5 / 216
第1章 ラヴェラルタ家の令嬢は病弱である
(5)
しおりを挟む
「俺が相手だ」
マルティーヌは長剣を大きく振って、刃にまとわりつく獣の血を払い落すと、魔狼を追い詰めるように前に出た。
身にあまる大きさの長剣を両手でしっかりと握りしめると、足元の土を踏みしめる。
「かかってこいよ」
怒り狂った魔狼が我を忘れ、新たな敵に飛びかかろうと身構えた。
が、長さの違う前足のせいでバランスを崩し、傷口に体重がかかる。
ギャッ!
悲鳴をあげ、大きく傾く巨体。
マルティーヌはその懐に素早く飛び込むと、長剣を高く振り上げた。
鋼のように硬い毛皮に覆われているはずの獣の喉に、少女の構えた切っ先はあっさりと突き刺さる。
そして、勢い余って倒れこむ魔獣の体重と、長剣を振り切りつつ魔獣と反対方向に飛び出したマルティーヌの動きによって、魔狼の喉笛は深々と切り裂かれた。
大量の血が真紅のカーテンを引いたように流れ落ちる。
地響きをあげて巨体が地面に倒れこむ。
獣はもう悲鳴をあげるどころか、息をすることすら困難だった。
激しい苦痛に身を捩り、手足が泳ぐように空を切る。
「今、楽にしてやる」
マルティーヌは激しくもがき苦しむ魔狼を冷静に観察しながら、土を蹴り、高く跳躍した。
一瞬、露わになった心臓の位置を目掛けて、体重を乗せた切っ先を深々と突き立てる。
魔狼の躯は痙攣したように大きく跳ね、その後全く動かなくなった。
「ふぅ」
マルティーヌは額の汗を拭うと、息絶えた魔狼の肩の上から、周囲を眺めた。
あたりに散らばる普通の赤魔狼の死骸は、ざっと十数頭。
倒れている人間は、最後まで残っていた青年を入れて、見える範囲で六人。
さっき、薮の中に投げ飛ばされた男がいたし、他にも見えない場所に犠牲者がいるかもしれない。
道の少し奥には、黒塗りの大型の馬車が横倒しになっていた。
紋章などはつけられていないが、かなり立派な造りだ。
市に逃げてきた暴れ馬はあの馬車を引いていたに違いない。
最後まで残っていた銀髪の青年は、切り落とされた魔狼の前足の向こう側に、うつ伏せで倒れている。
気を失っているようだが、深手は負っていなさそうだ。
彼が身につけている明るい紺色の上着やブーツなどは、周囲の人々と比べて明らかに上質。
右手に握りしめたままの長剣も、柄に華やかな装飾が施された最高級品だ。
おそらく彼が、この一行の若き主だろう。
「うん。彼にしよう」
おそらく彼が、倒れている男たちの中で一番腕が立つ。
そう判断して、魔狼の肩から倒れている彼の前へと飛び降りると、握りしめる彼の指をほどいて長剣を手に取った。
巨躯魔狼ほどではないにしろ、普通の赤魔狼の体毛も硬く、一般的な剣で倒すには相当な技術と体力を必要とする。
先ほどの死闘であちこち刃こぼれを起こしているが、血と獣脂がこびりついている彼の剣は、持ち主の実力の高さを物語っていた。
「へぇ。最後まで残っていただけのことはあるな。ちょっと、これ借りるよ」
マルティーヌは彼の剣を手に魔狼の肩の上に戻ると、獣の首筋に剣を立てた。
「はっ!」
両腕で力を込めると、先ほどまで巨躯魔狼に全く歯が立たなかった彼の剣は、頸骨をもくだいてあっさり突き刺さった。
マルティーヌは長剣を大きく振って、刃にまとわりつく獣の血を払い落すと、魔狼を追い詰めるように前に出た。
身にあまる大きさの長剣を両手でしっかりと握りしめると、足元の土を踏みしめる。
「かかってこいよ」
怒り狂った魔狼が我を忘れ、新たな敵に飛びかかろうと身構えた。
が、長さの違う前足のせいでバランスを崩し、傷口に体重がかかる。
ギャッ!
悲鳴をあげ、大きく傾く巨体。
マルティーヌはその懐に素早く飛び込むと、長剣を高く振り上げた。
鋼のように硬い毛皮に覆われているはずの獣の喉に、少女の構えた切っ先はあっさりと突き刺さる。
そして、勢い余って倒れこむ魔獣の体重と、長剣を振り切りつつ魔獣と反対方向に飛び出したマルティーヌの動きによって、魔狼の喉笛は深々と切り裂かれた。
大量の血が真紅のカーテンを引いたように流れ落ちる。
地響きをあげて巨体が地面に倒れこむ。
獣はもう悲鳴をあげるどころか、息をすることすら困難だった。
激しい苦痛に身を捩り、手足が泳ぐように空を切る。
「今、楽にしてやる」
マルティーヌは激しくもがき苦しむ魔狼を冷静に観察しながら、土を蹴り、高く跳躍した。
一瞬、露わになった心臓の位置を目掛けて、体重を乗せた切っ先を深々と突き立てる。
魔狼の躯は痙攣したように大きく跳ね、その後全く動かなくなった。
「ふぅ」
マルティーヌは額の汗を拭うと、息絶えた魔狼の肩の上から、周囲を眺めた。
あたりに散らばる普通の赤魔狼の死骸は、ざっと十数頭。
倒れている人間は、最後まで残っていた青年を入れて、見える範囲で六人。
さっき、薮の中に投げ飛ばされた男がいたし、他にも見えない場所に犠牲者がいるかもしれない。
道の少し奥には、黒塗りの大型の馬車が横倒しになっていた。
紋章などはつけられていないが、かなり立派な造りだ。
市に逃げてきた暴れ馬はあの馬車を引いていたに違いない。
最後まで残っていた銀髪の青年は、切り落とされた魔狼の前足の向こう側に、うつ伏せで倒れている。
気を失っているようだが、深手は負っていなさそうだ。
彼が身につけている明るい紺色の上着やブーツなどは、周囲の人々と比べて明らかに上質。
右手に握りしめたままの長剣も、柄に華やかな装飾が施された最高級品だ。
おそらく彼が、この一行の若き主だろう。
「うん。彼にしよう」
おそらく彼が、倒れている男たちの中で一番腕が立つ。
そう判断して、魔狼の肩から倒れている彼の前へと飛び降りると、握りしめる彼の指をほどいて長剣を手に取った。
巨躯魔狼ほどではないにしろ、普通の赤魔狼の体毛も硬く、一般的な剣で倒すには相当な技術と体力を必要とする。
先ほどの死闘であちこち刃こぼれを起こしているが、血と獣脂がこびりついている彼の剣は、持ち主の実力の高さを物語っていた。
「へぇ。最後まで残っていただけのことはあるな。ちょっと、これ借りるよ」
マルティーヌは彼の剣を手に魔狼の肩の上に戻ると、獣の首筋に剣を立てた。
「はっ!」
両腕で力を込めると、先ほどまで巨躯魔狼に全く歯が立たなかった彼の剣は、頸骨をもくだいてあっさり突き刺さった。
31
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる