【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

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第7章 『死の森』の奥地に残されたもの

英雄の碑(1)

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 『魔王城』を目指して森の中の拠点を発ってから四日。
 ラヴェラルタ騎士団の精鋭部隊は、これまで足を踏み入れたことのない森の中央部を進んでいた。

 昨日あたりから森の様相はすっかり変わり、『死の森』という名そのものの殺伐とした風景となっていた。
 なぎ倒されたりへし折られたりした大木が、進路を塞いでいる。
 白骨化した古い骨や、腐肉が残る巨大な骨があちこちに散乱していた。
 古木には縄張りを示す巨大な爪痕、ぬかるみには大小様々な複数の足跡がある。
 獣臭と死臭、血の匂いが周囲に充満している。

「マルクから話には聞いていたが、実際に来てみると想像以上に凄まじいな」

 オリヴィエが額の汗を拭ったが、冷や汗なのかもしれない。

 今も、そう遠くない場所から獣の咆哮が響いてきている。
 別の場所からは、不自然に木々が揺れるざわめきが聞こえる。

「この辺りが、大型魔獣が一番多い場所だ。ベレニスの時代、多くの冒険者たちがこの場所で命を落としたんだ。でも、昔の森はこんなもんじゃなかったよ」

 マルクがあたりを見回しながら言うと、ヴィルジールも大木を見上げて同意する。

「そうだな。昔、この一帯には低木一本なかった。木も草も枯れ果てて、死しかない場所だった」

 ここは、魔獣にとっても冒険者にとっても、墓場と呼ばれた場所だった。
 四百年前、森の中央部には、赤茶けた土がむき出しになった荒野があちこちに散見された。
 しかし現在は高い木々や潅木が多く残っており、進路を塞いでいる倒木も、腐食具合を見るとここ数年の間に倒されたようだ。
 おそらく、ある程度再生を果たした森が、ここ数年の間にまた荒らされ始めたのだろう。

 それは、魔獣をこの世にもたらす存在が、新たに出現した証拠でもある。

 この数日間で、伝説級と呼ばれる魔獣に何種類も遭遇したが、中にはヴィルジールですら見覚えのない魔獣もいた。
 見知った魔獣も、昔より巨大化している。
 魔獣たちの交雑が進んで姿が変わったり、より強大な個体が生き残った結果かもしれないが、別の可能性の方が高いだろう。

「上空、右手より何かが飛んでくるぞ!」

 魔術師の一人が叫ぶと、全員が慌てて木の陰に身を隠した。
 地上に大きな影を落としながら空を飛ぶ黒い巨大な魔鳥の姿に、緊張感が走った。
 弓師たちは矢をつがえた弓を懸命にひきしぼり、魔術師たちは魔力を集めた指先を空に向けた。
 騎士は地上に舞い降りた時に備えて、剣の柄に手をかけた。

 しかし、牛ほどの大きさの魔獣を嘴にぶら下げた鳥は、こちらに気づいていないのか、それとも興味がないのか、そのまま真上を横切っていく。

「なんだ違うのか。脅かすなよ」
「良かった。助かった」

 魔鳥の姿が小さく遠ざかってから、男達がほっとしたように言う。

 黒い魔鳥は『魔王の目』を想像させる。
 精鋭部隊の中では、魔王がその黒鳥の目を通して人間を監視しているという伝説が真実であること、そして、先日ラヴェラルタ辺境伯家の中庭で討伐された魔鳥が『魔王の目』だったことは共通認識となっている。
 そのため、巨大な黒鳥を見ると身構えてしまうのだ。

 しかし、先ほどの鳥は『魔王の目』より一回り小さく、特徴的な赤い尾羽はなかった。
 おまけに足が四本もあったから、全くの別種だ。

「やっぱり……あそこにいるのかな」

 マルクは魔王城があるはずの前方遠くに目を向けた。

 四百年前は、『死の森』の数地点から『魔王城』の尖塔が見えていた。
 今いる場所はその地点とは違うし、幻の城は今はおそらく存在しない。
 けれど、どうしても、森と空の境目の木々の間に何か見えはしないかと遠視術で探ってしまう。

 ヴィルジールも同じ方向に目を向けた。
 ただし彼は、『魔王城』を見たことがないから、ただ漠然と眺めているだけだ。

「状況を考えるとそうとしか思えないだろう? さっきの魔鳥も見た記憶がないから、新しく召喚された個体だろう」
「昔と同じように、あの場所に閉じ込められているのかな」

 円形に敷き詰められた石の床の中央に、石の椅子が置かれた奇妙な場所。
 そこが現在どうなっているのか、そしてそこに新たな魔王がいるかどうかは、行ってみないことには分からない。

「どうだろうな。しかし、何かしらの手がかりはつかめるだろう」
「魔王の正体は何だろう。男? 女?」

 四百年前は少年だった。
 その変わらぬ姿で、数百年生きていたのだとヴィルジールは言う。

 実際には、初めから死んでいた可能性が高いのだが——。

「正体が何であれ、おそらく昔の魔王より大きな力を持っているはずだ。油断してはならない」
「まさか正体は、動物だったりして。あの椅子に小さい鼠がちょこんと座ってたらびっくりする。ぷ、くくくっ」

 自分の想像に思わず吹き出すと、ヴィルジールに頭を小突かれた。

「油断するなと言ったところだろう!」
「痛いなぁ、もう」

 二人は数日前から、自然と隣を歩くようになっていた。
 共通の記憶を持つせいか、互いに気心が知れた相手であるような錯覚を覚える。
 ベレニスの記憶を持つ者と、彼女の技を継承する者という関係性からか、戦闘時の息もぴたりと合うようになっていた。

 マルクの事情を知る者しかいない精鋭部隊では、これまでマルクの隣はオリヴィエとセレスタンのものだった。
 その特別な場所を他の男に奪われた兄二人は、当然面白くない。

 しかし、彼らが一緒にいることによる戦闘力の相乗効果は高い。
 それに、新しく出現した魔王に命を狙われている可能性が高いヴィルジールの護衛という意味でも、彼のそばにマルクを置いておかなければならなかった。

「この森にいる間だけだ」

 オリヴィエは、少年の姿をした妹の楽しそうな笑顔を横目で見ながらため息をついた。
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