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第1章 ラヴェラルタ家の令嬢は病弱である
街道での遭遇(1)
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ラヴェラルタ辺境伯領の中央広場は、石畳が敷き詰められた円形をしている。
その周囲を取り囲むように、様々な店舗が軒を連ねていた。
今日は、一月に一度開かれる三日間限定の市の初日。
領内外から集まった数多くの露店や屋台が、商店街の内側にもう一つの円を描いて並び、多くの客で賑わっていた。
そろそろ旬を終えようとしているトマトやズッキーニ、コーンなどの夏野菜の中に、葡萄やキノコが混ざり始め、季節の移り変わりを感じさせる。
そんな中、マルティーヌの興味が向けられるのは、もっぱら甘いお菓子だった。
「うーん。このアップルパイも相変わらず美味ぃ! 甘さ控えめの素朴な味がいいよね。ぺろっといけちゃう!」
大小の紙袋を抱えた少女は、大きい方の袋から黄金色に焼かれた小型のパイをもう一つ取り出すと、大きな一口で半分をかじり取った。
「あーもう! どうして一月に一回しか食べられないんだろう。毎日食べたいぃぃ!」
腰まで伸びた茶色の髪は、あまり手入れされていないのか背中で自由にうねっている。
少し陽に焼けた頬に散らばったそばかす。
身につけた白いブラウスはあちこち薄染みがついてくたびれ、スカートの裾も短い。
そこらの農民の娘のように見えるが、長い前髪の隙間からのぞくきらきら輝く青い瞳が印象的だ。
マルティーヌはもぐもぐと口を動かしながらあたりを見回した。
今いる場所から広場を横切った斜め向かいに、色とりどりのキャンディーが詰まった大瓶が並べられた屋台を発見し、嬉しくなる。
「あっ、あのお店は半年ぶり? また来てくれたんだ!」
その店に向かって歩き出すと、広場の中央に建てられた石像の台座の前で歩みを緩め、像を見上げた。
腰の長剣に右手を添え、今にもその剣を抜き払いそうな躍動感あふれるその女性像は、鋭い視線を遠くに黒々と広がる『死の森』に向けている。
しかし、顔立ちは女神を思わせるほど美しく、手足は細く華奢。
風になびく髪も長い。
彼女は、四百年前に『死の森』を支配していた魔王を討ち取った勇者だと言い伝えられており、町の人々からはベレニス様と呼ばれ親しまれていた。
彼女については謎が多く、周辺諸国の各地に数多くの像が建てられているものの、その姿形はどれも違う。
中でもこの像は、とびきりの美形に造られていた。
「ふん。お前なんか、勇者でもなんでもないくせに」
マルティーヌは小さく悪態をつくと、通り過ぎざまに素早く勇者像の台座に蹴りを入れた。
「だいたいさ、こんなに胸が大きかったら、魔獣と戦う時邪魔になるじゃん? 荒くれ者の冒険者が、こんなに綺麗なはずがないじゃない!」
彼女は、作者の妄想力がはるかに勝った、全く現実的でないこの像が大嫌いだった。
できることなら、粉々に叩き壊したいほどに——。
けれど、魔物が出現する『死の森』に隣接するラヴェラルタ領では、ベレニス像は人々から守り神と崇められる存在だ。
人目を盗んで、こっそり蹴ったり叩いたりする程度で我慢するしかなかった。
「さ、そんなことより」
気を取り直して、キャンディーの屋台に向かう。
小さなつぶつぶが混ざる赤いキャンディーは、きっと苺ジャムで風味づけしてあるのだろう。
細かく刻まれたレモンの皮が入っているものもあるし、ナッツやレーズンがたっぷり入ったヌガーもある。
「うっわぁ、ステキ! これは、半年分買っておかないと!」
青い瞳をを輝かせながら品定めしていると、突然背後が騒がしくなった。
「危ない! 逃げろ!」
「暴れ馬だ! 道を開けろ!」
振り向くと、さっきまでいたアップルパイの屋台のすぐ脇から、大きな茶色の馬が飛び出してきた。
その周囲を取り囲むように、様々な店舗が軒を連ねていた。
今日は、一月に一度開かれる三日間限定の市の初日。
領内外から集まった数多くの露店や屋台が、商店街の内側にもう一つの円を描いて並び、多くの客で賑わっていた。
そろそろ旬を終えようとしているトマトやズッキーニ、コーンなどの夏野菜の中に、葡萄やキノコが混ざり始め、季節の移り変わりを感じさせる。
そんな中、マルティーヌの興味が向けられるのは、もっぱら甘いお菓子だった。
「うーん。このアップルパイも相変わらず美味ぃ! 甘さ控えめの素朴な味がいいよね。ぺろっといけちゃう!」
大小の紙袋を抱えた少女は、大きい方の袋から黄金色に焼かれた小型のパイをもう一つ取り出すと、大きな一口で半分をかじり取った。
「あーもう! どうして一月に一回しか食べられないんだろう。毎日食べたいぃぃ!」
腰まで伸びた茶色の髪は、あまり手入れされていないのか背中で自由にうねっている。
少し陽に焼けた頬に散らばったそばかす。
身につけた白いブラウスはあちこち薄染みがついてくたびれ、スカートの裾も短い。
そこらの農民の娘のように見えるが、長い前髪の隙間からのぞくきらきら輝く青い瞳が印象的だ。
マルティーヌはもぐもぐと口を動かしながらあたりを見回した。
今いる場所から広場を横切った斜め向かいに、色とりどりのキャンディーが詰まった大瓶が並べられた屋台を発見し、嬉しくなる。
「あっ、あのお店は半年ぶり? また来てくれたんだ!」
その店に向かって歩き出すと、広場の中央に建てられた石像の台座の前で歩みを緩め、像を見上げた。
腰の長剣に右手を添え、今にもその剣を抜き払いそうな躍動感あふれるその女性像は、鋭い視線を遠くに黒々と広がる『死の森』に向けている。
しかし、顔立ちは女神を思わせるほど美しく、手足は細く華奢。
風になびく髪も長い。
彼女は、四百年前に『死の森』を支配していた魔王を討ち取った勇者だと言い伝えられており、町の人々からはベレニス様と呼ばれ親しまれていた。
彼女については謎が多く、周辺諸国の各地に数多くの像が建てられているものの、その姿形はどれも違う。
中でもこの像は、とびきりの美形に造られていた。
「ふん。お前なんか、勇者でもなんでもないくせに」
マルティーヌは小さく悪態をつくと、通り過ぎざまに素早く勇者像の台座に蹴りを入れた。
「だいたいさ、こんなに胸が大きかったら、魔獣と戦う時邪魔になるじゃん? 荒くれ者の冒険者が、こんなに綺麗なはずがないじゃない!」
彼女は、作者の妄想力がはるかに勝った、全く現実的でないこの像が大嫌いだった。
できることなら、粉々に叩き壊したいほどに——。
けれど、魔物が出現する『死の森』に隣接するラヴェラルタ領では、ベレニス像は人々から守り神と崇められる存在だ。
人目を盗んで、こっそり蹴ったり叩いたりする程度で我慢するしかなかった。
「さ、そんなことより」
気を取り直して、キャンディーの屋台に向かう。
小さなつぶつぶが混ざる赤いキャンディーは、きっと苺ジャムで風味づけしてあるのだろう。
細かく刻まれたレモンの皮が入っているものもあるし、ナッツやレーズンがたっぷり入ったヌガーもある。
「うっわぁ、ステキ! これは、半年分買っておかないと!」
青い瞳をを輝かせながら品定めしていると、突然背後が騒がしくなった。
「危ない! 逃げろ!」
「暴れ馬だ! 道を開けろ!」
振り向くと、さっきまでいたアップルパイの屋台のすぐ脇から、大きな茶色の馬が飛び出してきた。
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