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その封筒は、淡い灰色に金の封蝋が押された重苦しい書式だった。
王都印。断罪審問通知。
「……ついに、来てしまいましたのね」
アニカ=フォン=ヴァレンティナは、指の震えを抑えながら封を切った。内容は淡々と、そして無情に綴られていた。
《神託内容との符号性を確認するため、任意にて審問室への出頭を要請します。対象:アニカ=F=ヴァレンティナ。王立断罪局所属 審問官イザーク=ヴァン=グローレ》
任意。
だがそれが“強制に等しい”ことは、アニカ自身が一番理解していた。
その日の午後、図書塔前の回廊は人影が少なく、冷えた風が石畳を撫でていた。だがアニカの姿に気づいた生徒たちは、あからさまに視線を逸らし、道を避ける。
「あれ……あの地味な子よね?」
「もう……関わらない方がいいわ。神託って、そういうものだし」
「見てただけなのにね……怖い」
“見ていただけ”。
それが“咎”とされる世界。
審問室の扉をくぐった瞬間、アニカは肌にまとわりつくような魔力の重圧を感じた。光の少ない石造りの室内。机の奥に座っていたのは、端整な顔立ちに鉄色の瞳を持つ青年だった。
「イザーク=ヴァン=グローレ。審問官だ」
名乗りも形式的。表情も抑制され、感情の起伏は感じられない。
「まず確認しよう。君はこの数日、聖女の礼拝に出席していたか?」
「はい。列の後方におりました。……できるだけ目立たぬよう」
「なるほど。聖女は『透明な視線』を感じたと語った。君の魔法は……透明化、と呼ばれているそうだな?」
アニカは、瞳を伏せた。
「……魔法と呼べるほど、正式なものではありません。……ただ、目立ちたくなかっただけです」
イザークは筆を走らせながら頷く。「神託は絶対ではない。だが、完全に無視もできない。だからこうして、君に問うているのだ」
言葉の刃は、どこまでも静かで、どこまでも無慈悲だった。
審問は十五分にも満たない時間で終わった。だが、アニカにとっては一時間以上にも感じられた。
女子寮に戻る道すがら、ふと耳に入った囁きがある。
「見たら、運が下がるんですって。あの子」
「目を合わせた子、婚約破棄されたんでしょ?」
「神に触れた罪……だって」
透明でいたかった。誰にも知られず、空気のように生きたかった。
なのに、いまや自分の存在は“見たくないもの”になっていた。
寮の部屋で、カーテンの隙間から差す光に身を重ねながら、アニカはぼんやりと考える。
このまま、ほんとうに消えてしまえば、楽なのかもしれない。
けれど、その思考は、すぐに否定される。
「……だとしても、わたくしは、私を失ってはいけませんわ」
誰にも気づかれずに生きることが、かつては救いだった。
だが今は、それが罪とされるなら
“透明”は、もはや逃げ道ではない。
それでも、“唯一の盾”であることは変わらなかった。
アニカは魔力の流れを整え、深く息を吸う。気配を殺すのではない。自身を研ぎ澄ませるように、沈黙の魔法を発動する。
誰にも見えなくても、私はここにいる。
誰にも知られなくても、私は私を守る。
それが、彼女の静かな決意だった。
王都印。断罪審問通知。
「……ついに、来てしまいましたのね」
アニカ=フォン=ヴァレンティナは、指の震えを抑えながら封を切った。内容は淡々と、そして無情に綴られていた。
《神託内容との符号性を確認するため、任意にて審問室への出頭を要請します。対象:アニカ=F=ヴァレンティナ。王立断罪局所属 審問官イザーク=ヴァン=グローレ》
任意。
だがそれが“強制に等しい”ことは、アニカ自身が一番理解していた。
その日の午後、図書塔前の回廊は人影が少なく、冷えた風が石畳を撫でていた。だがアニカの姿に気づいた生徒たちは、あからさまに視線を逸らし、道を避ける。
「あれ……あの地味な子よね?」
「もう……関わらない方がいいわ。神託って、そういうものだし」
「見てただけなのにね……怖い」
“見ていただけ”。
それが“咎”とされる世界。
審問室の扉をくぐった瞬間、アニカは肌にまとわりつくような魔力の重圧を感じた。光の少ない石造りの室内。机の奥に座っていたのは、端整な顔立ちに鉄色の瞳を持つ青年だった。
「イザーク=ヴァン=グローレ。審問官だ」
名乗りも形式的。表情も抑制され、感情の起伏は感じられない。
「まず確認しよう。君はこの数日、聖女の礼拝に出席していたか?」
「はい。列の後方におりました。……できるだけ目立たぬよう」
「なるほど。聖女は『透明な視線』を感じたと語った。君の魔法は……透明化、と呼ばれているそうだな?」
アニカは、瞳を伏せた。
「……魔法と呼べるほど、正式なものではありません。……ただ、目立ちたくなかっただけです」
イザークは筆を走らせながら頷く。「神託は絶対ではない。だが、完全に無視もできない。だからこうして、君に問うているのだ」
言葉の刃は、どこまでも静かで、どこまでも無慈悲だった。
審問は十五分にも満たない時間で終わった。だが、アニカにとっては一時間以上にも感じられた。
女子寮に戻る道すがら、ふと耳に入った囁きがある。
「見たら、運が下がるんですって。あの子」
「目を合わせた子、婚約破棄されたんでしょ?」
「神に触れた罪……だって」
透明でいたかった。誰にも知られず、空気のように生きたかった。
なのに、いまや自分の存在は“見たくないもの”になっていた。
寮の部屋で、カーテンの隙間から差す光に身を重ねながら、アニカはぼんやりと考える。
このまま、ほんとうに消えてしまえば、楽なのかもしれない。
けれど、その思考は、すぐに否定される。
「……だとしても、わたくしは、私を失ってはいけませんわ」
誰にも気づかれずに生きることが、かつては救いだった。
だが今は、それが罪とされるなら
“透明”は、もはや逃げ道ではない。
それでも、“唯一の盾”であることは変わらなかった。
アニカは魔力の流れを整え、深く息を吸う。気配を殺すのではない。自身を研ぎ澄ませるように、沈黙の魔法を発動する。
誰にも見えなくても、私はここにいる。
誰にも知られなくても、私は私を守る。
それが、彼女の静かな決意だった。
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