地味悪役令嬢、破滅回避のために全力で透明になります

黒瀬ユカ

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鐘の音が響いた。  
それは断罪式の開式を告げるものになるはずだった。

朝霧に包まれた学院礼拝堂前広場。いつものように掲示板に人だかりができ、断罪の台本をなぞるように誰もが同じ方向を見ていた。

だがその日、その台本は書き換えられていた。

《本日予定されていた断罪式は、証拠審査の再検討により延期となります》  
《延期判断責任者:審問官 イザーク=ヴァン=グローレ》

静寂。ざわめき。困惑。  
張り紙を見た者たちは一様に立ち尽くし、数秒後には怒号と囁きが入り混じった。

「証拠不十分……? 神託があるのに?」

「どうして今さら?」「政治的な圧力?」

広場に現れた王太子レオポルトは、まるで見世物の舞台を取り上げられた俳優のように、露骨に不快をあらわにした。

「神の声より、書面のほうが重いとでも言うのか?」

その隣に控えていた聖女ミリアンヌは、変わらぬ微笑のまま何も語らなかった。  
だが、その沈黙が、逆に“神託はまだ終わっていない”と告げているようにも見えた。

断罪は、儀式から政治へと姿を変え始めていた。

一方そのころ、アニカは学院寮の自室で、まだ微熱の残る身体を布団の中に横たえていた。

「……延期、ですって。よかった……」

リゼットの報告にそう返しながらも、安堵よりも心の中に浮かんだのは、“猶予”という言葉への違和感だった。

(わたくしは、何もしていない。ただ透明であろうとしただけ。  
それなのに、なぜ罪に問われ、弁明の場すら奪われかけたのか)

視線を天井に向けながら、アニカは自問する。

透明でいたいと願った。  
目立たずに、波風立てずに。  
けれどその願いは、“見えぬ罪”という新たな不条理を招いてしまった。

「……もし、“透明”が誰かの視線にとって都合が悪いものなら、  
その時点で、わたくしは……存在そのものが“障り”になるのですね」

リゼットがそっと冷たい布を額に当てる。

「……お嬢様。わたくしは、ずっと見てきました。お嬢様の透明さは、誰よりも……優しい形でしたのに」

その言葉に、胸の奥で小さな火が灯るのを、アニカは確かに感じた。

優しさが罪になるなら、  
見えないことが“力”に変わるなら、  
わたくしはそれを、もう一度見直さなくてはならない。

透明でいることは、もう逃げではない。  
見えぬままでも、誰かに届く術があると信じるなら…それはきっと、希望にもなる。

こうして、断罪の延期は、一人の“透明な少女”にとって  
最初の決意を育む、静かな一日となった。
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