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王立エーデル学院・貴賓棟。
年に一度の仮面舞踏会が、冬の夜に幕を開けた。
煌めく燭台、香の香り、絹と宝飾のざわめき
この夜ばかりは、生徒たちも仮面の名のもとに身分と素性を伏せ、踊りと会話に興じる。
だが、実態は“仮面の舞台”などではなかった。
それは、貴族たちによる政治と権力の前哨戦。
神託、断罪、家同士の密約
すべてが舞踏という優雅な表層の下で、静かに蠢いていた。
アニカ=フォン=ヴァレンティナは、白銀の仮面をまとい、色を持たぬ香を纏って舞踏列に加わっていた。
その姿は誰の記憶にも残らぬほど控えめで、誰の興味も引かぬほど地味。
けれど彼女は、その“透明な匿名”を盾に、舞踏会の裏側を観察していた。
視線はただ一つ
ヴィルヘルム=グラッセ。
宰相の息子であり、学院内でも政治的影響力を持つ策士。
彼は金の仮面を纏い、笑いながら令嬢たちをリードし、
時には教師と杯を交わしながら、誰よりもこの場に馴染んでいた。
だが、アニカは見た。
舞踏の合間、控えの間で交わされる密談。
特定の教師と令嬢に耳打ちする彼の声
「……香材の供給記録と香炉の保管簿。
“事故”として処理できるよう、もう動いている」
「“神託”は神の意志。証拠など、誰も確認しない。
……大切なのは、“消えた”という事実だけです」
その声は、あまりにも冷たく、整然としていた。
(……消すつもり……記録も、記憶も……真実ごと)
アニカは背筋に氷を感じながら、魔法写本を握りしめた。
あの礼拝堂で見た香炉、封印された石、書庫で手にした禁書。
すべてが、この男の“都合”によって、葬り去られようとしている。
仮面の下でヴィルヘルムは微笑んでいた。
けれどその笑みは、優雅さとは程遠い。
人の意思と記憶さえ“管理可能な情報”とみなす者の、薄ら寒い支配欲に満ちていた。
(ならばわたくしが、記す)
アニカの視線が、仮面の奥で静かに燃え上がる。
“沈黙の魔法”が記憶する。透明なままに、すべてを見て、聞いて、書き残す。
「……証拠は、消される。真実ごと」
ヴィルヘルムのその一言が、アニカの胸に深く突き刺さる。
だが、それは同時に彼女の覚悟を固める合図でもあった。
わたくしは、透明で在りながら、“見た”。
だから、消されはしない。記録がある限り、この事実は失われない。
仮面の下で交わされる微笑と偽りに、
ひとつ、沈黙の吐息が冷たく揺らいだ夜だった。
年に一度の仮面舞踏会が、冬の夜に幕を開けた。
煌めく燭台、香の香り、絹と宝飾のざわめき
この夜ばかりは、生徒たちも仮面の名のもとに身分と素性を伏せ、踊りと会話に興じる。
だが、実態は“仮面の舞台”などではなかった。
それは、貴族たちによる政治と権力の前哨戦。
神託、断罪、家同士の密約
すべてが舞踏という優雅な表層の下で、静かに蠢いていた。
アニカ=フォン=ヴァレンティナは、白銀の仮面をまとい、色を持たぬ香を纏って舞踏列に加わっていた。
その姿は誰の記憶にも残らぬほど控えめで、誰の興味も引かぬほど地味。
けれど彼女は、その“透明な匿名”を盾に、舞踏会の裏側を観察していた。
視線はただ一つ
ヴィルヘルム=グラッセ。
宰相の息子であり、学院内でも政治的影響力を持つ策士。
彼は金の仮面を纏い、笑いながら令嬢たちをリードし、
時には教師と杯を交わしながら、誰よりもこの場に馴染んでいた。
だが、アニカは見た。
舞踏の合間、控えの間で交わされる密談。
特定の教師と令嬢に耳打ちする彼の声
「……香材の供給記録と香炉の保管簿。
“事故”として処理できるよう、もう動いている」
「“神託”は神の意志。証拠など、誰も確認しない。
……大切なのは、“消えた”という事実だけです」
その声は、あまりにも冷たく、整然としていた。
(……消すつもり……記録も、記憶も……真実ごと)
アニカは背筋に氷を感じながら、魔法写本を握りしめた。
あの礼拝堂で見た香炉、封印された石、書庫で手にした禁書。
すべてが、この男の“都合”によって、葬り去られようとしている。
仮面の下でヴィルヘルムは微笑んでいた。
けれどその笑みは、優雅さとは程遠い。
人の意思と記憶さえ“管理可能な情報”とみなす者の、薄ら寒い支配欲に満ちていた。
(ならばわたくしが、記す)
アニカの視線が、仮面の奥で静かに燃え上がる。
“沈黙の魔法”が記憶する。透明なままに、すべてを見て、聞いて、書き残す。
「……証拠は、消される。真実ごと」
ヴィルヘルムのその一言が、アニカの胸に深く突き刺さる。
だが、それは同時に彼女の覚悟を固める合図でもあった。
わたくしは、透明で在りながら、“見た”。
だから、消されはしない。記録がある限り、この事実は失われない。
仮面の下で交わされる微笑と偽りに、
ひとつ、沈黙の吐息が冷たく揺らいだ夜だった。
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