影の正男と月光の姫 ― 正しさが人を殺す世界を生きる姫 ―

冴月練

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第十夜:七戸慧

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「お姉ちゃーん!」みのりが美穂さんを見つけて、手を振りながら大声で呼びかけた。美穂さんも気がついて、笑顔で手を振り返してきた。
 今日は、みのりのお姉さんの美穂さんに誘われて、炊き出しのボランティアに来た。
「社会勉強になると思うから、よかったら参加しないか」と誘われ、みのりと一緒に参加を決めた。こういうことには興味があったし。

「美穂さんはなんで炊き出しのボランティアに参加するようになったんですか?」気になったので尋ねた。
「うん。自分は努力してここまで来たと思ってたけど、社会に出て、ひょっとして運が良かっただけだったのかな、って思うようになって」美穂さんが答えた。
「えー? お姉ちゃん、頑張ってたじゃん!」みのりが少し不満そうな声を出した。
「ありがとう、みのり」美穂さんはそう言ったけど、なんだか困ったような表情だった。

 ボランティアの人たちと合流するために公園の中へ向かったが、公園の周囲には炊き出しが始まるのを待っている人たちがすでにたくさんいた。こんなにいるんだ……。
「戦後を思い出すな」正男さんがぽつりと言った。

 準備が終わり、炊き出しが始まった。
 忙しくて目が回りそうだった。人の多さに驚くとともに、悲しくなった。

 来ていた人と少し話をした。
 シングルマザーで、一日一食の日も多いと話す人がいた。
「自分は盤石な地面の上に立っていると思っていたけど、薄氷の上に立っていた。それに気づかなかった」と話してくれた男性がいた。

 マカベ・バイオテックのスタッフも炊き出しを行っていた。
 私がマカベ・バイオテックのほうを見ていると、ボランティアの代表の男性が話しかけてきた。たしか飯田いいださんという名前だ。
「毎回のように来てくれるから助かるよ。売名行為とか企業イメージのためとか言う人もいるけど、助かる人がいるのは確かだからね」
「そうですね。私もそう思います」飯田さんを見て答えた。
「それに、マカベ・バイオテックは優秀な人を雇用したり、教育の援助をしたりもしてるんだ」
「へー、すごいですね。知りませんでした」
「しかも、マカベ・バイオテックが目を付けた人は、皆成果を上げている。それが話題になっていて、“独自の評価システムを持っている”とか“炊き出しはそのテストも兼ねている”とかいう噂もあるんだ」飯田さんも私を見て言った。
「なるほど」私はただ感心していた。
「じきにマカベ・バイオテックは、人材ビジネスにも参入するだろう、って言われてるよ」
 そう言うと、飯田さんは仕事に戻っていった。

 マカベ・バイオテックのスタッフをぼんやり見ていた。
 真壁さんは嫌なところもあるけど、経営者ってああいう人じゃないとできないのかも。私にはできないことをやってるのだし、やっぱり立派な人なのかな。

 自分の足元を見た。
 私も薄氷の上に立っているのに気づいていないだけなのだろうか? いつ割れるかなんて、誰にもわからない。
 それだけ考えて、私も仕事に戻った。



* * *



「お待たせ」
 何かを確認していた麗子さんが戻ってきた。
「何をしてたんですか?」
「影魔法でこの辺りを認識しづらくしたわ。これで安心して練習できる」麗子さんは笑顔を見せた。それから私をじっと見た。
「うん、できてる。さすがね、こんな短期間で才能を悟らせない術を身につけるなんて」
 麗子さんは感心したように言った。褒められて照れてしまう。

「それで麗子さん、今日はどんな魔法の練習ですか? こんな夜に、人気のない場所で」きょろきょろとあたりを見た。
 私たちは河川敷に来ていた。野球のグラウンドとかがある。
「今日は護身用に攻撃魔法を教えるわ」麗子さんは表情を引き締めた。
「攻撃魔法――私、人を傷つけるのはちょっと……」気後れした。
「使うか使わないかはほたるちゃん次第よ。でも、あなたの才能の光に惹かれた蛾を焼くくらいはできないとね」麗子さんが鋭い目で私を見た。今日の麗子さんはちょっと怖い。

「では、始めましょう。ライターは持ってきた?」麗子さんが表情を少し緩めて言った。
「あの、マッチじゃだめですか?」マッチ箱を取り出して麗子さんに聞いた。
「別に問題ないけど、なんで?」麗子さんは首を傾げた。
「最近のライターって硬くって。それに、マッチは化学の実験で使い慣れてるんです」
「わかったわ。マッチでも問題ない」麗子さんは頷いた。

 それから麗子さんの指導を受けて、火の攻撃魔法を練習した。今日の麗子さんの指導はいつもより厳しかった。何でだろう?



* * *



 大学が長期休暇に入り、私は美穂さんと炊き出しのボランティアに参加していた。
「今日も人多いですね」会場を見ながら美穂さんに言った。
「うん。それだけ困ってる人が多いんだよね」美穂さんは少し悲しそうだった。
「さて、仕事頑張ろうか」明るい顔と声で私に言った。気持ちを切り替えたのだろう。

 今日もマカベ・バイオテックが炊き出しを行っていた。手が空いたときにぼんやり見ていた。
「わっ!」背中に誰かがぶつかってきて、思わず声が出た。
「ごめんなさい、前見てなくて」慌てた少年の声だ。
 見ると男の子がいた。中学生くらいかな? 気になるのは、マカベ・バイオテックのユニフォームを着ていることだ。

「あ、この服が気になる?」私の視線に気づいたのか、男の子が言った。
「じろじろ見てごめんね」
「気しないで、マカベ・バイオテックの炊き出しを手伝ってるんだ」
「へー。どうして?」失礼かとも思ったが、好奇心に負けて聞いた。
「前はマカベ・バイオテックの炊き出しのお世話になってたんだ。マカベ・バイオテックで能力を認められて、今は生活に余裕ができたから恩返し」男の子が笑顔を見せた。
「そう……なんだ」
 やっぱり、真壁さんに助けられてる人はいるんだな。

「よく来るの?」聞いてみた。
「うん。時間が合うときはできるだけ来るようにしてる。お姉ちゃんは?」
「私は大学が休みになったんで参加してるんだ」
「大学か――羨ましいな」男の子の声が少し沈んだ。
「何で?」首を傾げた。
「僕は行けるかわからないから。お金かかるし」
「あ……」なんて言ったらいいのかわからなかった。

「僕は七戸慧しちのへけい。お姉ちゃんは?」慧君は明るい声で聞いてきた。
「私は月野瀬ほたる。“七戸”って、青森っぽい名前だね」
「お父さんが青森出身なんだ」
「そうなんだ。私は秋田出身なんだ」笑顔で言った。
「近くだね」慧君も笑った。「あ、僕手伝いに戻るね」
「うん。頑張って」
 慧君はマカベ・バイオテックの人たちのもとへ戻っていった。
 穏やかな雰囲気が弟に似てると思った。姉の贔屓目かもしれないが、弟も優しい子だ。今頃どうしてるかな?



* * *



 今日もほたるは麗子の家で魔法修行だ。
「いいわ。今日はこれくらいにしましょう」麗子が言った。
「はい、ありがとうございました」ほたるが礼をした。完全に師弟だな。

「麗子さん、今日は何を飲みますか?」ほたるが笑顔で麗子に聞いた。
「そこの白ワインにするわ」
「はい」
 いつものようにほたるは麗子のお酌装置になっていた。肴まで作っていた。本人がいいなら、別にいいけど。

「正男、本当にほたるちゃんを襲った奴に心当たりないの? 可能性だけでもいいわ」
 ほたるが台所で料理をしているときに、麗子が俺に聞いてきた。
「前にも言ったが無いな。真壁亜蓮って会社の経営者が、ほたるの才能に熱上げてるくらいだ」俺もずいぶん考えていたことだったので、深く考えず、反射的に答えた。
「真壁亜蓮? あの魔導士?」麗子が驚いた声を出した。

「は? 真壁が魔導士?」いきなりのことで混乱した。
「どうしたんですか?」俺の声を聞いたほたるが会話に加わった。
「麗子が、真壁亜蓮が魔導士だ、って言うんだ」ほたるに伝えた。
「真壁さんが? 本当ですか?」ほたるは麗子に聞いた。

「間違いないわ。今は完璧に隠してるけど、天才研究者っていわれてた頃に、テレビで一瞬魔導士としての才能が見えた。たぶん気が緩んだんでしょうね」麗子が答えた。
「真壁さんが……」ほたるは呆然としたような表情だ。
「真壁がほたるちゃんの才能に熱を上げてる、って言ったわよね、正男?」麗子が俺を見た。
「ああ、かなり執着してる」
「普通の研究者としてかしら? それとも、魔導士としてかしら?」麗子は考え込んだ。

「真壁の会社は、能力のある奴を集めてるらしいぞ」追加情報として麗子に伝えた。
「それも会社の人材だけとは限らないわね。真壁の奴、魔導士も集めてる可能性がある」麗子は俺を見ずに言った。考えを巡らせているのだろう。
「そんな……」ほたるは呆然とした表情のままだ。

「もしも真壁が、ほたるちゃんが炎の魔女の血縁者だと知っていたら、相当執着するかも」麗子がつぶやいた。
 あり得る気がした。あいつから感じていた違和感は、ほたるの魔導士としての才能を見ていたからじゃないだろうか?
「ほたるちゃんに護身用の攻撃魔法を教えておいて良かったわ」麗子は険しい表情で言った。
「ほたるちゃん、十分気をつけるのよ。真壁には近づかないほうがいい」麗子がほたるを見て言った。
「はい」
 ほたるは返事をしたが、理解が追いついていないようだった。
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