地味悪役令嬢、破滅回避のために全力で透明になります

黒瀬ユカ

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夜の礼拝堂は、祈りの静寂ではなく、無言の緊張に満ちていた。

アニカ=フォン=ヴァレンティナは、透明魔法をまといながら、祭具室の奥香炉保管室へと足を踏み入れていた。

(ここに、“神託”の正体がある)

王都の禁書庫で読んだ文書の記憶を頼りに、彼女はひとつひとつの香炉を慎重に調べていく。  
手袋越しに、香灰を掬い、底を探る。

そして、見つけた。

銀細工の香炉の中に隠されるように埋められていた、小さな石片。  
刻まれていたのは、魔力誘導構文。  
それは、感情と幻視を誘導するための精密な“術式回路”だった。

さらに、香原料の瓶に記された調香記録には、見慣れぬ素材が記されていた。  
《ルグラン樹脂》《ティエナ根》《感応触媒:フェムの涙》

どれも、感情を増幅し、幻覚を安定させる効力を持つ成分。  
聖女が神託を受けるたびに焚かれていた“香”の実体が、そこには明確に記されていた。

(これが……“神の声”の、正体)

祭壇の荘厳。香の甘さ。  
そして“選ばれた者だけが聞く声”
そのすべては、仕組まれた儀式だった。

アニカは、震える指で石片と香記録を魔法写本に記録しはじめる。  
“沈黙”の中で、ついに彼女は“断罪制度の土台”を捉えたのだ。

だが帰路。

礼拝堂の裏回廊。誰もいないはずの夜の廊下。  
それでも、アニカの耳は捉えていた。

コツ、コツ
遠く、一定のリズムで響く足音。  
魔力の気配は、巧妙に抑えられている。けれど、“確かに”存在していた。

(……誰? 今、わたくしを)

透明化しているはずの自分に向かって、誰かが足を運んでいる。  
姿は見えない。声もない。  
だが確かに“視線”のようなものが、空気を震わせている。

“見られていた?”

その疑問が確信に変わるのは、ほんの数刻後のこと。  
その足音の主が誰なのか、まだアニカにはわからなかった。

けれど、その瞬間から、アニカは“ただの観測者”ではなく
“危険な沈黙を破った者”として、認識され始めていた。

それは、誰にも気づかれないままに保ってきた彼女の“透明”が、  
ついに、誰かの“追跡の対象”となった瞬間だった。
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