地味悪役令嬢、破滅回避のために全力で透明になります

黒瀬ユカ

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「ねえ、聞いた? “破滅の種子”って、学院の誰かなんですって」

「怖いわよね……神託よ? 神の言葉に決まってるじゃない」

「でも“誰”なのか言ってなかったわよね……」

数日経っても、王立エーデル学院の食堂では“その話”が消える気配を見せなかった。聖女ミリアンヌが告げた謎の神託――それは確たる罪を示すものではなく、ただ学院に“誰か”がいるという不穏な断定だけを残した。

だが、人は曖昧な恐れを恐れる。そしてその恐れを埋めるために、“一番それらしい存在”を探し始める。

「そういえば……あの子、いつもいないわよね」

「名前……ええと、ア……アリナ?」

「違う、アニカ=フォン=……えーと、誰だっけ?」

その名すら曖昧な令嬢。  
食堂の隅、光の届かぬ窓際の机で、アニカは黙々とスープを啜っていた。誰とも目を合わせず、誰の会話にも加わらず。話しかけられなければ一日が穏やかに終わる――それが、彼女の流儀だった。

けれど今は、その“無言”が“怪しさ”として噂に変わりつつあった。

「……目立たぬことは、美徳ではなかったのですね」

ぽつりと呟いても、返事などない。隣には誰も座っていないからだ。

講義の合間、廊下を歩いていても、時折感じる視線があった。気のせいではない。“いつも目立たない子”という特異性が、神託という不確かな情報のせいで、逆に目立ち始めていたのだ。

焦り。疑念。ざわめき。

透明魔法を重ねるごとに息苦しくなってゆく空気に、アニカの魔力も微かに揺れはじめる。

そして、その日。

礼拝堂に再び聖女が現れた。純白のヴェールを纏い、目を閉じ、静かに天へ祈る。生徒たちの視線が集まる中、彼女はそっと口を開いた。

「この学院に潜む“破滅の種子”は、私を見つめていました。姿なきまなざし――透明な視線を、神は見逃しません」

堂内が水を打ったように静まり返る。

「……視線?」

「透明って……え、もしかして……?」

名は出されない。けれど“言われた”に等しい。

アニカの中で、血の気が引く。

見ていただけ。  
気づかれぬように、存在していただけ。  
なぜ、それが“罪”になるのですか。

心の中で叫ぶも、口からは言葉が出ない。

「なぜ、透明でいたいだけなのに……」

この世界は、見えないものを赦さない。  
“知らない”ということが、“悪”へと塗り替えられる。

アニカの足元に、音もなく、しかし確実に“断罪の影”が忍び寄っていた。
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