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12 ハートちゃん失踪事件
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俊くんの誕生日には、サッカーボールを模したぼーるくん(仮)のマスコットをプレゼントすることに決めた。最初はフェルトで簡単なものにしようと思ったのだけど、やっぱりサッカーボールは球体であるべきだと思ったし、もうちょっと凝ったことがしたくなった。
なので、サッカーボール柄にパッチワークで布を縫い合わせ、綿を詰めてボール型にすることにした。顔はパンパンで大きめ、身体は薄くて小さめなのが、コミカルで可愛いと思うから、それで。
作ってみてわかったけれど、サッカーボールって、単純な球形じゃないのね。五角形が十二枚と、六角形が二十枚でできているんだって。初めてまじまじと観察した。
宿題をする時間と寝る時間以外は、コツコツと作品の製作にはげむ。夏休み中に、手をつけておけばよかったなあ、と何度も後悔したけれど、終わってしまったものは仕方ない。
日に日に誕生日が迫ってきて焦るけれど、まさか学校にフルで揃った裁縫箱を持って行くわけにもいかない。せいぜい、ボタンが取れたとき用の携帯用ソーイングセットくらいだ。それじゃあ、趣味の手芸をするには全然足りない。
うちの学校には、手芸部や家庭科部みたいな、お裁縫が趣味の子が集う部活はない。あれば、そこで作業したんだけどなあ……家でやるよりも、集中できそうだし。
そんなことを紗菜に話していたら、「家庭科室、借りられるか聞いてみればいいじゃん」と言い出した。
「う、うん」
ひとりで交渉できる気がしない私を察して、紗菜は放課後、一緒に職員室までついてきてくれた。担任と家庭科の先生に頭を下げる。
包丁なんかもあるし、最初は難色を示されたけれど、そこはほら、私はおとなしくて、優等生で通っている。危険なことはしないと判断されて、次の日に調理実習などがない場合だけ、借りることができるようになった。
特に家庭科の先生は、「お裁縫が好きっていう子がほとんどいないから、嬉しい」「作業に詰まったら、なんでも聞いてちょうだい」と、協力まで申し出てくれた。
「ありがとね、紗菜」
「いいっていいって」
小学校のときに学校で買わされた裁縫セットに、必要なものを入れて持ってきて、ロッカーに置いておこう。
明日からのスケジュールと作業の進み具合を頭の中で照らし合わせながら、ふたりで教室に戻る。帰り支度をしている途中で連れ出されたので、荷物は机の上に置きっぱなしだった。
教科書やノートをリュックに入れて、さて帰ろう! としたところで、強烈な違和感に気づく。
あるべきものが、ない。
「ハートちゃんが、いない!」
私の悲鳴に、すでにカバンを持って教室を出ようとしていた紗菜が、戻ってくる。
「ハートちゃんって、茉由の作ったぬいぐるみだよね?」
「う、うん。さっきまでリュックについてたのに……」
そこそこの大きさがあるぬいぐるみだ。床に落ちていたら、すぐに気づいて拾う。机の中にもいないし、教室中を紗菜にも手伝ってもらって探すけれど、どこにもいない。彼女は再び、届けられていないか確認してくる! と、職員室へ走って行った。
ハートちゃんは今、ただのぬいぐるみじゃない。中には自称・恋の妖精が入っている。喋ったり、腕をぐるぐる回すことくらいはできるが、歩くことはできなかったし、丈夫な紐でくくりつけていたので、足が動いてもさすがにほどけないだろう。
……紐?
ハッとしてリュックに目をやる。ハートちゃんは、ぶらさげていた紐ごといなくなっている。ちぎれて落ちたのを、誰かが拾って持って行ったか、届けてくれた、なんてことはなさそうだ。
誰かが時間をかけて、紐をリュックから外した。
そんな悪意の持ち主が、この学校にいるとは思いたくないけれど、そうとしか思えない。
呆然としている私のところに、紗菜が戻ってくる。
「職員室にも届いてないって……とりあえず説明して、誰かが持ってきたら、どこに落ちていたか聞いておいてくれるみたい」
「う、うん、ありがと……」
「ほんと、どこにいったんだろうね」
「うん……」
正義感の強い紗菜だから、私の推測――ハートちゃんは、何らかの目的で誰かに盗まれた――を伝えたら、きっと犯人捜しをしようと言い出すに違いない。
クラスはそこそこいい雰囲気だし、学校全体でも、陰湿ないじめだとか、そういう噂は流れてこない。平和で平凡、そんな場所。
けれど、私が訴えたら、生徒たちは「次はもしかしたら、自分のものも盗まれるかもしれない」「そういえばあの子、放課後見かけた」など、些細なことで疑心暗鬼になってしまうかもしれない。
そうなるのが嫌で、私は肩を落とし、沈黙を保った。
ハートちゃんをなくしたことで落ち込んでいるとしか思っていない紗菜は、隣で必死に励ましてくれる。
何よりも問題は、ハートちゃんの中にいる妖精のことが、誰かにバレてしまうこと。
お願いだから、おとなしくしててほしい……! そしてはやく見つかってほしい……!
私の願いは、半分しか叶わない。喋るぬいぐるみが発見された! という事件は、一切起こらなかったからだ。
なので、サッカーボール柄にパッチワークで布を縫い合わせ、綿を詰めてボール型にすることにした。顔はパンパンで大きめ、身体は薄くて小さめなのが、コミカルで可愛いと思うから、それで。
作ってみてわかったけれど、サッカーボールって、単純な球形じゃないのね。五角形が十二枚と、六角形が二十枚でできているんだって。初めてまじまじと観察した。
宿題をする時間と寝る時間以外は、コツコツと作品の製作にはげむ。夏休み中に、手をつけておけばよかったなあ、と何度も後悔したけれど、終わってしまったものは仕方ない。
日に日に誕生日が迫ってきて焦るけれど、まさか学校にフルで揃った裁縫箱を持って行くわけにもいかない。せいぜい、ボタンが取れたとき用の携帯用ソーイングセットくらいだ。それじゃあ、趣味の手芸をするには全然足りない。
うちの学校には、手芸部や家庭科部みたいな、お裁縫が趣味の子が集う部活はない。あれば、そこで作業したんだけどなあ……家でやるよりも、集中できそうだし。
そんなことを紗菜に話していたら、「家庭科室、借りられるか聞いてみればいいじゃん」と言い出した。
「う、うん」
ひとりで交渉できる気がしない私を察して、紗菜は放課後、一緒に職員室までついてきてくれた。担任と家庭科の先生に頭を下げる。
包丁なんかもあるし、最初は難色を示されたけれど、そこはほら、私はおとなしくて、優等生で通っている。危険なことはしないと判断されて、次の日に調理実習などがない場合だけ、借りることができるようになった。
特に家庭科の先生は、「お裁縫が好きっていう子がほとんどいないから、嬉しい」「作業に詰まったら、なんでも聞いてちょうだい」と、協力まで申し出てくれた。
「ありがとね、紗菜」
「いいっていいって」
小学校のときに学校で買わされた裁縫セットに、必要なものを入れて持ってきて、ロッカーに置いておこう。
明日からのスケジュールと作業の進み具合を頭の中で照らし合わせながら、ふたりで教室に戻る。帰り支度をしている途中で連れ出されたので、荷物は机の上に置きっぱなしだった。
教科書やノートをリュックに入れて、さて帰ろう! としたところで、強烈な違和感に気づく。
あるべきものが、ない。
「ハートちゃんが、いない!」
私の悲鳴に、すでにカバンを持って教室を出ようとしていた紗菜が、戻ってくる。
「ハートちゃんって、茉由の作ったぬいぐるみだよね?」
「う、うん。さっきまでリュックについてたのに……」
そこそこの大きさがあるぬいぐるみだ。床に落ちていたら、すぐに気づいて拾う。机の中にもいないし、教室中を紗菜にも手伝ってもらって探すけれど、どこにもいない。彼女は再び、届けられていないか確認してくる! と、職員室へ走って行った。
ハートちゃんは今、ただのぬいぐるみじゃない。中には自称・恋の妖精が入っている。喋ったり、腕をぐるぐる回すことくらいはできるが、歩くことはできなかったし、丈夫な紐でくくりつけていたので、足が動いてもさすがにほどけないだろう。
……紐?
ハッとしてリュックに目をやる。ハートちゃんは、ぶらさげていた紐ごといなくなっている。ちぎれて落ちたのを、誰かが拾って持って行ったか、届けてくれた、なんてことはなさそうだ。
誰かが時間をかけて、紐をリュックから外した。
そんな悪意の持ち主が、この学校にいるとは思いたくないけれど、そうとしか思えない。
呆然としている私のところに、紗菜が戻ってくる。
「職員室にも届いてないって……とりあえず説明して、誰かが持ってきたら、どこに落ちていたか聞いておいてくれるみたい」
「う、うん、ありがと……」
「ほんと、どこにいったんだろうね」
「うん……」
正義感の強い紗菜だから、私の推測――ハートちゃんは、何らかの目的で誰かに盗まれた――を伝えたら、きっと犯人捜しをしようと言い出すに違いない。
クラスはそこそこいい雰囲気だし、学校全体でも、陰湿ないじめだとか、そういう噂は流れてこない。平和で平凡、そんな場所。
けれど、私が訴えたら、生徒たちは「次はもしかしたら、自分のものも盗まれるかもしれない」「そういえばあの子、放課後見かけた」など、些細なことで疑心暗鬼になってしまうかもしれない。
そうなるのが嫌で、私は肩を落とし、沈黙を保った。
ハートちゃんをなくしたことで落ち込んでいるとしか思っていない紗菜は、隣で必死に励ましてくれる。
何よりも問題は、ハートちゃんの中にいる妖精のことが、誰かにバレてしまうこと。
お願いだから、おとなしくしててほしい……! そしてはやく見つかってほしい……!
私の願いは、半分しか叶わない。喋るぬいぐるみが発見された! という事件は、一切起こらなかったからだ。
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