白金の花嫁は将軍の希望の花

葉咲透織

文字の大きさ
18 / 25

18 決意の夜半

しおりを挟む
「十日後、ここを立つ」

 疲れた顔のジョシュアが、重々しく告げたのは、年が明けてすぐのことだった。

 新年の祝いもほとんどせず、周囲の貴族の挨拶も断っていた。軍閥貴族と言われる家系は、ジョシュアの置かれた立場を理解して、簡単な書状で済ませてくれたが、それ以外の貴族たちの中には、強く反発する人間も多かった。特に、王に近ければ近いほど、ジョシュアを侮っていた。

 レイナールは忙しいジョシュアの代わりに返事をしたためた。返礼の品は、アルバートと相談して決めた。

 鬱々とした状態の中、レイナールは何も言わず、ジョシュアに付き添うだけだった。どれだけ彼が遅くに帰ってこようとも、無理矢理起きて出迎え、朝早くに出て行く前に、寝間着のままでも見送り、ハグとキスをする。

 ただそれだけの平穏な日常が、あと十日で終わってしまうことに、レイナールは動揺した。

「そう、ですか……」

 静かに相づちをうつのが精一杯で、ジョシュアもそれ以上何も言わないものだから、アルバートが心配そうに見守っている。

 いい考えは浮かばず、国王を翻意させることができなかった。ジョシュアは指を組んだまま俯き、微動だにしない。こちらを見ることのない彼に、レイナールはここまでに考えていた、自分にしかできないことを実行するときが来たのだと、密かに深呼吸をした。

 夜が更けて、すっかり寝る準備を整えたレイナールは、自室を抜け出した。薄い寝間着で歩く廊下は肌寒く、背を丸めながら、足早に目的地へ向かう。

 ジョシュアの寝室を訪れるのは、初めてのことだった。いつも、彼の方からレイナールの部屋に来て、酒を手にして語らった。もっとも、真夜中の逢瀬も帝国との戦争の話が出てからは、一切なかったが。

 扉の前で一度呼吸して落ち着いて、ノックする。

 誰もいない廊下は静かで、冷えた空気に、小さなコツコツという音がやけに響いた。

「はい」

 受け答えがやや丁寧なのは、祖父の可能性を考慮してのことだろう。

「レイナールです。入っても構いませんか?」

 名乗ると、扉の向こうの空気は一瞬ためらったように感じた。それから、そっと扉が開けられる。同時に、レイナールは突進して、ジョシュアに抱きついた。

「レイ。どうした、こんな夜中に……」

 びくともしなかったが、突然のことに、さすがのジョシュアの声も慌てている。ぎゅっと抱き締めて離そうとしないレイナールに、呆れるでもなく、ただ髪を撫で、話し始めるのを待っていてくれる。

 顔を上げ、潤んだ目で見上げてみるが、ジョシュアは「ん?」と、小首を傾げるだけだ。

 遠回しの行動だけでは伝わらない。軍人は人の心も読んで、戦略に生かさなければならないはずなのに、どうも彼は、わかってほしいときにわかってくれない。

 なので、レイナールはドキドキしながら、口に出した。

「ジョシュア様。私を、本当のパートナーにしてください」

 ようやく意図を正しく理解してくれたようで、ジョシュアは戸惑いながら、「いや、しかし……」と、明らかに狼狽している。突き放すことも、抱き締めることもできずに、レイナールから手を離して、空中で握ったり開いたりしている動作は、相変わらずの天然で、レイナールは思わず笑ってしまった。

 笑顔が緊張感を一掃した。ジョシュアはやや安堵した顔で、レイナールをベッドに座るように促す。横に並んだ彼は、まっすぐにレイナールの目を覗き込んだ。

「本当のパートナーが、どういうことをするのか、わかってて言っているのか?」

 尋ねつつ、彼は実践で「こういうことだぞ」とわからせようというのか、レイナールの首筋に柔らかく噛みついた。

 身も心も結ばれたパートナー、夫婦の夜の営みについて、経験のないレイナールでもしっかり把握していた。だから、今日はいつも以上に念入りに身体を洗った。湯上がりには、普段つけない花の匂いのする油を塗って、すべすべにしてきた。

「っ、ん……わ、わかって、言っているのです」

 吐息と彼の短い髪が敏感な部位をくすぐり、レイナールは呼吸を乱しつつも、なんとかジョシュアに向かって返答をする。逞しい背に腕を回し、レイナールは彼を引き寄せながら、ベッドに身を横たえる。

 潰さないようにと手をついたジョシュアに微笑みかけて、レイナールは自分の着ている夜着のボタンを外す。彼の前に裸体をさらすという緊張からか、小さなボタンに指がなかなかかからず、「あれ?」と、余計に焦った。

 うまく動かない手に、ジョシュアの手が重なる。レイナールの小さな手はすっぽりと覆われて、ぎゅっと握られると、鼓動が速くなっていく。

 今さらながら、自分から誘うなんてはしたなかったか、と、少し後悔した。「続きはまた今度」と言った彼の言葉を信じて、ジョシュアからの行動を待つべきだったのではないか。

 不安になってジョシュアを見上げると、突然唇を奪われる。何もかもがレイナールよりも大きいつくりの彼は、もちろん口も大きく、食べられてしまいそうだった。

「ふ、んっ、んん……っ」

 口内を蹂躙する舌に、必死に追いつこうとするけれど、結局は一方的に吸われ、貪られ、息が上がっていく。意識が飛びそうになったところでようやく解放されたレイナールは、涙の滲む目で、ジョシュアを見上げる。

 彼の顔は、見たことがないほど歪んでいた。涙は零れていなかったけれど、泣いているように見えた。

 軍人は、常に死と隣り合わせだ。しかし、戦場ではないところで命を散らす運命は、受け入れがたいのだ。

 生きたい、生きたい。

 彼の心音が、そう言っている。

 レイの隣で、つつがなく一生を過ごしたい。

 そう思ってくれているというのは、うぬぼれが過ぎるだろうか。

 レイナールは手を伸ばし、彼の首を掻き抱いた。

「お願い……全部、ジョシュア様のものになりたい」

 嵐のように覆い被さってきたジョシュアを、レイナールは目を閉じて受け入れた。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】生まれ変わってもΩの俺は二度目の人生でキセキを起こす!

天白
BL
【あらすじ】バース性診断にてΩと判明した青年・田井中圭介は将来を悲観し、生きる意味を見出せずにいた。そんな圭介を憐れに思った曾祖父の陸郎が彼と家族を引き離すように命じ、圭介は父から紹介されたαの男・里中宗佑の下へ預けられることになる。 顔も見知らぬ男の下へ行くことをしぶしぶ承諾した圭介だったが、陸郎の危篤に何かが目覚めてしまったのか、前世の記憶が甦った。 「田井中圭介。十八歳。Ω。それから現当主である田井中陸郎の母であり、今日まで田井中家で語り継がれてきただろう、不幸で不憫でかわいそ~なΩこと田井中恵の生まれ変わりだ。改めてよろしくな!」 これは肝っ玉母ちゃん(♂)だった前世の記憶を持ちつつも獣人が苦手なΩの青年と、紳士で一途なスパダリ獣人αが小さなキセキを起こすまでのお話。 ※オメガバースもの。拙作「生まれ変わりΩはキセキを起こす」のリメイク作品です。登場人物の設定、文体、内容等が大きく変わっております。アルファポリス版としてお楽しみください。

待て、妊活より婚活が先だ!

檸なっつ
BL
俺の自慢のバディのシオンは実は伯爵家嫡男だったらしい。 両親を亡くしている孤独なシオンに日頃から婚活を勧めていた俺だが、いよいよシオンは伯爵家を継ぐために結婚しないといけなくなった。よし、お前のためなら俺はなんだって協力するよ! ……って、え?? どこでどうなったのかシオンは婚活をすっ飛ばして妊活をし始める。……なんで相手が俺なんだよ! **ムーンライトノベルにも掲載しております**

次は絶対死なせない

真魚
BL
【皇太子x氷の宰相】  宰相のサディアスは、密かにずっと想っていたカイル皇子を流行病で失い、絶望のどん底に突き落とされた。しかし、目覚めると数ヶ月前にタイムリープしており、皇子はまだ生きていた。  次こそは絶対に皇子を死なせないようにと、サディアスは皇子と聖女との仲を取り持とうとするが、カイルは聖女にまったく目もくれない。それどころかカイルは、サディアスと聖女の関係にイラつき出して…… ※ムーンライトノベルズにも掲載しています

騎士が花嫁

Kyrie
BL
めでたい結婚式。 花婿は俺。 花嫁は敵国の騎士様。 どうなる、俺? * 他サイトにも掲載。

恋人に捨てられた僕を拾ってくれたのは、憧れの騎士様でした

水瀬かずか
BL
仕事をクビになった。住んでいるところも追い出された。そしたら恋人に捨てられた。最後のお給料も全部奪われた。「役立たず」と蹴られて。 好きって言ってくれたのに。かわいいって言ってくれたのに。やっぱり、僕は駄目な子なんだ。 行き場をなくした僕を見つけてくれたのは、優しい騎士様だった。 強面騎士×不憫美青年

白銀オメガに草原で愛を

phyr
BL
草原の国ヨラガンのユクガは、攻め落とした城の隠し部屋で美しいオメガの子どもを見つけた。 己の年も、名前も、昼と夜の区別も知らずに生きてきたらしい彼を置いていけず、連れ帰ってともに暮らすことになる。 「私は、ユクガ様のお嫁さんになりたいです」 「ヒートが来るようになったとき、まだお前にその気があったらな」 キアラと名づけた少年と暮らすうちにユクガにも情が芽生えるが、キアラには自分も知らない大きな秘密があって……。 無意識溺愛系アルファ×一途で健気なオメガ ※このお話はムーンライトノベルズ様にも掲載しています

嫌われた暴虐な僕と喧嘩をしに来たはずの王子は、僕を甘くみているようだ。手を握って迫ってくるし、聞いてることもやってることもおかしいだろ!

迷路を跳ぶ狐
BL
 悪逆の限りを尽くした公爵令息を断罪しろ! そんな貴族たちの声が高まった頃、僕の元に、冷酷と恐れられる王子がやって来た。  その男は、かつて貴族たちに疎まれ、王城から遠ざけられた王子だ。昔はよく城の雑用を言いつけられては、魔法使いの僕の元を度々訪れていた。  ひどく無愛想な王子で、僕が挨拶した時も最初は睨むだけだったのに、今は優しく微笑んで、まるで別人だ。  出会ったばかりの頃は、僕の従者まで怯えるような残酷ぶりで、鞭を振り回したこともあったじゃないか。それでも度々僕のところを訪れるたびに、少しずつ、打ち解けたような気がしていた。彼が民を思い、この国を守ろうとしていることは分かっていたし、応援したいと思ったこともある。  しかし、あいつはすでに王位を継がないことが決まっていて、次第に僕の元に来るのはあいつの従者になった。  あいつが僕のもとを訪れなくなってから、貴族たちの噂で聞いた。殿下は、王城で兄たちと協力し、立派に治世に携わっていると。  嬉しかったが、王都の貴族は僕を遠ざけたクズばかり。無事にやっているのかと、少し心配だった。  そんなある日、知らせが来た。僕の屋敷はすでに取り壊されることが決まっていて、僕がしていた結界の魔法の管理は、他の貴族が受け継ぐのだと。  は? 一方的にも程がある。  その直後、あの王子は僕の前に現れた。何と思えば、僕を王城に連れて行くと言う。王族の会議で決まったらしい。  舐めるな。そんな話、勝手に進めるな。  貴族たちの間では、みくびられたら終わりだ。  腕を組んでその男を睨みつける僕は、近づいてくる王子のことが憎らしい反面、見違えるほど楽しそうで、従者からも敬われていて、こんな時だと言うのに、嬉しかった。  だが、それとこれとは話が別だ! 僕を甘く見るなよ。僕にはこれから、やりたいことがたくさんある。  僕は、屋敷で働いてくれていたみんなを知り合いの魔法使いに預け、王族と、それに纏わり付いて甘い汁を吸う貴族たちと戦うことを決意した。  手始めに……  王族など、僕が追い返してやろう!  そう思って対峙したはずなのに、僕を連れ出した王子は、なんだか様子がおかしい。「この馬車は気に入ってもらえなかったか?」だの、「酒は何が好きだ?」だの……それは今、関係ないだろう……それに、少し距離が近すぎるぞ。そうか、喧嘩がしたいのか。おい、待て。なぜ手を握るんだ? あまり近づくな!! 僕は距離を詰められるのがどうしようもなく嫌いなんだぞ!

【完結】顔だけと言われた騎士は大成を誓う

凪瀬夜霧
BL
「顔だけだ」と笑われても、俺は本気で騎士になりたかった。 傷だらけの努力の末にたどり着いた第三騎士団。 そこで出会った団長・ルークは、初めて“顔以外の俺”を見てくれた人だった。 不器用に愛を拒む騎士と、そんな彼を優しく包む団長。 甘くてまっすぐな、異世界騎士BLファンタジー。

処理中です...