【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

文字の大きさ
141 / 216
第8章 舞踏会の対策会議

(5)

しおりを挟む
 その後、ヴィルジールは何かを考えているらしく黙り込んでしまったから、手持ち無沙汰のマルティーヌは目の前のお菓子を次々に平らげていく。
 葡萄のジュレをそろそろ食べ終える頃、彼がようやく口を開いた。

「舞踏会では、マルティーヌ嬢にもう一人つけた方が良さそうだな」
「リーヴィ兄とセレス兄がいるから充分じゃないの?」

 舞踏会に正式に招待されたのは、マルティーヌだけだ。
 エスコート役として一人同伴できるが、二人の兄はその役目を決して譲ろうとしなかった。
 彼らの妹への溺愛ぶりは社交界で有名であるから、妹の大事なデビューに二人が付き添っても問題なかろうということで落ち着いたのだが。

「マルティーヌ嬢は危うすぎるから、壁は何枚あってもいい」
「そうは言っても……誰を? お父さま?」

 王家主催の舞踏会であるから、誰でも連れて行けるわけではない。
 同伴者は自ずと限られる。

「いや。マルティーヌ嬢には婚約者はいないのか?」
「そんなの、いるわけないじゃない」
「もう十七歳なんだろう? 貴族令嬢なら婚約者がいてもおかしくない……というより、いないほうがおかしい」
「ええっ? そういうものなの? お父さまやお母さまからは、何も言われたことがないけど」

 貴族令嬢の知り合いはいないし、社交界にも出ていないから、世の中の結婚事情なんて全く知らなかった。
 そもそも結婚には興味がないし、たくさんの秘密を抱えた身では無理だろうとも思っている。

 結婚せずにずっとこの家にいて、魔獣を狩る生活を続けたいんだけどな。
 お父さまも、お母さまも、兄さまたちも誰も駄目だとは言わない気がするけど……。

 そんなことをぼんやり考えていると、ヴィルジールが思いがけない提案をする。

「だったら、仮でもいいから誰かと婚約するといい。婚約者がエスコートしていれば、他の男は手を出しづらいし、王太子に対しても牽制になる。王太子なら、地方の貴族の婚約など簡単に白紙にできるだろうが、いないよりはいい」
「仮? でも、急にそんなこと言われても無理よ。誰でもいいわけじゃないんだし」
「大丈夫だ。一人だけ適任者がいる」
「そんな人いる?」

 マルティーヌは首を捻る。

「……アロイスだ」
「ええっ? アロイス?」
「彼ならマルティーヌ嬢に釣り合うし、今回の計画の大きな戦力にもなる」
「うーん。あんまり憶えてないけど、アロイスって子爵家の人だったっけ……?」

 グラスに残ったジュレをかき集めながら考える。

 アロイスは、ラヴェラルタ辺境伯領の三つ隣に領地を持つダルコ子爵の四男だ。

 魔獣討伐を生業とするラヴェラルタ辺境伯家は、国の中央部では汚れ仕事だと卑下されることが多いが、地方貴族の間では密かに人気が高い。
 地方には勇者伝説が色濃く残り、ベレニスに憧れて魔獣討伐を志す者が多い。
 しかも、魔獣素材の売買を独占する辺境伯家はこの国で上位を争うほど裕福であるから、地方貴族の三男以下が、優良な就職先としてラヴェラルタ騎士団に入団してくるのだ。
 その結果、ラヴェラルタ騎士団の三分の一近くは、地方貴族の子弟が占めている。

 普段から比較的丁寧な言葉遣いをするアロイスは、おそらく貴族としてのマナーを身につけているはずだ。
 ラヴェラルタ騎士団の第一部隊長を務め、信頼の厚い実力者として評価されているから、家格の差も埋められる。
 辺境伯令嬢であるマルティーヌのお相手として、誰も不審に思わない。

 それに、わたしがベレニスの生まれ変わりだってことも知ってるし、彼自身もラウルの生まれ変わり。
 もう一人の頼れる兄貴のような人だから、安心感は抜群よね。
 確かに、アロイス以上の適任者はいない?

「うん。アロイスならいいかも。彼がいてくれたら心強いよね」

 そう言って、最後の一口を大事そうに口に運んだマルティーヌに、ヴィルジールは拍子抜けする。

「自分の婚約者としてはどう思う? 仮にも婚約者なんだぞ?」
「どうって……。仮なんでしょ?」
「……そうだが」

 ヴィルジールから見ても、アロイスほど彼女の結婚相手としてふさわしい男はいないと思う。

 彼女の父親が、アロイスを娘婿の第一候補と考えていてもおかしくない。
 妹を溺愛する二人の兄も、彼が相手なら納得するだろう。
 アロイスはそれほどの男なのだ。
 仮に結んだ婚約が、仮でなくなる可能性も大いにある。

 けれどマルティーヌは自分の婚約という重大な問題にも関わらず、人ごとのようだ。
 のんきに三個目のアップルパイを食べるべきかどうかで悩んでいる。

 さっき、ヴィルジールが彼女の口元のクリームを指で拭った時は、あれほど慌てふためいていたのに。

「ふ……」

 奇妙な優越感がこみ上げて、ヴィルジールは微かに笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

処理中です...