【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

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第8章 舞踏会の対策会議

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「ふぅ……」

 ヴィルジールも顎に伝う汗を左手で拭うと、側近に長剣を返した。
 そして、いまだ立てないでいる若者に近づいていく。

「良い試合だった。ありがとう」

 ロランの前に膝をつくと助け起こすために右手を伸ばす。
 しかし彼はその手を取ろうとはせず、悔しげに拳を地面に叩きつけた。

「はぁ……は……っ。やっぱ……り、無理……なのか。俺は…………に、勝て……ないのかよ!」

 しまった。
 やりすぎたか。

 トラウマを抱え自信をなくしているであろう彼に、どういう言葉をかけるべきか迷う。
 下手な慰めは逆効果になることがあるし、叱咤激励すればいいというものでもない。
 だから、少しでも明るい見通しが持てるような事実を淡々と口にする。

「いや、君は以前に比べると格段に強くなったよ。それでも今回、私の方が上回ったのは、マルクや騎士団の精鋭部隊に、数多くの経験を積ませてもらったおかげだ。次に会う機会があれば、君はまた私を追い越しているはずだ」

「…………く……そぉっ」

「君はまだ若く、体も完成していない。今日使っていた技も、完全に使いこなせるようになるには時間がかかる。だから焦る必要はない。さぁ、立って」

 ヴィルジールは差し出した手を、さらに少しだけ前に出す。
 しかし、少年はやはりそれを取らなかった。

「ありがとうございました」と言うと、唇をかみしめて一人で立ち上がり、衣服についた土を払い、少し離れた場所に落ちていた長剣を拾い上げて腰に収める。
 そして、ヴィルジールの真正面に立つと顔を上げた。

「ヴィルジール殿下。殿下にお聞きしたいことがあります」
「急に改まってどうした」

 何か相談があるのなら、乗ってやらねばならないと思い、ヴィルジールも気を引き締めて向かい合う。

「本当は、そのために今日ここに来たんです。今の状態で、殿下ともう一度手合わせをして直接確かめたかった。そして確信しました」
「何を?」
「殿下は……」

 ロランは言いかけて言葉を切った。
 視線を逸らし、しばらく迷うようなそぶりを見せた後、思い切ったように顔を上げる。

「勇者ベレニスだ!」
「えっ? なんだって?」

 思いがけない言葉に思わず聞き返すと、ロランはきっぱりと言い切った。

「殿下はベレニスの生まれ変わりだ!」
「は……?」

 彼の指摘は間違っていたものの、ヴィルジールはぎくりとした。

 強き者に対して、勇者の名前を出して褒め称えることは珍しくない。
 しかし、彼の様子はそんなものとは違う。
 彼の言葉は比喩ではなく断定だった。

「なぜ……そんなことを言う」
「殿下の振るう剣はベレニスと全く同じ。剣の構え方も、剣が描く軌道も、身のこなしも何もかも、ベレニスそのものだ! 絶対そうだ! 殿下はベレニスだ!」

 確かに俺の剣の型は、魔王の記憶に残っていたベレニスの戦い方を正確に模倣したもの。
 だから、彼の指摘は正しい。

 だが、本人の生まれ変わりであるマルクですら、見た目で判断することはできなかった。
 唯一アロイスだけが「今なら分かるが」と前置きした上で、「確かにベレニスそっくりだ」と断言した。

 まさか……?

 ヴィルジールの背筋がざわりとする。

「いや待て。私の剣がベレニスに似ているなどと、君にどうして分かるんだ。彼女は四百年も前に亡くなった人間だぞ。比べようがないだろう」
「いいえ。俺には分かります」
「なぜだ」
「それは、彼がずっと悔しい思いをしてきた相手だから」
「……彼?」

 自分のことでありながら、人ごとのように三人称を使う、独特の言い回し。
 それはヴィルジールとマルク、アロイスが、前世の自分を客観的に話すときに使う表現と同じだった。

 やはり、そういうことか。
 つまり彼もまた、誰かの生まれ変わりなのだ。
 ベレニスに近しい者なら、俺の動きを見て彼女を連想してもおかしくない。

 だとすれば、誰だ——。

 さっきまでのロランの言動から推測すると、『彼』は剣士で、おそらくベレニスに対抗心を持っていた。
 先ほど見せた以前のロランとは違う剣技は、その男のものに違いない。
 年齢はロランより上で、体格も良い大人の男。

 おそらく『彼』は……。

「君は誰だ。誰の生まれ変わりだ」
「俺は……エドモン」

 ロランの口から出たのは、予想通りの名前だった。
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