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第8章 舞踏会の対策会議
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管理棟の扉が閉まると、三人は鍛錬場の中央付近まで歩いていった。
「ジョエル。お前の剣を借りるぞ」
今朝は会議に参加する予定しかなかったため、ヴィルジールは丸腰。
護衛として帯剣していた側近の剣を受け取ると、何度か素振りをして体を慣らす。
ロランはまだ剣を抜かずに、脚の腱を伸ばすなどして体をほぐしていた。
目の前の少年が『死の森』で味わった挫折は、話には聞いていた。
魔獣討伐でなく通常の戦場であっても、自身が重傷を負ったり凄惨な経験をしたことによって、剣を握れなくなる者は少なくない。
ヴィルジールの騎士団にも、脱落していく者が何人かいた。
なんとか繋ぎとめようと手を差し伸べても、それさえ重圧となって潰れてしまうのだ。
ラヴェラルタ騎士団の将来を担うはずの才能溢れるこの若者には、そうなってほしくなかった。
俺が彼をすくい上げることは難しいかもしれない。
だが、決して潰すようなことがあってはならない。
責任重大だ……な。
ヴィルジールは深く息を吐き剣の柄を強く握りしめた。
「どうだ、ロラン。行けそうか」
「はい、大丈夫です。手加減なしでお願いします」
ロランは長剣をすらりと抜くと、ヴィルジールの正面で構えた。
「いや、しかし……君は久しぶりなのだろう。少し慣らしてからの方が良いのではないか」
「いいえ。俺が戦えなくなったのは『死の森』での怪我がきっかけだったけど、それが原因じゃないんです。だから、本気でお願いします! 俺も負けませんから!」
彼の瞳には以前と変わらない闘志がみなぎっている。
剣を構えた姿からは、実戦から長い間遠ざかっていたとは思えない、凄まじい気迫を感じる。
彼がまとっていた魔力は全身に吸い込まれていき、何も感じ取れなくなった。
集中している証拠だ。
「そうか。分かった」
これは、下手に手加減しては彼のためにならない。
ヴィルジールはふっと笑うと、側近に視線を向けた。
ジョエルが右手を上げる。
「手合わせ始めっ!」
「はあっ!」
過去の手合わせと同じように、ロランが先に動いた。
剣を振るいながらも、拳や蹴り、身体強化を使った空中戦を交えた、なんでもありのラヴェラルタ流の魔獣討伐剣術。
低い姿勢から斬りあげてくる剣をヴィルジールが後方に受け流すと、ロランはその勢いを利用して軽業師のように宙を舞う。
不自然な体制から素早く繰り出される踵を、下から掌上で弾き飛ばす。
わずか数秒の間に、二人は最初と同じ体勢に戻り睨み合った。
大丈夫だ。
今の彼に、何かしらのトラウマがあるようには感じられない。
むしろ、怪我を負う前に積んだ数週間の討伐経験の成果なのか、以前より動きが良いくらいだった。
ところが、何度か攻防を繰り返すうちに、彼の動きに違和感を感じ始める。
以前のロランは、ヴィルジールが模倣するベレニスの剣の型に寄せてきていた。
しかし、今はその影響が微塵も感じられない。
それどころか、全く違った斬新な剣筋や構え方を見せて、ヴィルジールをはっとさせた。
一方のヴィルジールも、騎士団最強のマルクの指導を受け、精鋭部隊と共に高度な魔獣討伐の経験を積んでいる。
初めて受ける技でも、即座に見切って対応するだけの技量はあった。
「ロラン。以前と戦い方を変えたのか」
「何か変……ですか?」
「いや。悪くないが、まだ使いこなせていないようだ」
おそらく彼は、騎士団の活動から離れていた間に、一人で研鑽を積んだのだろう。
しかし、騎士団の誰かを手本としたのだろうが、彼の新しい技は、肉体が完成した大人の男の方が向いているように思う。
まだ若く線の細い体つきの彼では、いくら身体強化術に長けていても技の重みが足りず、無理な大振りになりがちだった。
一通りの技が出尽くしてしまえば、スピード重視だった以前のロランよりも隙が多く、むしろ戦いやすかった。
「はあぁぁっ!」
金属音が響き、ヴィルジールはロランの渾身の一撃を真正面から受け止めた。
身体強化術を最大限に使った押し合いでは、短時間であれば二人の力は拮抗する。
けれど、身長差で上から押さえつける体勢になるヴィルジールの方に分があった。
「楽しみだな。このまま鍛錬を積んで数年もすれば、私は手も足も出ないだろう」
「うぅ……くっ」
剣を合わせたまま力ずくで彼を下がらせると、一気に地面へと払いのけた。
「うわぁぁぁっ!」
投げ出されたロランの体が地面をすべり、砂煙が上がった。
彼の手を離れた剣が僅かに遅れて地面に落ちた。
「手合わせやめえっ!」
完全に勝負がついたと見て、ジョエルが声を上げた。
「はっ……はぁ、はぁ、はぁ……、くそっ……」
ロランは地面に両肘をついて上体を起こしたものの、立ち上がれなかった。
全身で荒い息を吐いている。
一気に吹き出した汗がぽたぽたと落ち、地面に染みを作った。
「ジョエル。お前の剣を借りるぞ」
今朝は会議に参加する予定しかなかったため、ヴィルジールは丸腰。
護衛として帯剣していた側近の剣を受け取ると、何度か素振りをして体を慣らす。
ロランはまだ剣を抜かずに、脚の腱を伸ばすなどして体をほぐしていた。
目の前の少年が『死の森』で味わった挫折は、話には聞いていた。
魔獣討伐でなく通常の戦場であっても、自身が重傷を負ったり凄惨な経験をしたことによって、剣を握れなくなる者は少なくない。
ヴィルジールの騎士団にも、脱落していく者が何人かいた。
なんとか繋ぎとめようと手を差し伸べても、それさえ重圧となって潰れてしまうのだ。
ラヴェラルタ騎士団の将来を担うはずの才能溢れるこの若者には、そうなってほしくなかった。
俺が彼をすくい上げることは難しいかもしれない。
だが、決して潰すようなことがあってはならない。
責任重大だ……な。
ヴィルジールは深く息を吐き剣の柄を強く握りしめた。
「どうだ、ロラン。行けそうか」
「はい、大丈夫です。手加減なしでお願いします」
ロランは長剣をすらりと抜くと、ヴィルジールの正面で構えた。
「いや、しかし……君は久しぶりなのだろう。少し慣らしてからの方が良いのではないか」
「いいえ。俺が戦えなくなったのは『死の森』での怪我がきっかけだったけど、それが原因じゃないんです。だから、本気でお願いします! 俺も負けませんから!」
彼の瞳には以前と変わらない闘志がみなぎっている。
剣を構えた姿からは、実戦から長い間遠ざかっていたとは思えない、凄まじい気迫を感じる。
彼がまとっていた魔力は全身に吸い込まれていき、何も感じ取れなくなった。
集中している証拠だ。
「そうか。分かった」
これは、下手に手加減しては彼のためにならない。
ヴィルジールはふっと笑うと、側近に視線を向けた。
ジョエルが右手を上げる。
「手合わせ始めっ!」
「はあっ!」
過去の手合わせと同じように、ロランが先に動いた。
剣を振るいながらも、拳や蹴り、身体強化を使った空中戦を交えた、なんでもありのラヴェラルタ流の魔獣討伐剣術。
低い姿勢から斬りあげてくる剣をヴィルジールが後方に受け流すと、ロランはその勢いを利用して軽業師のように宙を舞う。
不自然な体制から素早く繰り出される踵を、下から掌上で弾き飛ばす。
わずか数秒の間に、二人は最初と同じ体勢に戻り睨み合った。
大丈夫だ。
今の彼に、何かしらのトラウマがあるようには感じられない。
むしろ、怪我を負う前に積んだ数週間の討伐経験の成果なのか、以前より動きが良いくらいだった。
ところが、何度か攻防を繰り返すうちに、彼の動きに違和感を感じ始める。
以前のロランは、ヴィルジールが模倣するベレニスの剣の型に寄せてきていた。
しかし、今はその影響が微塵も感じられない。
それどころか、全く違った斬新な剣筋や構え方を見せて、ヴィルジールをはっとさせた。
一方のヴィルジールも、騎士団最強のマルクの指導を受け、精鋭部隊と共に高度な魔獣討伐の経験を積んでいる。
初めて受ける技でも、即座に見切って対応するだけの技量はあった。
「ロラン。以前と戦い方を変えたのか」
「何か変……ですか?」
「いや。悪くないが、まだ使いこなせていないようだ」
おそらく彼は、騎士団の活動から離れていた間に、一人で研鑽を積んだのだろう。
しかし、騎士団の誰かを手本としたのだろうが、彼の新しい技は、肉体が完成した大人の男の方が向いているように思う。
まだ若く線の細い体つきの彼では、いくら身体強化術に長けていても技の重みが足りず、無理な大振りになりがちだった。
一通りの技が出尽くしてしまえば、スピード重視だった以前のロランよりも隙が多く、むしろ戦いやすかった。
「はあぁぁっ!」
金属音が響き、ヴィルジールはロランの渾身の一撃を真正面から受け止めた。
身体強化術を最大限に使った押し合いでは、短時間であれば二人の力は拮抗する。
けれど、身長差で上から押さえつける体勢になるヴィルジールの方に分があった。
「楽しみだな。このまま鍛錬を積んで数年もすれば、私は手も足も出ないだろう」
「うぅ……くっ」
剣を合わせたまま力ずくで彼を下がらせると、一気に地面へと払いのけた。
「うわぁぁぁっ!」
投げ出されたロランの体が地面をすべり、砂煙が上がった。
彼の手を離れた剣が僅かに遅れて地面に落ちた。
「手合わせやめえっ!」
完全に勝負がついたと見て、ジョエルが声を上げた。
「はっ……はぁ、はぁ、はぁ……、くそっ……」
ロランは地面に両肘をついて上体を起こしたものの、立ち上がれなかった。
全身で荒い息を吐いている。
一気に吹き出した汗がぽたぽたと落ち、地面に染みを作った。
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