影の正男と月光の姫 ― 正しさが人を殺す世界を生きる姫 ―

冴月練

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第三夜:真壁亜蓮

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 大講義室に入ったら、予想外に人が多くて驚いた。
 結構難しそうな内容だから、もっと人が少ないと思ってた。
 やっぱり、有名人だからだろうな。

 真壁亜蓮まかべあれんさん。
 世間の注目を集めている医療バイオ企業「マカベ・バイオテック」の経営者さん。会社を興す前は、天才科学者なんて呼ばれていた。私でも中学生の時にはもう真壁さんの名前を聞いたことがあった。

 講義室を見回した。
 集まってるのは理工学部と医学部の学生が中心だろう。前のほうに座っているのは院生が中心だと思うが、学部生っぽい女子も多い。私と同じくらいの歳に見える。
「噂のイケメン経営者ってことで、女子もたくさん集まってるね」
 みのりが私と同じように前を見ながら言った。なるほど、そういう目的で来ている人もいるのか。
 私とみのりは、講義室の中央付近に座った。

 真壁さんが姿を見せた。それだけで会場がざわめき、女子が黄色い声を上げた。真壁さんはかっこいいからわからなくもないけど、私とはタイプが違うなあ。
 今日の講演は「生命の未来と人類の可能性」というタイトル。再生医療や遺伝子研究を行うマカベ・バイオテックの経営者さんにはぴったりの内容だ。

 時間通りに講演は始まった。
 内容は高度だけど、真壁さんの説明が上手いから理解しやすい。例え話も上手で面白い。大勢の前で話すのに慣れていると感じた。人の惹きつけ方を心得ているのだろう。
「病気や老化は必ず克服できる。生命はもっと可能性を秘めている」と真壁さんが熱っぽく語った。皆話に引き込まれていた。
 真壁さんは最後に「君たち若い世代こそ、人類をより良い未来に導く力を持っている」と言って締めくくった。
 講義室は拍手に包まれた。私も拍手した。拍手はなかなか止まなかった。

 真壁さんは学生に応えるように笑顔で片手を上げ、会場を見回していた。
 ――気のせいかな? 私のことを少し長く見ていたような。何か変なところでもあるのだろうか? ご飯粒が付いていたり? 念のため顔を触ったが、何も付いていなくて安心した。

「おい、ほたる」正男さんが声をかけてきた。
 カモフラージュのためにスマホを耳に当て、身体をかがめて机の下の影に近づいた。
「なんですか? 外ではあまり話しかけないでくださいよ」小さな声で抗議した。
「今の話聞いてどう思った?」思いがけないことを正男さんは聞いてきた。
「え? 立派な話だなと。でも、なんか、ちょっと……」
「思ったこと言えよ」少し苛立った正男さんの声。
「なんか……自分のことしか考えてないような気が……」自分でも何でそう思ったのかわからないけど。
「それで正解だと思うぜ」褒めるような正男さんの声。珍しい。
「ああいう奴の語る“未来”は、てめえの未来だけだ」
 体を起こしながらスマホを耳から離した。
 真壁さんを見た。悪い人には見えないんだけどなあ。



* * *



「つかれたー」そう言うと、みのりは後ろにひっくり返った。
 私のアパートでみのりとレポートを書いていた。
「そうだね、そろそろ夕飯にしようか」笑いながら提案した。
「そうしよう」みのりは起き上がりながら嬉しそうに言った。

 夕飯は私とみのりで一品ずつ作ることになっていた。
 先にみのりが料理し、出来上がったので交代した。
 ご飯とインスタントの味噌汁も用意し、テーブルの前に座った。
「私が作ったのは、“ズッキーニとあさりの酒蒸し”」みのりが笑顔で言った。
「わー、美味しそう!」心からそう思うのに、なんか引っかかる。何でだろう?
「お前の友達、いいやつだな」正男さんが嬉しそうに囁いた。

「私は、ほっけ」笑顔で言った。
「ほっけ? なんか意外」みのりが私の焼いたほっけを見ながら言った。
「まあ、食べてみてよ」自信作だから。
「美味しい! なにこれ?」一口食べたみのりが目を丸くした。
 私は料理というか、「焼く」のが得意だ。お肉も得意だけど、一番得意なのは焼き魚。同じ魚でも、私が焼くと全然違う味になる。これだけは自慢だ。

 その夜はみのりと楽しく夕飯を食べた。



* * *



 研究交流スペースでは先日の講演に続いて、真壁さんが学生との交流会を開いていた。
 私とみのりは後ろのほうで話を聞いているだけ。真壁さんは院生からの質問に丁寧に答えていた。やっぱり院生はすごいな。質問が高度過ぎて、わからないことだらけだ。
 チラリとみのりを見たら、少し飽きてきてるようだった。私にも高度過ぎる内容だし、そろそろ出ようかな。

 そう思ったら、みのりの友達がやってきた。合コンで何度か会ったことがあるが、この子たちとはちょっと合わないと感じていた。みのりと挨拶していた。私も会釈した。彼女たちは文系だから、話の内容には興味がないだろう。だとすると、真壁さんを見るのが目的かな?
「あれが真壁亜蓮か。噂通りのイケメン」みのりの友達の一人が言った。
「マカベ・バイオテックって、炊き出しとかの社会活動もやってるんだって。すごいよね」他の子が言った。
「会社のイメージ戦略でしょ? 売名行為じゃん」さらに別の子が馬鹿にするように言った。
「でも、それで助かってる人がいるならいいんじゃない」みのりが言った。
 うん。私もみのりの意見に賛成だ。

 そんな風にしていたら、真壁さんとの交流会が終わっていた。
 学生たちがお礼を言い、真壁さんは笑顔で片手を上げてそれに応えていた。
 真壁さんが部屋から出て行くのをなんとなく見ていた。
 ――あれ? 真壁さんが私を見た。今度は勘違いじゃない。何で?



* * *



 真壁亜蓮は大学関係者に見送られ、駐車場に向かいながら考えていた。
「この間の娘が来ていた。運がいい」少し口元を緩めた。
 車に乗り込むと息を吐いた。今日は自分の運転で来ていた。
「先日の講演で見たときは驚いた。大講義室でも一人輝いているような魔導士の才能。あれだけの才能は珍しい」

 そう考えると、真壁は左手の親指と薬指を合わせた。そこにカードのような氷が形成された。氷にはほたるの姿が映っていた。
「使えそうだ。部下に調べさせておくか」
 そう思い、部下と画像を共有するためにスマホでほたるを撮影し、部下にメッセージで送った。
 氷は砕け散り、あとには何も残らなかった。
 真壁は車のアクセルを踏んだ。



* * *



 大学近くのカフェでみのりとお茶にしていた。
「美味しかったね。今日の日替わりパスタ“ズッキーニと豚肉の和風パスタ”」みのりが笑顔で言った。お昼はイタリアンレストランでランチを食べた。
「うん……そうだね」薄ら笑いで答えた。
「どうしたの? 口に合わなかった?」みのりが首を傾げながら、少し心配そうに聞いてきた。
「ううん、そんなことないよ」慌てて否定した。「なんか最近ズッキーニに縁があるな、と思っただけ」
「なにそれ? 面白い」みのりは声を出して笑った。
「ちょっとお手洗い行ってくるね」そう言って、みのりは席を立った。

「ちょっといいかな」男性の声が聞こえてきた。
「はい?」虚を突かれて、間抜けな声で返事をしてしまった。恥ずかしい。
「君、先日の講演に来ていただろ?」その言葉を聞き、男性の顔を見て驚いた。
「私は真壁亜蓮というものだ」そう言って、真壁さんは名刺を差し出した。慌てて受け取った。名刺の受け取り方なんて知らないよ。
「存じております。あの、なんでしょう?」道にでも迷ってるのかな?

 そう思ったのに、真壁さんは椅子に座った。あまりにも自然に座ったので、驚くのが遅れた。すごく慣れた感じ。
「おい、信用するなよ」正男さんの囁く声が聞こえた。
 周りの人がざわつき始めた。「あの人、真壁亜蓮?」なんて会話も聞こえてきた。私は居心地が悪くてきょろきょろするのに、真壁さんは自然体だ。こういう状況に慣れているのだろう。

「あの、なんでしょうか?」おずおずと聞いた。
「先日の講演と交流会で君を見かけてね。気になっていたんだ」真壁さんが微笑んだ。
 見られているように感じたのは、気のせいではなかったようだ。
「なぜ、ですか?」理由がわからないから尋ねた。
「私は人を見る目には自信があるんだ」そう言って、真壁さんはこめかみ辺りを人差し指でちょっと叩く仕草をした。
「君の才能は、他の人とは比べ物にならない」鋭い目で私の目を見た。

「あの、褒めていただいて光栄ですが、私まだ学部の一年ですし」目が泳ぐのを自覚した。
「君は、将来は研究職を目指しているのかい?」
 真壁さんが身体を乗り出し、肘をテーブルに載せた。動作の滑らかさに感心した。同時に「近いな」と思った。苦手なタイプかも。
「え、ええ。そうなれたらいいなと思ってます」真壁さんと目を合わさずに答えた。
「研究に興味があるなら、よかったらこれから研究所を見学にこないかい?」
 話題の会社の研究施設。興味はあるのだけど、なんだか嫌な感じがした。
「断れ、断れ」正男さんが影の中から囁いてきた。切迫した感じ。

「あ、そうだ! 友達もいるんです」
「友達――ひょっとして、交流会のとき君の隣にいた子かい?」真壁さんは思い出すように斜め上を見た。
「そうです、そうです」勢い込んで頷いた。
「彼女は関係ない。私は凡庸な人間ではなく、君のように優れた人間に興味があるんだ」真壁さんは笑顔で言った。
 それを聞いたら胸の奥が冷たくなるような感覚がした。この人は、私の大事な友達を「道具としての価値」で見ている。

 ふと視線をそらしたら、みのりが立っていた。傷ついた表情をしていた。

 大学に入って、同じ秋田出身ということで仲良くなった友達。
 無意識に唇を噛んでいた。
 ただそれだけだけど――今は違う!

 真壁さんの目を見て口を開いた。
「お誘いありがとうございます。でも、私は行きません」自分でも驚くほどきっぱり言っていた。
 椅子から立ち、みのりのもとへ向かった。
 みのりの手首をつかみ、真壁さんを振り返ることもなくカフェを出た。

 しばらく歩き、カフェから十分離れてから止まった。ふーっと息を吐いた。
「ほたる!」みのりが抱きついてきた。
「あの、みのり」
 周囲をきょろきょろと見た。通り過ぎる人たちが、私とみのりを見ていた。視線が気になる。
 でも――私はみのりを抱きしめ返した。



* * *



 真壁亜蓮は、研究室でデスクトップパソコンの画面を見ていた。彼にとって使えそうな人物のリストが表示されていた。
 リストを流し見していると、ほたるが表示された。それを見た真壁は苦笑して思った。
「まさかこの私が、こんな田舎娘に袖にされるとはな」
 昼間のことを思い出していた。不快感も蘇ってきた。ほたるの情報に目を通した。
「月野瀬ほたる。化学科の一年生。成績は優秀」
 それだけ見て次の人物に移ろうとしたが、真壁の手が止まった。
「月野瀬――どこかで見た苗字だ」
 そう思い、真壁はキーボードを操作し、データベースを検索した。検索結果を見て思わず立ち上がった。

「炎の魔女、富岡トメの妹と同じ苗字!」
 真壁は衝撃を受け、考えた。
「富岡トメの息子と孫は調べたが、魔導士としての才能はわずかで失望した。まさか、こんなところに炎の魔女の才能を色濃く受け継いだ娘がいたとは」
 真壁は喜びで口元を緩めた。そのことに、本人は気づいていなかった。
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