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しおりを挟む「それでは、次に証言者を呼びます」
仮設審問室に響いた書記の声に、アニカは背筋に冷たいものが走るのを感じた。自分には婚約者もいなければ、王太子と交わした言葉もない。それを証明することは、本来ならば簡単なはずだった。
けれど今、この場に用意された“証人”は、それを覆すために連れてこられた存在だ。
「……確かに見ました。昼下がりの回廊で、彼女は王太子殿下に手紙を……」
証人の声は小さく、震えていた。顔は深くフードをかぶっており、視線は終始床に落ちたまま。所属を問われても、「学院関係者」としか答えず、具体的な名も、立場も不明。
「あなたの名を記録のためにお聞かせいただけますか?」
「……記録は……怖いので……匿名で……」
それでも、審問は進んでいく。
アニカは愕然としながらも、どこか冷静にその光景を見つめていた。
(……こんなものが、証言と呼ばれるの?)
相手の顔も、声も、名もわからないまま、“確かに見た”という言葉だけが“真実”として積み上げられていく。
まるで透明な罪に、透明な証人を重ねるように。
「……それは、わたくしの姿が“見えた”ということになるのですか?」
思わず口にしたその問いに、証人は口ごもった。
「……たぶん……見た気が……」
「“見た気がする”だけで、わたくしが断罪されるのですか?」
それでも、誰も答えなかった。
ただ一人、机の向こうで筆を止めた男がいた。審問官イザーク。彼は眉をわずかにひそめ、証人を見つめる。
「貴族社会は、儀式と神託によって“裁き”を作る。それが、正義と呼ばれる。……だが、それは真実と呼べるのか?」
誰にも聞こえぬような声でそう呟きながら、彼はひとつの書類を閉じた。
その視線には、初めて“疑念”が宿っていた。
その時、アニカの胸にわずかな希望が灯った。
(もしかして見てくれている?)
その証人が嘘を語っているのか、それとも嘘を“語らされている”のか。アニカには判断できなかった。
けれど確かに感じたのだ。あの姿のない証人に、どこか自分と似た気配を。
「……私の透明は、自衛。でも、この透明は……誰のための嘘?」
仮設の断罪台の下、見えない糸が確かにほつれはじめていた。
そしてその綻びは、まだ誰も気づかぬところで、静かに次の真実を導き始めていた。
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