影の正男と月光の姫 ― 正しさが人を殺す世界を生きる姫 ―

冴月練

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第二夜:月野瀬ほたる

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 怯えるほたるをなだめ、なんとか会話しようと試みた。
 ほたるは俺にも怯えていたが、自分がおかしくなったのではないかということにも怯えていた。

 俺は自分のことを話したが、ほたるはなかなか聞く耳を持ってくれなかった。
 やけになって、ほたるに無理やりクイズを出させた。最初は戸惑っていたが、ほたるは押しに弱いから、最終的に俺の提案した「歴史クイズ」を出題し始めた。
 難しい社会問題とかはあまり答えられなかったが、俺は石原裕次郎や美空ひばりの素晴らしさ、「8時だョ! 全員集合」の面白さを熱弁した。
 ほたるは俺が言ったことをあまりわかっていなかった。だが、俺が「自分の知ってることを答えない」「自分の知らないことを知っている」ということで、自分がおかしくなったのではないと安心していた。

 それから俺の話を聞いてくれるようになった。
 だんだんと興味津々になっていったのは、理系ゆえの探求心か、若さゆえの好奇心か。

「“炎の魔女”、怖そうですね」そう言ってる割には、ほたるは目を輝かせていた。他人事だと思って。
「ああ。しかもその炎の魔女が、中華料理屋の女店主だってんだから反則だ」本当に理不尽だ。
「中華料理屋……」
 ほたるは何かを考えるそぶりをした。何だ? まあいいか。
「正男さんは、炎の魔女を見つけられなかったんですね?」
「いや――それが、運もあって、たまたま見つかったんだ」
「え? じゃあ、それでも呪いを解いてもらえなかったんですか?」ほたるは驚いた顔をした。
「それがな――とっくにあの世に逝ってた」自然と暗い声が出た。苦笑いするしかない。
「あはは」ほたるは気まずい雰囲気をごまかすように笑った。
「しかも子供や孫に囲まれて、穏やかに逝ったんだと」腹立つなあ、本当に。

「ちなみに、炎の魔女さんの名前は何ですか?」ほたるが聞いてきた。
「ああ。あの婆の名前は、“富岡とみおかトメ”っていうんだ」
「富岡トメ――すごい偶然ですね」
「何がだ?」
「うちのおばあちゃんのお姉さんと同じ名前です」ほたるが笑顔で言った。
「――何だと?」
「しかも、おばあちゃんのお姉さんも、中華料理屋をやってたんですよ」ほたるが嬉しそうに言った。

 一瞬頭が真っ白になったあと、高速で回転した。
「お前、炎の魔女の血縁者だったのか!」吼えた。
 いろいろ謎が解けた。
 ほたるはといえば、きょとんとした顔をしていた。



「大丈夫ですか、正男さん?」
 ゼーゼー言っている俺を心配して、ほたるが声をかけてきた。
「いや、すまん。急に大声出して」謝った。
「大丈夫ですよ」
 呼吸と気持ちを落ち着けるために、ほたるに待ってもらった。

「ほたる、いくつか質問させてくれ」ほたるを見て言った。
「いいですよ」ほたるは軽い感じで答えた。
「なんせ影にされて以来、話ができる人間に出会ったのは初めてなんだ」
「え? 戦後に影にされたのに、今までいなかったんですか?」ほたるは目を丸くした。
「ああ。ほたる、お前は特別な何かを持っている」
「特別だなんて、そんな……」ほたるは照れていた。褒めているつもりはないのだが。

「まず、あのオルゴールはどこで手に入れた?」
「あのオルゴールは、おばあちゃんからもらいました」
 なるほど。ほたるの祖母は、トメからもらったのだろう。
「お前のばあさんから、魔法について聞いたことはないか?」
「うーん。魔法なんて、今日の今日までフィクションだと思ってました」ほたるは難しい顔で答えた。
「そうだ! お前のばあさんから直接聞けばいいんだ。今、どこにいる?」勢い込んで聞いた。
「おばあちゃん……三年前に亡くなりました」ほたるは悲しそうに答えた。
「それは……御愁傷さまです」なんとかそれだけ言った。自分でも沈んだ声が出たと思った。
「ありがとうございます」ほたるが頭を下げた。

 これ――結局、何も進んでないのでは?



* * *



 ほたるにアパートで過ごさせてもらえないかと頼んだ。少し悩んでいたが、ほたるは了承した。こちらとしてはありがたいのだが、ほたるの警戒心の薄さに内心で眉をひそめた。
 そして、ほたるは気づいていなかったが、次の日からほたるはオルゴールが無くても俺を認識し、話せるようになっていた。さらに漱石もほたるのそばにいる時は俺を認識し、やがてほたるがいなくても俺を認識するようになった。

 オルゴールにも不思議な力があるのは間違いない。だがそれよりも、ほたるのほうが何か特別な力をもっていると俺は考えるようになった。
 月明かりに照らされて輝いていたほたる。あれがいったい何なのか。知りたいのにその方法がわからない。ヒントすらない。

 問題は魔法の知識がないことだ。どうしたらいいのだろう?
 俺だって呪いを解くために魔法について調べようとしてきたが、ほとんど知識は得られなかった。
 ほたるなら何か知ってるかと思ったが、役に立たないし。

 そのほたるを見た。
 ベッドの上で体育座りして、壁にもたれて燃え尽きた表情をしていた。
 行きたくもない合コンへの参加を断れず、行った末に疲れ果てていた。
 断ればいいのに断らない。やっぱり馬鹿だな、こいつ。



* * *



「そういえば、正男さんはいつから私を見てたんですか?」
 ある晩ほたるが聞いてきた。
「半月くらい前からだな。漱石が井戸に落ちた日からだ」
「ああ、あの日から」
 ほたるは笑顔でそう言ったが、その笑顔のまま凍りついた。どうした?
「あの――ずっと見てたんですか?」凍った笑顔のまま首を傾げた。
 何を言いたいのかわかった。

「安心しろ。俺は人の風呂やトイレは覗かない主義だ」きっぱりと言った。
「そうですか、それを聞いて安心しました」ほたるが普通の笑顔で言った。「じゃあもちろん着替えも見てないんですよね?」
「それは見てたぞ」
「なんでですか!」ほたるが詰め寄ってきた。
「ほたる――俺は身体が無いんだ」落ち着けようと冷静に言った。
「そうですね、それがなにか!」ほたるは落ち着かなかった。
「身体が無いから、欲情することもない」
「は? いや……それで許される問題じゃないでしょ!」ほたるは一瞬止まったが、すぐに勢いを取り戻した。

「ほたる、お前小さな男の子に裸を見られるの嫌か?」
「いや……あんまり気にしないです」ほたるは考えながら答えた。
「何でだ?」
「何でって……」ほたるは俯いて考え込み始めた。
「お前をいやらしい目で見てないからじゃないか?」
「そうですね。それはあります」顔を上げて、ほたるが答えた。
「俺も同じだろ?」
 そう言ったら、ほたるは頭を抱えて考え込みだした。なにかブツブツ言っている。頭のいいやつって、変なところで馬鹿だよな。

「わかったよ。これからはお前が着替える時は部屋を出てく」
「そうしてください!」
 頭を抱えたまま顔を上げ、ほたるが言った。
「あ……」
 ほたるは何かに気づいたように声を出した。

 次の日からほたるはスカートを履かなくなった。何を考えたのかは予想がつく。



* * *



「だから、何でお前は断らないんだよ!」イライラする。
 何度も何度も何度も同じことを繰り返しているほたるを見ていたら、耐えられなくなって声を荒げてしまった。
「だって……」ほたるは目をそらした。
「だって、何だよ?」
「私がちょっと我慢すれば、みんなに嫌な思いさせないし……」
「なんだそりゃ? 自己犠牲のつもりか?」
「そんなんじゃないですよ。でも……」

 ため息をついてから口を開いた。
「ほたる、お前のは自己犠牲なんかじゃねえ」首を横に振りながら言った。
「だから、そんなつもりはないですって」ほたるは少し頬を膨らませた。
「今から俺が昔取り憑いていた男の話をしてやる。俺の尊敬する男だ」
「はあ」覇気のない声が返ってきた。
「名前はズッキーニ棒本ぼうもとという」
「ズッキーニ棒本さん? 変わった名前ですね。ハーフですか?」ほたるは首を傾げた。
「いや、ズッキーニは芸名だ」
「ああ、芸能人さん」ほたるは納得した表情をした。
「そうだ。ズッキーニ棒本は、平成に活躍したAV男優だ」

「正男さん」
「何だ?」
「私、実験レポート書きたいんで、もういいですか?」ほたるは立ち上がろうとしていた。
「馬鹿野郎! 触れるんならひっぱたいてるぞ、お前!」吼えた。
「わかりましたよ、聞きますよ」嫌そうな顔をしながらほたるは座った。
「よし。ズッキーニは人気男優だったが、加齢とともに衰えを感じていた。引退も真剣に考えていた」
「はあ」また覇気のない声が返ってきた。
「だが、ズッキーニは諦めなかった。不屈の努力と研究により、ついに“ズッキーニ式精力法”を完成させた」
「ズッキーニ式精力法」ほたるは薄ら笑いで復唱した。本当にひっぱたきたいな、この小娘。

「ここからが話の肝だ。よく聞け」
 一拍置いた。
「ズッキーニはな、仕事に行く途中に火事の現場に居合わせ、中に子供が取り残されているのに気づくと、躊躇なく助けに向かったんだ」ほたるを見ながら言った。
「え?」ほたるは虚を突かれたような顔をした。
「そして、子供は無事に助けたが、ズッキーニ本人は一酸化中毒で亡くなった」
 思い出したら泣きそうになった。泣けないけど。

「そんなに――立派な方だったんですか、ズッキーニさん……」涙声が聞こえたから見ると、ほたるは泣いていた。
「そうだ。それをなんだ、お前は? AV男優と聞いただけで馬鹿にしたような態度取りやがって!」
「すいません。私、自分が恥ずかしいです」ほたるは涙を流しながら答えた。
「そうだ、反省しろ! いいか、ほたる。自己犠牲というのはな、ズッキーニ棒本のようなあり方なんだ」
「わかりました、正男さん。私、自分のあり方を反省します!」
「そうか。わかってくれたか」嬉しくて、大きく頷いた。

 翌日。
 ほたるは興味もないのに友達の服や化粧品の買い物につきあわされ、ベッドで体育座りして自己嫌悪していた。
 変わらないな、こいつ。



* * *



 夜の都内のとある公園では、炊き出しが行われていた。
 多くの人が列を作り、ボランティアが対応していた。
 ボランティアとは別に、「マカベ・バイオテック」と書かれたそろいのユニフォームを着た一団が炊き出しを行っていた。

 その後方に同じユニフォームを着、帽子を目深にかぶり、サングラスを掛けた男が立っていた。
 男は会場を無表情で眺め、時折ユニフォームに隠した小型カメラで炊き出しに来ていた人を撮影していた。シャッター音は鳴らないように改造してあった。
 一通り会場の人間をチェックし終えると、男は「今日は不作だな」と無感情につぶやいた。
 男は公園を出、待たせていた高級車に乗り込み、運転手に会社に戻るよう指示を出した。
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