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しおりを挟む静まり返った学院地下書庫。
そこに、灯火の明かりと紙の擦れる音が微かに響いていた。
アニカ=フォン=ヴァレンティナは、何枚もの羊皮紙に魔力の流れを書き起こしていた。
透明化を発動するたびに身体に起こる感覚、呼吸の配分、魔力の微細な消耗。
今まで無意識に扱っていた術式の全貌を、初めて“言語化”しようとしていた。
(これは、ただの逃げではない。
構造がある。意味がある)
魔法陣ではなく、術式でもなく。
彼女の魔法は“詠唱”や“杖”を使わない。
それでも、明らかに“組み上がった術理”として機能していた。
「……やっぱり、これは理論になる」
その呟きに答えるように、ジュリオ=フォン=アルセリオが書庫の扉を開けた。
「途中から見てたけど……君の記述、驚くほど正確だ。
こっちも面白いものを持ってきたよ」
彼が机に置いたのは、王族しか閲覧できないはずの古文書。
《沈黙の術》と題された、封印指定の魔術体系だった。
アニカは頁を捲る。そこに記された文字に、息をのむ。
《観測されぬものは、存在の定義を逸脱し、記録の対象とならない。
それは秩序の網をすり抜け、裁きの根拠を曖昧にする》
「……つまり、見られないということは、世界に“存在していない”と等しい」
「いや、正確には“存在を留保されている”だ。
君の魔法は、まさにこれと一致している」
ジュリオが指差した先に、こう記されていた。
《沈黙の魔術:外部の観測を遮断することで、存在の証明を拒否し、因果に干渉する術》
アニカは静かに目を伏せ、震える指で自らの魔法の記録を見返した。
(これが本当なら、わたくしは……世界の記述そのものを拒んでいたの?)
透明であることは、逃げではなかった。
世界の“目”から自由であるということ。
それは、制約から解き放たれる鍵でもあった。
「……これは、盾じゃない。
“扉を開ける鍵”だったのね」
声に出してそう言ったとき、アニカの表情は一変していた。
けれど同時に、胸の奥に重い痛みも生まれる。
(この力が、他者の手に渡れば……“見せたくない真実”を消される)
“観測妨害”というこの力は、使い方によっては、真実の遮断にも、歴史の捏造にも繋がりうる。
「この魔法は、誰にも渡しませんわ。……誰にも」
そう誓うように囁いたアニカの瞳には、もう逃げるだけの光はなかった。
それは、“真実を見る者”の静かな覚悟の色だった。
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