【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

文字の大きさ
144 / 216
第8章 舞踏会の対策会議

(3)

しおりを挟む
 管理棟の扉が閉まると、三人は鍛錬場の中央付近まで歩いていった。

「ジョエル。お前の剣を借りるぞ」

 今朝は会議に参加する予定しかなかったため、ヴィルジールは丸腰。
 護衛として帯剣していた側近の剣を受け取ると、何度か素振りをして体を慣らす。
 ロランはまだ剣を抜かずに、脚の腱を伸ばすなどして体をほぐしていた。

 目の前の少年が『死の森』で味わった挫折は、話には聞いていた。
 魔獣討伐でなく通常の戦場であっても、自身が重傷を負ったり凄惨な経験をしたことによって、剣を握れなくなる者は少なくない。

 ヴィルジールの騎士団にも、脱落していく者が何人かいた。
 なんとか繋ぎとめようと手を差し伸べても、それさえ重圧となって潰れてしまうのだ。
 ラヴェラルタ騎士団の将来を担うはずの才能溢れるこの若者には、そうなってほしくなかった。

 俺が彼をすくい上げることは難しいかもしれない。
 だが、決して潰すようなことがあってはならない。
 責任重大だ……な。

 ヴィルジールは深く息を吐き剣の柄を強く握りしめた。

「どうだ、ロラン。行けそうか」
「はい、大丈夫です。手加減なしでお願いします」

 ロランは長剣をすらりと抜くと、ヴィルジールの正面で構えた。

「いや、しかし……君は久しぶりなのだろう。少し慣らしてからの方が良いのではないか」
「いいえ。俺が戦えなくなったのは『死の森』での怪我がきっかけだったけど、それが原因じゃないんです。だから、本気でお願いします! 俺も負けませんから!」

 彼の瞳には以前と変わらない闘志がみなぎっている。
 剣を構えた姿からは、実戦から長い間遠ざかっていたとは思えない、凄まじい気迫を感じる。
 彼がまとっていた魔力は全身に吸い込まれていき、何も感じ取れなくなった。
 集中している証拠だ。

「そうか。分かった」

 これは、下手に手加減しては彼のためにならない。

 ヴィルジールはふっと笑うと、側近に視線を向けた。
 ジョエルが右手を上げる。

「手合わせ始めっ!」

「はあっ!」

 過去の手合わせと同じように、ロランが先に動いた。

 剣を振るいながらも、拳や蹴り、身体強化を使った空中戦を交えた、なんでもありのラヴェラルタ流の魔獣討伐剣術。
 低い姿勢から斬りあげてくる剣をヴィルジールが後方に受け流すと、ロランはその勢いを利用して軽業師のように宙を舞う。
 不自然な体制から素早く繰り出される踵を、下から掌上で弾き飛ばす。
 わずか数秒の間に、二人は最初と同じ体勢に戻り睨み合った。

 大丈夫だ。
 今の彼に、何かしらのトラウマがあるようには感じられない。

 むしろ、怪我を負う前に積んだ数週間の討伐経験の成果なのか、以前より動きが良いくらいだった。
 ところが、何度か攻防を繰り返すうちに、彼の動きに違和感を感じ始める。

 以前のロランは、ヴィルジールが模倣するベレニスの剣の型に寄せてきていた。
 しかし、今はその影響が微塵も感じられない。
 それどころか、全く違った斬新な剣筋や構え方を見せて、ヴィルジールをはっとさせた。

 一方のヴィルジールも、騎士団最強のマルクの指導を受け、精鋭部隊と共に高度な魔獣討伐の経験を積んでいる。
 初めて受ける技でも、即座に見切って対応するだけの技量はあった。

「ロラン。以前と戦い方を変えたのか」
「何か変……ですか?」
「いや。悪くないが、まだ使いこなせていないようだ」

 おそらく彼は、騎士団の活動から離れていた間に、一人で研鑽を積んだのだろう。
 しかし、騎士団の誰かを手本としたのだろうが、彼の新しい技は、肉体が完成した大人の男の方が向いているように思う。
 まだ若く線の細い体つきの彼では、いくら身体強化術に長けていても技の重みが足りず、無理な大振りになりがちだった。
 一通りの技が出尽くしてしまえば、スピード重視だった以前のロランよりも隙が多く、むしろ戦いやすかった。

「はあぁぁっ!」

 金属音が響き、ヴィルジールはロランの渾身の一撃を真正面から受け止めた。
 身体強化術を最大限に使った押し合いでは、短時間であれば二人の力は拮抗する。
 けれど、身長差で上から押さえつける体勢になるヴィルジールの方に分があった。

「楽しみだな。このまま鍛錬を積んで数年もすれば、私は手も足も出ないだろう」
「うぅ……くっ」

 剣を合わせたまま力ずくで彼を下がらせると、一気に地面へと払いのけた。

「うわぁぁぁっ!」

 投げ出されたロランの体が地面をすべり、砂煙が上がった。
 彼の手を離れた剣が僅かに遅れて地面に落ちた。

「手合わせやめえっ!」

 完全に勝負がついたと見て、ジョエルが声を上げた。

「はっ……はぁ、はぁ、はぁ……、くそっ……」

 ロランは地面に両肘をついて上体を起こしたものの、立ち上がれなかった。
 全身で荒い息を吐いている。
 一気に吹き出した汗がぽたぽたと落ち、地面に染みを作った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

処理中です...