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第7章 『死の森』の奥地に残されたもの
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「後方から、何かの群れが猛スピードで近づいてきます!」
ほっとしたのもつかの間。
今度は背後を警戒していた魔術師が声を張り上げた。
「んー、二十頭ほどかなぁ。魔力の大きさがばらばらだから、家族の群れかもしれない。どう? 分かる?」
索敵術ですぐさま敵の数を把握したセレスタンがジョエルをちらりと見たが、彼は首を横に振った。
「いいえ。知らない魔獣です。視えません」
「魔犬や魔狼ではないのか」
「……違います」
「そうか。それなら猪系の魔獣だろう。奴らにはまだ遭遇していないからな。よし、左右に大きく分かれて奴らの進路を開けろ! 通り過ぎればよし、襲ってくるなら迎え討て!」
団長の指示で隊員たちは二手に分かれた。
マルクとヴィルジールは同じ方向に向かう。
セレスタンは当然のような顔をして二人を追おうとしたが、オリヴィエに「お前はこっちだ!」と首根っこを掴まれた。
マルク側にはヴィルジールとジョエル、バスチアンの他、パメラら五名がついた。
オリヴィエ側にはセレスタン、アロイス、クレマンがおり、戦力のバランスが取れている。
やがて、重量のあるものが地面を叩きつけるような地響きが聞こえてきた。
その音はあっという間に近づいてくる。
「あれは肩章猪……か? にしても、でかすぎるだろ!」
遠視術を使って岩陰から魔獣を群れを視たバスチアンが驚きの声を上げた。
肩章猪は森の浅い場所でもときどき見かける中型魔獣だ。
猪に似ているが、湾曲した大小四本の牙を持ち、両肩は肩章を思わせる長い体毛で覆われている。
大きさも普通の猪とさほど変わらないはずだが、この群れの個体はどれもかなり大きかった。
「うわぁ。幼獣が普通の成獣並みの大きさだ」
ベレニスの記憶にも、これほどの巨体はなかった。
猛スピードで走ってきた約二十頭の魔猪の群れは、先ほど精鋭部隊が隊を分けたあたりで脚を止めた。
もう、遠視を使わなくても獣の姿がはっきり見える距離だ。
彼らは人間の臭いを追ってきたらしく、地面に鼻をつけて臭いを嗅ぎまわっている。
臭いが二方向に散ってしまったため、どちらへ行くべきか迷っているようだ。
しばらくして、群れの先頭にいたひときわ大型の魔猪が、オリヴィエが向かった方向に走り出した。
後方の数頭は、マルクのいる方向に興味を見せていたが、群れのボスの意向に従う。
「あれぇ? あっちへ行っちゃった」
「俺を追ってきたんじゃないんだな」
ヴィルジールがほっとしたように言う。
これまで遭遇した魔獣たちには、何者かに操られている様子は見られなかった。
今回の魔猪も人間を追ってきただけで、ヴィルジールを狙った訳ではなさそうだ。
このまま肩章猪の討伐に加わっても、彼に攻撃が集中することはないだろう。
「よし、援護に行こう!」
「あぁ」
先陣を切って走り出したマルクの後をヴィルジールが追う。
「今日は旨い肉が食えそうだ。あいつの肉は脂が香ばしいし、赤身も柔らかい。憶えておけよ!」
「はいっ!」
バスチアンが戦闘に役に立たない知識をジョエルに授けながら、その後に続いた。
マルクらが駆けつけると、オリヴィエとアロイスが群れのボスと戦っていた。
巨大な猪に隠れて姿が見えないが、セレスタンも攻撃術を繰り出しているようだ。
クレマン他五人の者たちが、オリヴィエらを援護しながら、周囲の魔猪と応戦していた。
戦力は半分に分断されていたが、十分戦えている。
「うん。大丈夫そうだ」
マルクが手を出すまでもなく、ボスの巨体が草の上に倒された。
アロイスが無防備となった喉笛を切り裂いて息の根を止めると、その様子を見た群れの仲間たちは一気に戦意を消失し、恐怖の悲鳴を上げて方々に逃げ出した。
「おっと」
闇雲にこちらに突っ込んできた成獣一頭を、マルクがあっさりと仕留めた。
剣を抜く間もなかったヴィルジールは「何もすることがなかった」と残念そうだったが、バスチアンは「タダ飯にありつける」と、にやりと笑った。
「みんな、お疲れっ!」
「おう、マルク。お前があんまり遅いもんだから、全部狩り尽くしたぜ!」
マルクが声をかけると、クレマンが額の汗をぬぐいながら調子の良いことを言う。
「何言ってんだよ。十頭近く逃げたぜ?」
それでも、ボスを含めて十二頭の肩章猪を倒しており、戦果としては上々だ。
こちら側には怪我人もいない。
人間の強さを見せつけたから、逃げた魔猪たちが再び襲ってくることはないだろう。
「ここは、『死の森』にしては珍しい場所だな」
ヴィルジールが辺りを見回しながら言う。
「うん。気持ちいいな」
『死の森』に入ってからは、死にかけたように荒れた薄暗い木々の間を歩くことが多かったが、この場所は広く開けており、膝あたりまで伸びた草が地面を覆っている。
遮るものが何もないから、日差しも心地よく肌に届く。
とはいえ、草むらには巨大な魔猪がごろごろ転がっているし、深呼吸すれば獣臭と血の入り混じった生臭い空気を吸い込むことになるのだが。
「多分ここも、四百年前は草木も生えない荒れ地……」
そう言いかけて、マルクははっとした。
オリヴィエらが肩章猪のボスの死骸の処理を始めているその向こう側に、こんもりとした緑が見える。
魔獣の骸が根元を隠しているせいで上部の緑しか見えないのだが、一見、そこにだけ木が茂っているようだ。
しかし、木にしては葉の雰囲気がおかしいし、緑の隙間の所々が灰色に見えた。
「もしかして、あれは……岩?」
遠視術で目をこらすと、巨大な三角形のような灰色の岩に蔦が密集して絡まっていた。
頂上の一箇所から尖った岩がわずかにのぞいている。
「あ……」
マルクの脳裏に四百年前の光景が蘇る。
そうだ、ここは確かに荒れ地だった。
荒廃した森の中に開けた、赤茶けた岩がごろごろと転がる荒れ地だった。
見晴らしの良い場所だったため、多くの冒険者が野営地として利用しており、共同で魔獣よけの結界を張って夜の見張りをしたり、獲物を分け合い食事を共にしたり、夜空を見上げて語り合ったりしていたのだ。
そしてその荒れ地の隅には、先が尖った巨大な灰色の岩が、冒険者たちを見守るようにそびえ立っていた。
「まさか……! まさか、ここはっ」
あまりにも、周囲の景色が変わっていたから今まで気づかなかった。
ここは思い出の場所であり、そして——。
ほっとしたのもつかの間。
今度は背後を警戒していた魔術師が声を張り上げた。
「んー、二十頭ほどかなぁ。魔力の大きさがばらばらだから、家族の群れかもしれない。どう? 分かる?」
索敵術ですぐさま敵の数を把握したセレスタンがジョエルをちらりと見たが、彼は首を横に振った。
「いいえ。知らない魔獣です。視えません」
「魔犬や魔狼ではないのか」
「……違います」
「そうか。それなら猪系の魔獣だろう。奴らにはまだ遭遇していないからな。よし、左右に大きく分かれて奴らの進路を開けろ! 通り過ぎればよし、襲ってくるなら迎え討て!」
団長の指示で隊員たちは二手に分かれた。
マルクとヴィルジールは同じ方向に向かう。
セレスタンは当然のような顔をして二人を追おうとしたが、オリヴィエに「お前はこっちだ!」と首根っこを掴まれた。
マルク側にはヴィルジールとジョエル、バスチアンの他、パメラら五名がついた。
オリヴィエ側にはセレスタン、アロイス、クレマンがおり、戦力のバランスが取れている。
やがて、重量のあるものが地面を叩きつけるような地響きが聞こえてきた。
その音はあっという間に近づいてくる。
「あれは肩章猪……か? にしても、でかすぎるだろ!」
遠視術を使って岩陰から魔獣を群れを視たバスチアンが驚きの声を上げた。
肩章猪は森の浅い場所でもときどき見かける中型魔獣だ。
猪に似ているが、湾曲した大小四本の牙を持ち、両肩は肩章を思わせる長い体毛で覆われている。
大きさも普通の猪とさほど変わらないはずだが、この群れの個体はどれもかなり大きかった。
「うわぁ。幼獣が普通の成獣並みの大きさだ」
ベレニスの記憶にも、これほどの巨体はなかった。
猛スピードで走ってきた約二十頭の魔猪の群れは、先ほど精鋭部隊が隊を分けたあたりで脚を止めた。
もう、遠視を使わなくても獣の姿がはっきり見える距離だ。
彼らは人間の臭いを追ってきたらしく、地面に鼻をつけて臭いを嗅ぎまわっている。
臭いが二方向に散ってしまったため、どちらへ行くべきか迷っているようだ。
しばらくして、群れの先頭にいたひときわ大型の魔猪が、オリヴィエが向かった方向に走り出した。
後方の数頭は、マルクのいる方向に興味を見せていたが、群れのボスの意向に従う。
「あれぇ? あっちへ行っちゃった」
「俺を追ってきたんじゃないんだな」
ヴィルジールがほっとしたように言う。
これまで遭遇した魔獣たちには、何者かに操られている様子は見られなかった。
今回の魔猪も人間を追ってきただけで、ヴィルジールを狙った訳ではなさそうだ。
このまま肩章猪の討伐に加わっても、彼に攻撃が集中することはないだろう。
「よし、援護に行こう!」
「あぁ」
先陣を切って走り出したマルクの後をヴィルジールが追う。
「今日は旨い肉が食えそうだ。あいつの肉は脂が香ばしいし、赤身も柔らかい。憶えておけよ!」
「はいっ!」
バスチアンが戦闘に役に立たない知識をジョエルに授けながら、その後に続いた。
マルクらが駆けつけると、オリヴィエとアロイスが群れのボスと戦っていた。
巨大な猪に隠れて姿が見えないが、セレスタンも攻撃術を繰り出しているようだ。
クレマン他五人の者たちが、オリヴィエらを援護しながら、周囲の魔猪と応戦していた。
戦力は半分に分断されていたが、十分戦えている。
「うん。大丈夫そうだ」
マルクが手を出すまでもなく、ボスの巨体が草の上に倒された。
アロイスが無防備となった喉笛を切り裂いて息の根を止めると、その様子を見た群れの仲間たちは一気に戦意を消失し、恐怖の悲鳴を上げて方々に逃げ出した。
「おっと」
闇雲にこちらに突っ込んできた成獣一頭を、マルクがあっさりと仕留めた。
剣を抜く間もなかったヴィルジールは「何もすることがなかった」と残念そうだったが、バスチアンは「タダ飯にありつける」と、にやりと笑った。
「みんな、お疲れっ!」
「おう、マルク。お前があんまり遅いもんだから、全部狩り尽くしたぜ!」
マルクが声をかけると、クレマンが額の汗をぬぐいながら調子の良いことを言う。
「何言ってんだよ。十頭近く逃げたぜ?」
それでも、ボスを含めて十二頭の肩章猪を倒しており、戦果としては上々だ。
こちら側には怪我人もいない。
人間の強さを見せつけたから、逃げた魔猪たちが再び襲ってくることはないだろう。
「ここは、『死の森』にしては珍しい場所だな」
ヴィルジールが辺りを見回しながら言う。
「うん。気持ちいいな」
『死の森』に入ってからは、死にかけたように荒れた薄暗い木々の間を歩くことが多かったが、この場所は広く開けており、膝あたりまで伸びた草が地面を覆っている。
遮るものが何もないから、日差しも心地よく肌に届く。
とはいえ、草むらには巨大な魔猪がごろごろ転がっているし、深呼吸すれば獣臭と血の入り混じった生臭い空気を吸い込むことになるのだが。
「多分ここも、四百年前は草木も生えない荒れ地……」
そう言いかけて、マルクははっとした。
オリヴィエらが肩章猪のボスの死骸の処理を始めているその向こう側に、こんもりとした緑が見える。
魔獣の骸が根元を隠しているせいで上部の緑しか見えないのだが、一見、そこにだけ木が茂っているようだ。
しかし、木にしては葉の雰囲気がおかしいし、緑の隙間の所々が灰色に見えた。
「もしかして、あれは……岩?」
遠視術で目をこらすと、巨大な三角形のような灰色の岩に蔦が密集して絡まっていた。
頂上の一箇所から尖った岩がわずかにのぞいている。
「あ……」
マルクの脳裏に四百年前の光景が蘇る。
そうだ、ここは確かに荒れ地だった。
荒廃した森の中に開けた、赤茶けた岩がごろごろと転がる荒れ地だった。
見晴らしの良い場所だったため、多くの冒険者が野営地として利用しており、共同で魔獣よけの結界を張って夜の見張りをしたり、獲物を分け合い食事を共にしたり、夜空を見上げて語り合ったりしていたのだ。
そしてその荒れ地の隅には、先が尖った巨大な灰色の岩が、冒険者たちを見守るようにそびえ立っていた。
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