地味悪役令嬢、破滅回避のために全力で透明になります

黒瀬ユカ

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王立学院の貴賓棟
通常の生徒が立ち入ることのできない、その最上階の一室で、選ばれし者たちの声が交わされていた。

「次の断罪は、形式に従えばよい。神託があれば、罪は事後に構築できる」  
「断罪枠は公正に分けましょう。聖女様のご意向を基準に」

王太子レオポルトが中心となり、聖女ミリアンヌとともに、特定の貴族生徒たちを集めての会合。  
その議題は、神託制度の“政治的活用”について。

すなわち“誰を罪とするか”ではなく、“誰を罪にするか”を決める場。

ミリアンヌは香を纏い、微笑を崩さぬままにこう告げた。

「神託は揺らがぬ正義ですわ。それを信じられる者たちと、この学院を整えていきましょう」

それは、信仰という名の独裁だった。

一方、旧講義棟の上階テラスでは、第二王子ジュリオが冷たい風を背に立ち尽くしていた。  
その足元に、アニカ=フォン=ヴァレンティナが現れる。

「……呼び出して申し訳ない。だが、伝えておきたかった」

ジュリオは、貴賓棟での会合の内容を詳細に語った。

「形式だけの断罪、“神託を下す権利”の分配……。  
このままだと、“正しさ”は全部、王太子と聖女の手の中だ。  
君の魔法は、それに風穴を開けられるかもしれない」

アニカは黙って耳を傾けていた。  
そしてふと、目を細めた。

「貴賓棟の構造……記録庫で調べたことがあります。  
最上階の一室なら、旧通用階段の排気塔から近づけますわ。  
……透明化が届く距離です」

「君が行く気か?」

「……ええ。もう、“見ないふり”はやめにします」

彼女の声は低く、確かだった。

部屋に戻ったアニカは、魔力を静かに整える。  
気配、呼吸、足音、衣擦れ。  
すべてを消す。それは、防御ではない。今の彼女にとって、それは“潜入の刃”だった。

「逃げていたのではなく、見ないふりをしていただけ。  
けれど今度は、私が見る。私の魔法で、真実を」

沈黙と透明の魔法をまとい、アニカは夜の学院をひとり歩き出す。  
その歩みは、誰にも知られず、だが確かに権力の中枢へと向かっていた。
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