕に、大きな衝撃が伝わった。

「あっ!」

 何が起こったのか分からなかった。
 ただ、両腕が痛いほどにしびれて、その苦痛が肩から背中へと広がっていく。
 左に払われた自分の両腕を見ると、その延長線上の土に斜めに突き刺さった長剣があった。

 恐る恐る視線を戻すと、彼がさっきより低い位置からがこっちを見ている。
 腰を前にずらし、下半身をねじったような体勢から考えると、その長い脚で剣身を蹴り払ったのだろう。

 レナエルと眼が合うと、彼はにやりと笑った。

「言っただろう? 最初から、脅しでもなんでもなかったと」

 彼はそう言いながら悠然と立ち上がると、服についた泥を払った。
 そして、呆然と立ち尽くしているレナエルに背を向けて、土に刺さった長剣を片手で軽々と引き抜いた。
 付いた泥をマントの裾で丁寧にぬぐい、剣身を太陽の光に透かして確認すると、すっと腰に納める。

 レナエルはその上背のある大きな背中を、ぼんやりと眺めていた。
 背筋を伸ばして長剣を扱うその慣れた動きは、実に堂々としていて美しかった。
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