地味悪役令嬢、破滅回避のために全力で透明になります

黒瀬ユカ

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学院掲示板に、赤い封蝋の押された公文書が貼り出されたのは、曇天の朝だった。

《断罪式告知》  
対象:アニカ=フォン=ヴァレンティナ  
罪状:不敬・不実・破滅の種子

白地に黒字の冷たい文字列。  
周囲に集まった生徒たちは誰一人声を上げず、ただ目を細め、口元に嘲笑の影を落とす者もいた。

「やっぱりね」「神託に逆らうなんて」「静かだったのは、悪事を隠すためだったのね」

どれも、根拠のない言葉。それでも、“神託”がそれを“真実”へと変えてしまうのが、この学院の空気だった。

だが、その時。

「……お嬢様が、そんなはずありませんでしょう!!」

裂けるような声が、空気を切り裂いた。

駆け寄ってきたのは、小柄な侍女服の少女。リゼット=クレア。掲示板の前に立った彼女は、震える手で貼り紙を握りしめ、そのまま破り捨てた。

「誰も、お嬢様のことを見ようとしないくせに……! 何も知らないくせに……っ!」

その目は涙でにじみ、頬は怒りで赤く染まっていた。

一瞬、周囲の視線が凍りついた。

(リゼット)

その名を、アニカは心の中で呼ぼうとした。けれど、声は出ない。

その頃、アニカは学院の庭園裏、誰にも見つからぬ苔むした石造のベンチのそばで、静かに意識を失っていた。

魔力の限界。過度な透明化魔法の維持と、心の緊張。  
呼吸は浅く、肌は青ざめ、指先まで震えていた。

リゼットが彼女を見つけたとき、迷いも躊躇もなかった。

「お嬢様――!」

その叫びは、木々の間を駆け抜け、学院の静寂に一つの波紋を落とした。

アニカの体を抱き起こし、揺れる足取りで医務室まで走る。  
侍女という身分など関係なかった。ただ、アニカという一人の人間を、必死に守ろうとする行動だけがそこにあった。

その姿を、数人の生徒たちが見ていた。

口を閉じ、足を止め、掲示板の紙を見直す者。  
声にならぬまま、胸元を押さえる者。  
「……あれが、罪人の侍女?」と呟きながらも、目を逸らせなくなる者。

それは、ほんの小さな綻びだった。けれど確かに、空気が少しだけ変わった。

「見えなかった」のではない。  
「見ようとしてこなかった」だけなのだ。

リゼットの涙と叫びは、透明な仮面に、確かに最初の亀裂を入れた。  
そして、そのひと欠けの中から、“アニカ”という名前を持つ少女が、ようやく一人の存在として浮かび上がろうとしていた。
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