20 / 50
20
しおりを挟む
月のない夜。
アニカ=フォン=ヴァレンティナは、王都エーデルシュタット中央図書館の裏手から、静かに内部へと忍び込んでいた。
推薦状は、第二王子ジュリオからの密書。
だが、それだけでは届かぬ領域があった。
だからこそ、彼女は“透明”を纏っていた。
向かうのは地下三階“禁書庫”。
古代魔法、王権の闇、そして触れてはならぬ神聖に関する記録が封じられた場所。
その最奥、石の棚に埋もれていた一冊の記録が、彼女の視線を捉えた。
《香符録 第九章/感応儀式における幻視誘発について》
震える手で頁を開く。
《特定の香調を持つ芳香成分と、構造化された魔力符号(構文式)が一致したとき、感応対象(媒体者)に幻覚反応が発生する。
この反応は“神託”と類似の現象であり、特に聖女適性を持つ者に対しては“神の声”として知覚される。》
アニカの指が止まった。
《なお、香の配合比と構文式の変更により、“神託内容”そのものを方向づけることが可能とする試験報告あり。》
「……これは……神託が、“技術”だった、ということ?」
呟きが零れる。
それは神聖の否定ではない。
だが、絶対の信仰に揺らぎを与えるには、あまりにも重い真実だった。
さらに頁を捲ると、こうも記されていた。
《構文維持には外部からの魔力補助が不可欠。香炉の種類・温度・室内密閉度によって“感応精度”に差が生じる。》
礼拝堂の香。ミリアンヌの涙。
あのとき、香は……消えていた。
“神の声”が沈黙したのではない。
“誰かが、香りを断った”そう仮定すれば、全てが繋がる。
アニカはゆっくりと書を閉じた。
沈黙が、重く、地下の空気に染み渡っている。
(偽りの声が、香と魔力で造られていたのなら)
「……わたくしは、この魔法で、それを暴く」
沈黙の魔法。
それはもはや、逃げるための術ではない。
“偽り”の記述を上書きする、“新たな観測者の目”なのだ。
香の支配の向こうにあるもの。
神の名を借りた操作の正体。
すべてが、アニカの手の届くところへ、静かに集まりつつあった。
アニカ=フォン=ヴァレンティナは、王都エーデルシュタット中央図書館の裏手から、静かに内部へと忍び込んでいた。
推薦状は、第二王子ジュリオからの密書。
だが、それだけでは届かぬ領域があった。
だからこそ、彼女は“透明”を纏っていた。
向かうのは地下三階“禁書庫”。
古代魔法、王権の闇、そして触れてはならぬ神聖に関する記録が封じられた場所。
その最奥、石の棚に埋もれていた一冊の記録が、彼女の視線を捉えた。
《香符録 第九章/感応儀式における幻視誘発について》
震える手で頁を開く。
《特定の香調を持つ芳香成分と、構造化された魔力符号(構文式)が一致したとき、感応対象(媒体者)に幻覚反応が発生する。
この反応は“神託”と類似の現象であり、特に聖女適性を持つ者に対しては“神の声”として知覚される。》
アニカの指が止まった。
《なお、香の配合比と構文式の変更により、“神託内容”そのものを方向づけることが可能とする試験報告あり。》
「……これは……神託が、“技術”だった、ということ?」
呟きが零れる。
それは神聖の否定ではない。
だが、絶対の信仰に揺らぎを与えるには、あまりにも重い真実だった。
さらに頁を捲ると、こうも記されていた。
《構文維持には外部からの魔力補助が不可欠。香炉の種類・温度・室内密閉度によって“感応精度”に差が生じる。》
礼拝堂の香。ミリアンヌの涙。
あのとき、香は……消えていた。
“神の声”が沈黙したのではない。
“誰かが、香りを断った”そう仮定すれば、全てが繋がる。
アニカはゆっくりと書を閉じた。
沈黙が、重く、地下の空気に染み渡っている。
(偽りの声が、香と魔力で造られていたのなら)
「……わたくしは、この魔法で、それを暴く」
沈黙の魔法。
それはもはや、逃げるための術ではない。
“偽り”の記述を上書きする、“新たな観測者の目”なのだ。
香の支配の向こうにあるもの。
神の名を借りた操作の正体。
すべてが、アニカの手の届くところへ、静かに集まりつつあった。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました
ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。
王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている――
そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。
婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。
けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。
距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。
両思いなのに、想いはすれ違っていく。
けれど彼は知っている。
五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、
そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。
――我儘でいい。
そう決めたのは、ずっと昔のことだった。
悪役令嬢だと勘違いしている少女と、
溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。
※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】男運ゼロの転生モブ令嬢、たまたま指輪を拾ったらヒロインを押しのけて花嫁に選ばれてしまいました
Rohdea
恋愛
──たまたま落ちていた指輪を拾っただけなのに!
かつて婚約破棄された過去やその後の縁談もことごとく上手くいかない事などから、
男運が無い伯爵令嬢のアイリーン。
痺れを切らした父親に自力で婚約者を見つけろと言われるも、なかなか上手くいかない日々を送っていた。
そんなある日、特殊な方法で嫡男の花嫁選びをするというアディルティス侯爵家のパーティーに参加したアイリーンは、そのパーティーで落ちていた指輪を拾う。
「見つけた! 僕の花嫁!」
「僕の運命の人はあなただ!」
──その指輪こそがアディルティス侯爵家の嫡男、ヴィンセントの花嫁を選ぶ指輪だった。
こうして、落ちていた指輪を拾っただけなのに運命の人……花嫁に選ばれてしまったアイリーン。
すっかりアイリーンの生活は一変する。
しかし、運命は複雑。
ある日、アイリーンは自身の前世の記憶を思い出してしまう。
ここは小説の世界。自分は名も無きモブ。
そして、本来この指輪を拾いヴィンセントの“運命の人”になる相手……
本当の花嫁となるべき小説の世界のヒロインが別にいる事を───
※2021.12.18 小説のヒロインが出てきたのでタグ追加しました(念の為)
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる