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第11部

第六章 フラッグ・ゲーム①

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 明くる朝。
 自室にて、アンジェリカは少し困惑していた。
 隣に立つフランも同じ表情だ。
 まだ朝も早く、部屋着姿の二人は顔を見合わせた。
 そして、

「あ、あの……」

 アンジェリカが、代表して声を掛けた。
 体のラインが浮き上がるインナースーツだけの姿で、何やら、懸命にストレッチを繰り返すアヤメに対して。

「どうかしたの? アヤメ?」

「問題ない、のです」

 腕を、ぐいぐいと伸ばしてアヤメは答える。

「私は覚悟を決めたのです。もう迷わないのです」

 そう告げるアヤメの顔は、いつにないぐらい活力に満ちていた。
 いつもの無表情・無感情のアヤメではない。
 ここまで溌溂とした彼女は初めて見た。
 アンジェリカとフランは、もう一度、顔を見合わせた。

「その、どういうことなの? アヤメ?」

 再び、アンジェリカがそう聞いてみる。
 すると、アヤメは、

「私は、ずっと、曖昧な運命とか使命とかに縛られていたのです」

 そんなことを語り出した。

「え、あ、うん」「そうだったんだ」

 よく分からないが、相槌を打つアンジェリカとフラン。
 アヤメは、言葉を続ける。

「けど、その曖昧な運命が昨日の夜、遂に形になって現れやがったのです」

「え、それって……」「ア、アヤメ……?」

 アンジェリカとフランが、少しドキドキしつつ瞳を輝かせた。
 もしや、その運命とは……。

「コウタ=ヒラサカ」

 アヤメは、彼の名を呟いた。

「彼が、私の運命だったのです」

「「きゃああっ!」」

 アンジェリカとフランは、同時に黄色い声を上げた。
 まさか、まさか、まさかっ!
 あのアヤメが! 色恋沙汰には一切興味なさそうなアヤメが!
 遂に、運命と呼ぶような男の子と――。

 と、はしゃぎかけた時、

「ぶちのめしてやるのです」

 アヤメが、ポツリと呟いた。

「「…………え?」」

「今日、完膚なきまでに、ぶちのめしてやるのです」

「「何があったの!? アヤメ!?」」

 アンジェリカとフランは、揃って声を上げた。
 アンジェリカが青ざめた顔で、アヤメに近づき、彼女の肩を両手で掴んだ。

「え? アヤメ? もしかして、昨日、彼に何かされたの?」

 昨日の晩、アヤメは帰ってくるのが随分と遅かった。
 本当にこっそり彼と逢引きしていたのではないかと、フランと一緒に妄想してはしゃいでいたが、それは事実だったのだろうか?
 しかし、もしそうだとしたら、アヤメがここまで敵意を見せるのもおかしい。
 もしかして、彼は、アヤメの好意につけこんで何かしたのだろうか?
 誠実そうな少年だったが、アヤメはとても魅力的な少女だ。
 つい、魔が差すような行為をしてしまったのかもしれない。

「……アヤメ。正直に答えて」

 アンジェリカは、真剣な眼差しでアヤメを見つめた。
 もしそうならば、生徒会長としても、アヤメの友人としても見過ごせない。
 フランもまた、胸元に片手を当てて神妙な顔をしている。
 しかし、当のアヤメは、キョトンしたもので。

「彼と……ですか? それは……」

 アヤメは、頬に指先を当てた。

「昨夜は、危ない場所に迷い込んだところを、彼に助けてもらいました」

「……え?」

「それから夜の公園で、二人でお話をした、のです」

「う、うん」

「彼は、ずっと優しい目をしていて、きっと、私を気遣っていてくれていたのだと思うのです。凄く深い瞳で、吸い込まれそうで……だから私は」

 一拍おいて、アヤメは言う。

「彼をぶちのめすと宣言した、のです」

「「なんでそうなるの!?」」

 アンジェリカとフランは、同時にツッコんだ。

「私にも事情があるのです。運命は非情なのです。こればかりはアンジュにもフランにも関係のないこと、なのです。ともあれ」

 アヤメは、おもむろにアンジェリカの手を取った。

「大丈夫なのです」

 目を細めて、アヤメは微笑んだ。
 アンジェリカとフランは、目を丸くした。
 アヤメの笑顔。それもまた初めて見るものだったからだ。

「……アヤメ?」

 アンジェリカは眉をひそめた。

「本当に、どうかしたの?」

「大丈夫なのです。今日、アンジュの方にも色々とある……かも知れない、のです。けど絶望しないで。すぐに行くから」

「え?」

 アンジェリカは目を瞬かせた。

「絶望ってなに?」

 そう尋ねるが、アヤメはかぶりを振るだけだった。
 ただ、静かに、

「大丈夫なのです。そう。全部」

 アヤメは、強い意志を以て告げた。

「私がどうにかするのです。運命なんてくそくらえ、なのです」
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