【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

文字の大きさ
115 / 216
第7章 『死の森』の奥地に残されたもの

(5)

しおりを挟む
 仲間達が全員集まる中、マルクが岩に彫り込まれた文字を指差した。

「あの一行目は『英雄ラウル ここに眠る』。二行目は『英雄アンナ 安らかに』と彫ってある。ベレニスが刻んだんだよ。その下は……読めないんだけど、多分、英雄アルマンド」
「英雄?」

 オリヴィエが聞く。

「うん。当時、『死の森』で魔獣と戦って命を落とした者は、英雄と呼ばれたんだ。中には、英雄の名がふさわしくない輩も多かったけど、ここに眠る者は皆、英雄だ。この場所にたどり着けるだけの実力者だったんだから……」

「皆、ベレニスの仲間だったのか?」

「ラウルとアンナはそうだよ。アルマンドは別のパーティのリーダーだけど、面倒見の良い奴で、みんなから慕われていたよ。ここには俺が知っている限り、八人の英雄が眠っている。その後にも増えたという噂を聞いたから、実際には何人いるかは分からないけど」

 マルクは説明しながら、先ほど「踏むな」と指示した、大岩の前の一帯をぐるりと指差した。

 当時は、主人を亡くした剣を墓標がわりに立てたり、木の棒を組み合わせて十字架を作ったり、目印の石を置いたりしたが、四百年もたった今は、ただの草地になっている。

「そうだったのか。だったら俺たちは、志を同じくする仲間として、偉大な英雄たちに敬意を表せねばなるまい」

 オリヴィエは大岩に向き直ると、まだ岩の半分以上を覆っていた蔦に手を掛けた。

 彼が何をしようとしているのかを察して、仲間たちが岩の周りに集まってきた。
 そして、あっという間に蔦を剥ぎ取ると、特に指示もないまま、岩の表面にこびりついた苔や泥を落とし始めた。

「あった!」
「ここにもあるぞ!」

 発見された名前らしき文字は全部で十四あった。
 ラウル、アンナ、アルマンド以外はどの名も読めなかったが、全員に「英雄」を表す同じ文字が冠されていた。

 彼らが眠る草地は、足を踏み入れることがはばかられたため手を入れず、魔術師たちが周辺に魔除けの術を施した。

「ベレニスのパーティは五人だったろう?」

 作業を見守っていたオリヴィエが思い出したように言う。

「そう。五人」
「もう一人はどうしたんだ?」

 ベレニスのパーティが五人編成であり、最後に魔王に立ち向かったのが勇者ベレニスと魔導師チェスラフの二人だったことはよく知られている。
 しかし、残りの三人は名前すら知られていない。

「彼……エドモンは、この場所では生き延びたよ。でも、ラウル達のひと月後に、彼も英雄になってしまった」

 マルクが遠い目をする。

 一つ年上の彼は、ベレニスと同じ剣士だった。
 今、マルクの目から客観的に見れば、彼はベレニスの高い能力に嫉妬し、焦りを感じていたのだと思う。
 ベレニスに先んじようと単独行動し、命を落とした。

「そうか」
「彼の眠る場所は全く別の場所だから、今回、立ち寄ることは難しいかな。でも、いつか……もっとこの森が静かになったら行ってみたい」
「だったら、そのときは付き合おう」

 そんな話をしていると、背後からアロイスがマルクの肩を叩いた。

「マルク、これでいいか?」

 手には、琥珀色の液体が四分の一ほど入ったカップを持っている。

「なにそれ。酒?」
「ここに眠るラウルという男が酒好きだったから、飲ませてやりたいとヴィルに言われたんだけど、隊には気付け用の薬酒しかなくてね。バスチアンが隠し持っていたのをくすねてきた」

「——え? な……んで……?」

「マルクが頼んだんじゃないのかい? ヴィルがそう言ってたんだけど」
「ヴィルが……?」

 彼……いや、四百年前の魔王は、いつも『魔王の目』を通して、ベレニスのパーティの様子を見ていたのだという。
 その頃、パーティのメンバーは五人全員揃っており、魔獣たちと死闘を繰り広げながらも、充実した日々を送っていた。
 ラウルは魔獣を倒す度に、口癖のように「酒が飲みてぇ!」と言っていたから、それを憶えていたのだろう。

 あぁ、俺の他にも、彼らのことを憶えていた人がいる。
 わざわざ酒を用意させて、その死を悼んでくれるんだ。

 ヴィルジールとは思えない気遣いに驚くとともに、ぐっと胸が熱くなる。

「俺が頼んだんじゃないよ。でも、それかして」

 カップを受け取ると、たぷんと揺れた酒の水面を見つめる。

『ああ、酒が飲みてぇ!』
『よっしゃぁ! これでエール一杯追加だ!』

 魔獣に矢を命中させては嬉しそうに叫ぶ、彼の声と笑顔を思い出す。

 ラウルは責任感が強く生真面目だったから『死の森』の中では、一切酒を口にしなかった。
 その分、物資の補給などで町に下りたときに、倒した魔獣の頭数と同じだけの酒を飲むことを楽しみにしていたのだ。

 彼が命を落としたあの頃は、魔王を倒したら酒をたらふく飲むのだと息巻いており、一ヶ月近く酒を絶っていたはずだ。
 そして、勝利の美酒を味わうことなくこの世を去った。

 もう四百年と一ヶ月以上、彼は酒を飲んでいない。

「ラウル」

 懐かしい名を呼びながら、彼が眠っていると思われる場所の前に膝をつく。

「あの後、チェスラフと二人で魔王討伐を成し遂げたんだよ。だから、四百年も経ってしまったけど一緒に祝杯を上げよう。少ししかなくて申し訳ないけど、飲んでくれ」

 カップを傾け、香り高い琥珀色の液体をゆっくりと草の上に注ぐ。
 ふわりと甘い香りが漂い、細く尖った雑草が上下に揺れて、雫を土に落としていく。
 最後の一滴は、葉の根元に丸く止まってしまったから、指で弾き落とした。

「久しぶりの酒は美味いかい?」

 マルクはそう笑ってカップを地面に置くと、体一つ分右にずれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

処理中です...