158 / 216
第9章 王都に張り巡らされた策略
(4)
しおりを挟む
中央に赤い絨毯が敷かれた長い廊下を、女性を抱き上げた第四王子が堂々と歩いていく。
「ねぇ、もういいでしょ。下ろしてよ」
マルティーヌがヴィルジールの胸元を叩いてこそりと言う。
「だめだよ。君は今、高熱があることになっているのだからね。自分ですたすた歩いて帰る様子が王太子に報告されたらまずいだろう?」
そう言いながら、彼はぐっと首を曲げて顔を覗き込んできた。
ひゃあ!
とてつもなく狭い空間に二人きりで閉じ込められたよう。
深い緑の瞳がすぐ目の前にあり、誰にも聞かれないように潜めた声が、形の整った滑らかな唇から落ちてくる。
いや、無理、無理、無理ぃぃ~!
これ以上、こんな間近で彼の顔を見ていられない。
どうにか彼から顔を背けようとすると、彼の胸に顔を埋めるような体勢になってしまった。
彼の体温と香水の香りに感覚が支配されて頭がくらくらする。
かといって、顔を元に戻すこともできない。
「じ、じゃあ、兄さまに変わってよぉ」
彼の胸元で、もごもごと懇願すると、今度は、耳元の髪の間に彼の鼻先が入ってくる。
耳たぶに触れたのは多分——。
「その願いは聞けないな。君を腕に抱いて歩く光栄な役目は、たとえ君の兄にも譲れないよ」
「…………ん、ふ」
耳に直接吹き込まれる甘い低音と、耳たぶをくすぐる柔らかな感触に背筋がぶわりと熱くなり、反射的に変な声が漏れた。
途中で出くわした王城勤めの貴族らは、驚きを隠しきれないまま、廊下の端に身を寄せて頭を下げた。
若い侍女は「きゃ」と小さな悲鳴を上げ物陰に身を隠し、童話のようなきらきらした光景を見守った。
遊び人と名高い第四王子とはいえ、城内でこんな風にいちゃついている姿を見かけたことはない。
相手は誰だろうかと、誰もが興味深々だ。
抱き上げられた女性は甘えるように王子の胸に顔を埋めている。
王子は彼女の耳元で何事かを囁いており、いかにも親密な関係のようだ。
見ている者たちの方が赤面してしまうほどの甘い雰囲気を撒き散らしていく。
女性のまとうドレスは高級で、体型は細く小柄。
王子の腕からこぼれ落ちる長い金色の髪は艶やかだ。
過去に噂された彼の錚々たるお相手を考えると、この女性も名だたる貴族のご令嬢に違いない。
しかし、誰にも心当たりがなかった。
人目もはばからず甘い時を過ごす二人に、貴賓室から出てきた人々が、慌てた様子で駆け寄ってくる。
「あっ!」
貴族の男たちは皆、はっとなった。
先頭にいたのは、この国最強と謳われるラヴェラルタ騎士団を率いる、オリヴィエ・ラヴェラルタ。
続くのが、この国きっての魔術師と名高いセレスタン・ラヴェラルタだ。
その後ろにいる中年の男女は、ラヴェラルタ辺境伯とその奥方だろう。
ということは、第四王子が大切そうに抱きかかえているのは、これまで一切社交界に出ることがなかった病弱令嬢、『ラヴェラルタの秘された花』——。
貴族の間では、第四王子が最近まで長期間ラヴェラルタ家で療養していたことは知られていた。
二人の仲睦まじい様子は、療養期間に起きた何かを勝手に想像させるのに十分であった。
城内では侍女たちを中心に、第四王子と辺境伯令嬢とのロマンスが瞬く間に広まっていく。
ここ数年肩身の狭い思いをしてきた第四王子派の貴族らは、自分たちが推す王子が最強の後ろ盾を得たことに色めき立った。
焦りを見せた王太子派と王弟派も動き出す。
汚れ仕事に従事していると蔑まれていたラヴェラルタ家は、数日もしないうちに各派閥からのお茶会やパーティへのお誘い、マルティーヌと兄二人への縁談で溢れかえることとなった。
「ねぇ、もういいでしょ。下ろしてよ」
マルティーヌがヴィルジールの胸元を叩いてこそりと言う。
「だめだよ。君は今、高熱があることになっているのだからね。自分ですたすた歩いて帰る様子が王太子に報告されたらまずいだろう?」
そう言いながら、彼はぐっと首を曲げて顔を覗き込んできた。
ひゃあ!
とてつもなく狭い空間に二人きりで閉じ込められたよう。
深い緑の瞳がすぐ目の前にあり、誰にも聞かれないように潜めた声が、形の整った滑らかな唇から落ちてくる。
いや、無理、無理、無理ぃぃ~!
これ以上、こんな間近で彼の顔を見ていられない。
どうにか彼から顔を背けようとすると、彼の胸に顔を埋めるような体勢になってしまった。
彼の体温と香水の香りに感覚が支配されて頭がくらくらする。
かといって、顔を元に戻すこともできない。
「じ、じゃあ、兄さまに変わってよぉ」
彼の胸元で、もごもごと懇願すると、今度は、耳元の髪の間に彼の鼻先が入ってくる。
耳たぶに触れたのは多分——。
「その願いは聞けないな。君を腕に抱いて歩く光栄な役目は、たとえ君の兄にも譲れないよ」
「…………ん、ふ」
耳に直接吹き込まれる甘い低音と、耳たぶをくすぐる柔らかな感触に背筋がぶわりと熱くなり、反射的に変な声が漏れた。
途中で出くわした王城勤めの貴族らは、驚きを隠しきれないまま、廊下の端に身を寄せて頭を下げた。
若い侍女は「きゃ」と小さな悲鳴を上げ物陰に身を隠し、童話のようなきらきらした光景を見守った。
遊び人と名高い第四王子とはいえ、城内でこんな風にいちゃついている姿を見かけたことはない。
相手は誰だろうかと、誰もが興味深々だ。
抱き上げられた女性は甘えるように王子の胸に顔を埋めている。
王子は彼女の耳元で何事かを囁いており、いかにも親密な関係のようだ。
見ている者たちの方が赤面してしまうほどの甘い雰囲気を撒き散らしていく。
女性のまとうドレスは高級で、体型は細く小柄。
王子の腕からこぼれ落ちる長い金色の髪は艶やかだ。
過去に噂された彼の錚々たるお相手を考えると、この女性も名だたる貴族のご令嬢に違いない。
しかし、誰にも心当たりがなかった。
人目もはばからず甘い時を過ごす二人に、貴賓室から出てきた人々が、慌てた様子で駆け寄ってくる。
「あっ!」
貴族の男たちは皆、はっとなった。
先頭にいたのは、この国最強と謳われるラヴェラルタ騎士団を率いる、オリヴィエ・ラヴェラルタ。
続くのが、この国きっての魔術師と名高いセレスタン・ラヴェラルタだ。
その後ろにいる中年の男女は、ラヴェラルタ辺境伯とその奥方だろう。
ということは、第四王子が大切そうに抱きかかえているのは、これまで一切社交界に出ることがなかった病弱令嬢、『ラヴェラルタの秘された花』——。
貴族の間では、第四王子が最近まで長期間ラヴェラルタ家で療養していたことは知られていた。
二人の仲睦まじい様子は、療養期間に起きた何かを勝手に想像させるのに十分であった。
城内では侍女たちを中心に、第四王子と辺境伯令嬢とのロマンスが瞬く間に広まっていく。
ここ数年肩身の狭い思いをしてきた第四王子派の貴族らは、自分たちが推す王子が最強の後ろ盾を得たことに色めき立った。
焦りを見せた王太子派と王弟派も動き出す。
汚れ仕事に従事していると蔑まれていたラヴェラルタ家は、数日もしないうちに各派閥からのお茶会やパーティへのお誘い、マルティーヌと兄二人への縁談で溢れかえることとなった。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
令和日本では五十代、異世界では十代、この二つの人生を生きていきます。
越路遼介
ファンタジー
篠永俊樹、五十四歳は三十年以上務めた消防士を早期退職し、日本一周の旅に出た。失敗の人生を振り返っていた彼は東尋坊で不思議な老爺と出会い、歳の離れた友人となる。老爺はその後に他界するも、俊樹に手紙を残してあった。老爺は言った。『儂はセイラシアという世界で魔王で、勇者に討たれたあと魔王の記憶を持ったまま日本に転生した』と。信じがたい思いを秘めつつ俊樹は手紙にあった通り、老爺の自宅物置の扉に合言葉と同時に開けると、そこには見たこともない大草原が広がっていた。
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる