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第1章 ラヴェラルタ家の令嬢は病弱である
(2)
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「きゃーっ! 坊やっ!」
金切り声をあげたのは母親だろうか。
恐慌状態で走り来る馬の前に、五歳ぐらいの幼い男の子が棒立ちになっていた。
「だれか! だれか助けて!」
「危ない!」
マルティーヌは迷わず石畳を蹴った。
手にしていた紙袋からアップルパイとクッキーが散らばる。
それらが地面に落ちるまでのわずかの間に、彼女の足は広場を横切り、両腕に幼子を納めた。
そして、棹立ちになった馬の蹄をすんでのところでかわし、野菜を売っていた露店をめちゃくちゃにしながら、向こう側の通路に転がり出る。
興奮しきった暴れ馬は、そのまま向かいのキャンディ屋の隣の花の露店を蹴散らし、商店の間の細い路地に消えて行った。
「うわぁぁぁん! おかあさーん!」
一瞬の出来事に凍りついていたその場が、子どもの泣き声で動き出す。
「大丈夫か」
「嬢ちゃん、よくやったな。怪我はないか」
子供を抱きかかえたまま、石畳に横向きに倒れていた少女のもとに、人々が集まってきた。
「ほら、手を貸そう」
一人の中年の男性が子供を抱えた少女を助け起こそうとしたとき、その場はまた騒然となる。
別の馬が先ほどの馬と同じ方向から走ってきたのだ。
「もう一頭来たぞ! 暴れ馬だ」
「みんな逃げろ!」
しかし、今度の馬は左の腿が赤く染まっており、その脚を半分引きずっていたせいで、速度はそれほどでもなかった。
馬は強引に広場を横切ろうとはせず、商店街と露店の間の隙間を駆けていく。
おかげで、人々や店舗に被害は及ばなかった。
「もう来ないか?」
二頭の馬が姿を現した方向を不安げに見やりながら、また、人々が集まって来た。
「ほら、もう泣かないで。大丈夫だからね」
マルティーヌは泣きじゃくる子どもを抱きかかえたまま、ゆっくりと立ち上がった。
「坊や!」
顔面蒼白で駆け寄って来た母親に子どもを渡す。
「大丈夫ですよ。怪我はしてないはずだから」
「ありがとうございます! 本当に、なんて……言ってい……いか……あぁ、ぼ……うや」
我が子を強く抱きしめた母親の言葉は、涙で途切れ途切れだ。
「無傷だなんて奇跡だ!」
「すごい勇気だな。きっとベレニス様が乗り移ったんだろう」
マルティーヌは周囲の賞賛の声に、「そんなことないわよ」と照れた様子を見せながら、二頭の馬が姿を表した方向をちらりと見た。
先ほどの馬は、大きな獣にでも噛まれたような傷を負っていた。
二頭ともこのあたりでは見かけない、手入れの行き届いた立派な馬だった。
鞍をつけていなかったから、貴人の乗った馬車を引いていたのかもしれない。
なにが起きた?
まさか、魔獣が出現した?
考え込む彼女の背後に、いつの間にか一人の男が立っていた。
広場の商店街で魔獣の素材や加工品を扱う店を営む、がっしりとした体つきの三十代前半ぐらいの無精髭の男だ。
「お嬢?」
伺いをたてるような彼の囁き声に、マルティーヌは彼を見やることなく声を落とす。
「バスチアン。馬と長剣、すぐに用意して」
「りょーかい」
最低限のやりとりだけで男は踵を返した。
彼もまた、マルティーヌと同じ疑念を持っていたのだろう。
彼女の指示の意図をすぐさま読み取った。
その背中にちらりと信頼の目を向けて、マルティーヌは大きく息を吸う。
「あぁっ! あれはっ!」
大声で叫びながら、先ほど馬が駆けて来た方向を指指すと、三頭目の暴れ馬が来たかと思った町の人々は、一斉にその方向に目を向けた。
人々の視線がそれたその一瞬、子どもを救った勇敢な少女の姿はその場から消えた。
金切り声をあげたのは母親だろうか。
恐慌状態で走り来る馬の前に、五歳ぐらいの幼い男の子が棒立ちになっていた。
「だれか! だれか助けて!」
「危ない!」
マルティーヌは迷わず石畳を蹴った。
手にしていた紙袋からアップルパイとクッキーが散らばる。
それらが地面に落ちるまでのわずかの間に、彼女の足は広場を横切り、両腕に幼子を納めた。
そして、棹立ちになった馬の蹄をすんでのところでかわし、野菜を売っていた露店をめちゃくちゃにしながら、向こう側の通路に転がり出る。
興奮しきった暴れ馬は、そのまま向かいのキャンディ屋の隣の花の露店を蹴散らし、商店の間の細い路地に消えて行った。
「うわぁぁぁん! おかあさーん!」
一瞬の出来事に凍りついていたその場が、子どもの泣き声で動き出す。
「大丈夫か」
「嬢ちゃん、よくやったな。怪我はないか」
子供を抱きかかえたまま、石畳に横向きに倒れていた少女のもとに、人々が集まってきた。
「ほら、手を貸そう」
一人の中年の男性が子供を抱えた少女を助け起こそうとしたとき、その場はまた騒然となる。
別の馬が先ほどの馬と同じ方向から走ってきたのだ。
「もう一頭来たぞ! 暴れ馬だ」
「みんな逃げろ!」
しかし、今度の馬は左の腿が赤く染まっており、その脚を半分引きずっていたせいで、速度はそれほどでもなかった。
馬は強引に広場を横切ろうとはせず、商店街と露店の間の隙間を駆けていく。
おかげで、人々や店舗に被害は及ばなかった。
「もう来ないか?」
二頭の馬が姿を現した方向を不安げに見やりながら、また、人々が集まって来た。
「ほら、もう泣かないで。大丈夫だからね」
マルティーヌは泣きじゃくる子どもを抱きかかえたまま、ゆっくりと立ち上がった。
「坊や!」
顔面蒼白で駆け寄って来た母親に子どもを渡す。
「大丈夫ですよ。怪我はしてないはずだから」
「ありがとうございます! 本当に、なんて……言ってい……いか……あぁ、ぼ……うや」
我が子を強く抱きしめた母親の言葉は、涙で途切れ途切れだ。
「無傷だなんて奇跡だ!」
「すごい勇気だな。きっとベレニス様が乗り移ったんだろう」
マルティーヌは周囲の賞賛の声に、「そんなことないわよ」と照れた様子を見せながら、二頭の馬が姿を表した方向をちらりと見た。
先ほどの馬は、大きな獣にでも噛まれたような傷を負っていた。
二頭ともこのあたりでは見かけない、手入れの行き届いた立派な馬だった。
鞍をつけていなかったから、貴人の乗った馬車を引いていたのかもしれない。
なにが起きた?
まさか、魔獣が出現した?
考え込む彼女の背後に、いつの間にか一人の男が立っていた。
広場の商店街で魔獣の素材や加工品を扱う店を営む、がっしりとした体つきの三十代前半ぐらいの無精髭の男だ。
「お嬢?」
伺いをたてるような彼の囁き声に、マルティーヌは彼を見やることなく声を落とす。
「バスチアン。馬と長剣、すぐに用意して」
「りょーかい」
最低限のやりとりだけで男は踵を返した。
彼もまた、マルティーヌと同じ疑念を持っていたのだろう。
彼女の指示の意図をすぐさま読み取った。
その背中にちらりと信頼の目を向けて、マルティーヌは大きく息を吸う。
「あぁっ! あれはっ!」
大声で叫びながら、先ほど馬が駆けて来た方向を指指すと、三頭目の暴れ馬が来たかと思った町の人々は、一斉にその方向に目を向けた。
人々の視線がそれたその一瞬、子どもを救った勇敢な少女の姿はその場から消えた。
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