骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第5部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
21 / 205
第1部

第六章 夜の迷宮③

しおりを挟む
 暗い廊下に、七体ほどの屍鬼の残骸。
 そして、目の前には、その身を危惧していた少女。
 状況を察するには、充分すぎる光景だった。

(……間に合わなかったか)

 心底悔やまれる。エルナまで差し置いて彼女を探したのに、この体たらくとは。

『……真刃さま』

 刃の孔雀が問う。

『どうされますか? 処理されるのでしたら、わたくしがやりますが?』

「……いや、待て」

 真刃は再び、かなたを凝視した。赤く輝く双眸。そこに正気の色はない。
 だが、それ以外で変貌したところはなかった。人の姿のままだ。
 相性によっては、すぐにも怪物化することも多い中、これは僥倖だった。

「適性が低いな」真刃は、目を細める。「衣服に血が付いていないところを見ると、まだ憑依されたばかりか。あの段階ならば、まだ救えるはずだな」

『確かに。ですが、それは憑依祓いに特化した引導師ならばですわ。真刃さまは、そのような術は習得されておられないのでは?』

「……刃鳥よ」

 真刃は、神妙な声で告げた。

ここは父に倣う・・・・・・・。目を瞑れ。特に猿忌には言うでないぞ」

『……真刃さま』

 刃の孔雀は少し躊躇うが、こくんと頷いた。

『承知致しましたわ。ご随意に』

「感謝する」

 真刃は、従霊に感謝を述べると、一歩、前へ踏み出した。
 その直後だった。いきなりかなたが目を剥き、走り出したのだ。
 身を低く、獣のような動きで疾走し、廊下に転がっていた屍鬼の首を蹴り上げた。腐敗した生首が飛翔する。真刃は裏拳で飛んでくる生首を打ち払うが、その一瞬の隙にかなたは真刃に取り付き、彼の両腕を押さえた。
 そして口を大きく開いて、真刃の首筋に噛みつこうとする。が、

「止めろ。名も知らぬ我霊よ。その勢いで己の首に噛みつけば、かなたの歯が折れる」

 言って、少女の首筋を後ろから掴んで止めた。
 さらに彼女の腰を掴み、密着する状態までかなたを抱き寄せる。

「が、があああああああッッ!」

 絶叫を上げる少女。激しく暴れて引き剥がそうとするが、ビクともしない。
 今のかなたは、人間の限界を超えた力を引き出している。
 それを、真刃はやすやすと抑え込んでいた。

「落ち着け。暴れるな。かなたに取り憑いた以上、お前は女なのだろう? 今からお前の望みを叶えてやる」

 言って、真刃は、かなたの桜色の唇に、自分の唇を重ねた。
 羽鳥が『まあ!』と呟いて、自分の両翼で嘴を隠す。
 かなたに取り憑いている我霊は驚いたようだが、ならばとばかりに舌に噛みついた。食い千切り喰らってやるつもりだったが、弾力のある舌に歯が食い込まない。

「ッ!? ッ!?」

 我霊は困惑する。と、真刃はより強く、より深いキスを交わしてきた。

「ッ!? ~~~~ッ!?」

 少女の身体が大きく震えた。
 我霊は呻き、しばらく暴れていたが、十数秒後には抵抗をやめて、自分から真刃の首に抱きついてきた。彼女の瞳には、少女には似つかわしくない快楽の光が映っている。
 これもまた、我霊の在り方だった。

 我霊の目的とは『生』の実感を得ること。
 最も手っ取り早いのは食事だ。だが、情事もまた『生』の実感となる。

 男の我霊は後者を選ぶことも多いが、女の方とて皆無という訳ではない。
 例えば、今回のように相手に求められるのなら。
 自らより強く抱きつき、少女の豊かな双丘が真刃の胸板で押し潰される。

 一方、青年は右手の指先を少女の臀部に深く沈み込ませた。指先だけで彼女を軽く持ち上げて体重を支えると、うなじを左手で押さえた。
 真刃と、我霊の女は合意の上での長い口付けを交わす。
 だが、唯一人。合意していない者もいた。

 ――い、や……。

 その時。

 ――やめて! いや! やめて!

 少女の魂が、震えた。
 同化している女の我霊の快楽が、彼女の中にも注がれてくる。
 臀部に深く食い込む指の感触。背筋はぞわぞわとして、舌先は絡め取られる。
 それは、これまで味わったこともない甘美な感覚だった。
 熱い。体の芯がとても熱かった。

 ――や、やだ……。

 深く、長い口付けは、なお続く。
 チカチカ、と頭の中に何度も星が瞬いた。
 少女の心は、酷く怯えた。

 このままでは。
 このままでは、この欲情に呑み込まれてしまう・・・・・・・・・

 ――やだ、やだっ! やめて! 怖い・・! 怖いの・・・

 未知の感覚に恐怖を抱き、彼女の感情が悲鳴を上げた。
 ドクンッと心臓が波打った。

(――よし!)

 真刃は、かなたの感情を確かに感じ取った。

(やはりまだ魂は死んでおらぬ! これなら間に合うぞ!)

 少女の魂が震えたこの機会を逃す訳にはいかない。
 真刃は、かなたを抱きしめたまま、新たな従霊の練成に入る。

(世界にたゆたいし魂よ。己の声が聞こえるか?)

 心の中でそう念じる。すると数十の灯火がそこに浮かんだ。
 その一つを一瞥し、真刃は目覚めた霊に新たなる名と姿を与える。思い描くのは、癒着した魂同士を切り離す蛇。
 少女を守護する防壁の大蛇だ。

『ジャハハハ! ご主人! オレを選んでくれてありがとな! オレサマ爆誕!』

 かくして生まれたばかりの蛇の霊体は、真刃の口から、かなたの体内に入る。と、

「――ッ!? があッ!?」

 かなたが大きく仰け反った。少女の全身に巨大な蛇が絡みついている。

「があああああああああああああああ――ッッ!」

 そして数秒後、かなたの体から、透明な骸骨が飛び出してきた。
 骸骨の全身は、ヤスリで削られたかのように傷だらけで、ものの数秒もしない内に、ボロボロと崩れて宙空に消えていった。
 同時にかなたは、力尽きたように脱力し、真刃の腕の中に収まった。
 唇から銀の糸を垂らし、荒い呼吸をしているが、命に別状はないようだ。続けて、半透明の蛇が彼女の身体から出てきた。蛇は『ジャハ! よろしく! ご主人!』と挨拶してくる。
 そんな新たな従霊に苦笑を浮かべつつも、真刃は安堵した面持ちで、かなたの頭を優しく撫でた。少女は眉を微かに動かして「……ん」と小さく呻く。

「……どうにか、なったか」

 真刃が深く息をつくと、刃鳥がクスクスと笑った。

『ふふ。口付け一つで我霊に引導を渡すとは。流石は真刃さまですわ』

「茶化すな。辛うじて上手くはいったが、気分的にはこの上なく最悪だ」

 なにせ、あの男の真似事をしたのだから。
 真刃は不快そうに眉をしかめた。が、

「それはさておきだ」

 いま大切なのは自分の心情よりも、少女の容態だった。
 真刃はかなたを横に抱き上げて、小声で呼びかけてみるが、ぐったりとした少女が目を覚ます様子はない。顔色もかなり悪い。

「やはり目覚めんか。消耗も激しい。一旦どこかの部屋で休ませてやりたいのだが……」

 そう呟きつつ、真刃は苦笑する。彼の視線は廊下の先を見据えていた。
 目に映るのは、どこまでも続く無限回廊のような渡り廊下である。
 特に部屋など見当たらない。

「これは、部屋が見つかるまで骨が折れそうだな」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

転職したら陰陽師になりました。〜チートな私は最強の式神を手に入れる!〜

万実
キャラ文芸
う、嘘でしょ。 こんな生き物が、こんな街の真ん中に居ていいの?! 私の目の前に現れたのは二本の角を持つ鬼だった。 バイトを首になった私、雪村深月は新たに見つけた職場『赤星探偵事務所』で面接の約束を取り付ける。 その帰り道に、とんでもない事件に巻き込まれた。 鬼が現れ戦う羽目に。 事務所の職員の拓斗に助けられ、鬼を倒したものの、この人なんであんな怖いのと普通に戦ってんの? この事務所、表向きは『赤星探偵事務所』で、その実態は『赤星陰陽師事務所』だったことが判明し、私は慄いた。 鬼と戦うなんて絶対にイヤ!怖くて死んじゃいます! 一度は辞めようと思ったその仕事だけど、超絶イケメンの所長が現れ、ミーハーな私は彼につられて働くことに。 はじめは石を投げることしかできなかった私だけど、式神を手に入れ、徐々に陰陽師としての才能が開花していく。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...